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6-20 健太郎と狗神の呪いと愛犬リュウ(4)*

※ 『健太郎と狗神の呪いと愛犬リュウ(1)〜(7)*』は『犬飼視点』のお話しとなります。

 ◆◆◆




『な……なんで……』


 狭い部屋の中心を厳かに陣取って鎮座する、美しい白毛に覆われた巨躯の狗神。


 凛然とした佇まいのその霊神は、仕事場から帰宅した健太郎が自分の存在を知って愕然としていることに気がつくと、崇高な輝きを確と放ち、その姿を大柄な犬から背が高く色の白い人間――耳と尾の生えた半妖の壮年男性――へ変貌させた。


『主の命により、お前を迎えにきた』


 渋く、厚みのある声で、健太郎に語りかける狗神。


 青ざめた顔の健太郎はぶるぶると首を振り、必死に抵抗と拒絶の意を表す。


『い、嫌だ……僕は帰らない、僕は絶対に帰らないっ……!』


『立場を弁えぬ愚か者め。そもそもおまえに拒否権などない』


『なんでっっ! なんでそんなことおまえに言われなくちゃなんないんだよ⁉︎ ぼっ、僕は誰がなんと言おうと絶対に家には帰らないし神社も継がない!狗神使いになんて絶ッッッッッ対にならないって決めたんだ‼︎ だからもうこの家から出て行ってくれ……帰ってくれよッッッ‼︎』


『弱い人の子ほどよく吠える。繰り返して言おう。おまえに拒否権などない。主の命に背くのであれば相応の報いを与え、従わせるまで』


『な、なに言って……って、えっっ⁉︎』


 冷たくあしらう狗神に懐疑的な眼差しを向けていた健太郎は、その時、部屋の隅に横たわる(オレ)の姿に気が付き、目を瞠った。


『り……リュウッッッ‼︎』


 悲鳴に近い声をあげて駆け寄る健太郎。無我夢中で抱き上げるが、そこに伏せる(オレ)の全身は痙攣しているかのように震え、瞳は虚ろに宙を仰ぎ、だらしなく開いた口からは容赦なく嘔吐が繰り返されて、見るも無惨に生気を失っている。


『リュウ、リュウッッッッッ‼︎‼︎ おい、しっかりしろ、しっかりしてくれよリュウ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』


『グ、クウウ……』


『リュウ……』


 いくら叫ぼうとも、掠れ声で低く呻き続ける瀕死の(オレ)には届いていないといった様子。やがて顔を上げた健太郎は、畏れなど微塵も感じさせぬ険しい形相で、目の前にいる神を睨め付けた。


『おまえ……リュウになにしたんだよ⁉︎』


『迫る儀式に備え、お前が此奴を祭祀しやすいよう足懸りをくれてやっただけだ』


『な、なにを言って……』


『心配せずとも死にはせん。だが、如何なる術をもってしても我が祟りは解せもせぬ。その生贄(イヌ)が延々と踠き苦しむ様を見たくないと申すなら、腹を括りさっさと祭祀に挑むことだな』


『じ、冗談じゃない、僕はっ……』


『主命は果たした。社にて待つ』


『ちょっ、まっ、待てよおいっっ‼︎』


 いうが早いか、部屋の中心を陣取っていた狗神は霊妙な光を残し音もなく消え去った。


 のちに残されたのは呆然と立ち竦む青白い顔の健太郎と、無様な呻き声をこぼし続ける瀕死状態の(オレ)



『……っ……』


〝報い……だって?〟


『ふ……ざけんな……』


〝僕たちが一体、なにをしたっていうんだよ……〟



 憤りをあらわに、力任せに床を殴りつける健太郎。しかしすぐにハッと我に返り、正体不明の奇病に取り憑かれて苦しみ悶える(オレ)を慌てて担ぎ上げると、転がるようにボロアパートを飛び出して、近隣の動物病院に駆け込む。


 だが――。


『申し訳ありません……原因が特定できず、当院では治療出来かねます』


 一軒回っても。


『ううむ……このような症例はみたことがなくてですね、すみませんがうちでの治療は難しいかと……』


 二軒回っても。


『これはちょっと……。もっと規模の大きな病院か、あるいは専門的な施設に連れて行くしか……』


『犬飼さん、検査の結果、原因の特定には至りませんでした。色々手は尽くしたんですが、全く手が付けられないような状態でして……お役に立てず申し訳ありません』


『悪いがうちじゃどうしようもできないよ。他当たってくれるかな』


 三軒回っても四軒回っても五軒回っても……。


 奇病に苛まれる(オレ)を救える獣医は、当然のことながら現れるはずもなくて。


『せっかく他県から来てくれたのに悪いねえ。ここまで酷い状態だと、うちでも難しいと思いますわ』


『申し訳ありません。当院での治療は厳しいと思います。一度、専門の病院に診てもらった方が良いかと……』


『可哀想にねえ。なんとかしてあげたいんですが……原因が特定できない限り、これ以上の治療は難しいと思います』


 時が経てば経つほど(オレ)は踠き苦しみながらも弱り果てていき、それをただ黙って見守るしかできない健太郎は、突きつけられる現実に徐々に追い詰められていく――。


『これはひょっとして……狗神様の祟り……では? いえね、一度だけ似たような症状の患者さんを見たことがあって……もしもお心当たりがあるようでしたら動物霊を祓える神社に行って除霊されるのがよろしいかと思いますよ。病ではなく祟りが相手では、我々一般の獣医では全く歯が立ちませんから』


『……』



〝理不尽だと、卑怯だと、声を荒げたところで父さんがリュウの呪いを解くことはないだろう〟


〝これは、僕に与えられた【報い】なのだから〟



『――これはこれは。遠方よりよくぞ我が◯◯神社へ参られました。お話は伺っております。拝見したところ、間違いなくこれは狗神様の祟りですねえ。規定の祈祷料をお納めいただければ、当社で御祓いたしますよ』


『規定の祈祷料って……そっ、そんなに⁉︎ む、無理です……そんな大金……』


『そうですか。ならば申し訳ありませんがお引き取りください。お気持ちはお察ししますが我々も商売ですし、こういった事例はリスクも大きいですからね……慈善事業では成り立たないんですよ』


『そんな……ま、待ってくださいっっ!』



〝縋るような思いで駆け込んだ神社にも無碍に追い払われ〟


〝なす術もない〟



『お……金……』



〝僕に、金さえあれば〟



『頼むよ、誰か……』



〝僕に、力さえ……どんな不条理にも抗えるような強い力さえあれば、リュウを助けられたかもしれないのにと〟


〝何度嘆いたかわからない〟



『誰かリュウを助けて……』



〝このままでは、リュウは……〟


〝リュウは……〟



 ――腕の中で弱々しく救いを求める(オレ)を見て、ついに心が折れるよう膝から崩れ落ちる健太郎。



『く、う……』


『リュウ……』



〝もう……限界だ〟



 項垂れる健太郎の瞳から、音もなくこぼれ落ちていく一筋の涙。



〝もうこれ以上、リュウが苦しむ姿を見てはいられなかった〟


〝この苦しみからリュウを解放させる方法はただ一つ〟



『祭、祀……』



〝儀式さえ終えれば、リュウは痛みや苦しみから解放され、永遠の神となる〟


〝ただしその代償として〟


〝今までのこと、僕のことを全て忘れてしまうだろう〟



『い、やだ……』



〝そして僕自身も――〟


〝術者となった暁には、いつ瘴気に呑まれて自我が崩壊するかわからないし〟


〝契りを交わして主従関係を結べば〟


〝もう二度と、今までのように自由にリュウと触れ合うことも許されなくなってしまう〟



『そんなの嫌だよ……リュウ……』



〝そんな宿命、到底受け入れられるはずもない〟


〝けれど……〟


〝でも…………〟


〝もう、そうすることでしかリュウを救える道はないから〟



『ごめん……』


『く、うん……』


『ごめん……ごめんな……リュウ……』



〝だから――〟



 ***



 ――××××年○月×日


 祭祀、決行。


 リュウを狗神化する。



 ***




〝僕は悪魔に魂を売り〟


〝この手でリュウを殺す〟



『……我が名は狗神。我を呼び覚ましたのは、お前か?』



〝儀式は無事成功〟



『ああ……そうだ』



〝リュウは永遠の神となり、僕は薄汚れた術者となる〟



『さすれば主従の契りを交わしてやろう。名を申せ』


『僕は……犬飼健太郎。この神社の新宮司だ』



〝生まれ変わったリュウは、何もかも忘れてしまったけれど〟



『ふむ。では、お前を我が主と認め、今後は〝ケンタロウ〟と……』


『いや……』



〝もう苦しみに苛まれることはないし〟


〝忌々しい宿命に脅かされることもない〟



『……?』


『堅苦しいのは嫌いなんだ。だから……「相棒」って呼んでくれ』


『アイボウか……ふん。悪くないな』



〝君を殺めた事実は、生涯僕自身を苦しめ続けるだろう〟


〝でも――〟


〝君さえ健やかにいてくれれば〟


〝僕はもう、それで構わない〟



『よろしくな、リ……相棒』



〝交わした握手と契り〟


〝この日からずっと〟


〝僕の頭の中には雑音(ノイズ)が走っている――〟




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