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6-18 健太郎と狗神の呪いと愛犬リュウ(2)*

※ 『健太郎と狗神の呪いと愛犬リュウ(1)〜(7)*』は『犬飼視点』のお話しとなります。

  ◆◆◆



「……だよ……」


「ん?」


 今はそんなことよりも――。


「なんでお前がここにいんだよ! っつうか、もう二度と『相棒』とは呼ぶなっつっただろうがッ!」


 玉己が目の前にいることに、理解が追いついていなかった。


 これから大罪を犯す予定である俺と一緒にいては、コイツにまで犯罪者の肩書きを背負わせることになってしまう。だから、追い返そうと……突き放そうと、これ以上にない睨みをきかせて凄んだものの、玉己は微塵も気にしていないようなマイペース顔で、


「ハーン? 俺がどこで何しようが、お前をどう呼ぼうが、そんなもんは俺の気分次第だし俺の自由にゃ。それより……今、手に握ってるその怪しい瓶、前にお前が話してた〝狗神のヒジュツ〟とかってヤツだろ? 悪いことは言わねーからこっちに寄越すにゃ」


 などとぬかしてきやがった。もちろん俺は握っていた瓶をサッと背に隠し、噛み付かんばかりの勢いで拒絶してみせる。


「うるせえ! 裏切り者のおめえには関係ねえだろ! なんなんだよお前? あ? せっかく俺が忠告してやったっつーのに、いまだにあの女とつるみやがって。今にこっぴどい目に……」


「ぐだぐだウッセーさっさと寄越すにゃ」


「……っと、うおっ⁉︎」


 俺の抗議をものともせず、玉己がこちらに向かって突進してくる。


 中身が猫なだけあって玉己の身のこなしは異様に素早く、右に左に体を振って意識を逸らされたかと思ったら、あっという間に俺を飛び越えて背に隠していた瓶を掠め取られてしまった。


「へっ。チョロいにゃ」


「なっ、おいっっ! 返せよ‼︎」


「やなこった。取り返したけりゃ自分でなんとかするにゃ」


「て……てめえ……」


 歯を剥き出して威嚇するが、玉己は瓶を手の上で転がしながらフフンと嗤うだけ。不愉快極まりないが、まともにやり合ったところで日に日に妖力が減退している俺と、元々身体能力が高いうえ万全な妖力を備えている玉己とでは、勝負になるはずもなかった。


(クソ、貴重な一本なのに……。まあいい……まだ、予備がある)


 俺はズボンのポケットに潜ませている予備用小瓶の感触を確かめてから、あからさまに当てつけるような溜息をついてみせた。


「チッ。覚えとけよてめえ。今は余計な妖力使いたくねえから見逃してやるけど、やることやってスッキリしたら、てめえにも特大の祟りを見舞ってやっから覚悟し……」

 

「〝やることやってスッキリ〟――? 現世に行って人間を皆殺しにして、ソレでお前は本当にスッキリすんのか?」


「……あ?」


「いや、まあ、今まで同じように復讐心抱えてた俺が言うのもアレだけどよ。でも、似たような心境だったからこそ余計にわかるっつーか……。そもそもお前が怨んでる相手は、ケンタロウただ一人だろ。関係ない奴ら巻き込んで憂さ晴らししたところで何一つ浄化しねえし、拗れた罪悪感が増すだけなんじゃねーの?」


「……ッ」


 触れられたくない部分を容赦なく抉ってくるような言葉に、反射的に目を見開いて玉己を睨みつける。


 俺の顔は今、興奮を絵に描いたような赤……憤慨の色で染まっていることだろう。


 なぜならそれは、どんなに否定しても覆すことのできない事実だったから。


 だから――。


「し、知ったような口きいてんじゃねえッッ! あっさり手のひらを返しやがったてめえに何がわかるっつうんだよ⁉︎ それ以上ふざけたことぬかしやがったらマジでぶっ殺すぞ‼︎」


 俺はありったけの怒声と剣幕で捲し立ててその事実を濁そうとしたけれど、玉己は揺るがなかった。


「殺せるもんなら殺してみろにゃ。ついでだから言ってやる。おまえが今でもケンタロウに執着してるのは、それだけ健太郎(ソイツ)がお前にとって大事な存在だったからだろ。本当は今でも心のどこかでソイツの愛情に飢えていて、相棒として、ペットとして、自分の存在を認めて欲しくて、必死に足掻いてるだけなんじゃねえのか?」


「ち、違えしッッ! 笑わせんじゃねえ、俺はッッ……」


「違うなら、なんでいまだに『ケンタロウ』や『人間』にこだわってんだよ。おまえの復讐はケンタロウを殺して、下獄して、出獄して、それでもう終わってんだよ。遠回しに復讐を重ねたって自分が傷つくだけだぞ」


「……っ」


 玉己が真剣に訴えるように、淀みのない眼で俺を見つめてくる。

 

 否定しようとすればするほど、反論しようとすればするほど、玉己の指摘を肯定するような言葉しか浮かんでなくて、悔し紛れに唇を強く噛み締める。


(……クソッ)


 結局何も言えず長らく沈黙が続いていたが、やがて玉己は重苦しい空気を自ら打ち破るよう『ふうう』と長い息を吐き出し、着ていたパーカーのポケットから薄汚れた『何か』を取り出した。


「……ま、裏切り者の俺がとやかく言ったところで、どうせ頑固者のお前には何一つ響かねーだろうことは想定済みにゃ」


「……」


「っつーわけで……ほらよ」


「⁉︎」


 急に闘争心を削いだような涼しい顔で、手の中に握りしめていた『ソレ』を徐ろにこちらに向かって放り投げてくる玉己。


 反射的に手を出して受け止めてしまったが、意味がわからねえ。飛んできたのは、全く身に覚えのないボロボロの犬の首輪だ。


「なんだよこれ……」


「没収したヒジュツの代わりにソレやるから、自分の目と肌で確かめて、その呪縛みたいな未練にいい加減ケジメつけるにゃ」


「いや意味わかんねーし、誰がいるかこんな汚ぇ首輪。俺をその辺の犬と一緒にするんじゃ……」


「ソレは、おまえが犬だった頃の首輪にゃ」


「……あ?」


 俺は玉己の言っていることが理解できず、眉間に皺を寄せて聞き返す。


 窘めるように睨みつけたものの玉己は全く意に介さず、淡々と事実を述べるよう、その首輪の存在理由を明らかにした。


「花染がさ」


「……」


「お前のことをどうしても放っておけねえっつーから、わざわざ零番街まで行ってケンタロウの粗探しみてえなことをしてきたんだよ」


「なっ」


「っつっても、ケンタロウは地獄に落ちてたからさすがに本人には会えなかったけどな。でも、おまえンとこで家政婦をやってた田所公子っつー女には会って話を聞くことができて、お前の話をしたらソイツを託されたんだ」


「……!」


 ――タドコロ、キミコ。


「キミコいわく、ケンタロウは死ぬ間際までその首輪を後生大事に抱えていたって。んで、『もし機会があればこれを〝リュウ〟に渡してくれ』と、頼まれたんだとよ」


 ドクン、と脈打つ心臓。


 胸が、全身の血が、ザワリと騒ぐ。


『……リュウ……』


 蘇る、アイツの最期の笑顔。


 死ぬ間際まで、後生大事に抱えていた……だと?


 ――嘘だ。


「嘘だ」


「嘘じゃねえよ」


「嘘だ! 俺は確かに、呪詛をかけてこれ以上にない苦しみを与えてから、この手でアイツを葬った‼︎ アイツは確かに俺の目の前で……」


「いや、死んでねえ。おそらくその時は意識を失っただけで、まだ辛うじて生きてたんだよ。お前が屋敷を出た後、遣いから戻ってきたキミコがこと切れるまえのケンタロウを見つけて、会話してるから間違いねえ。その首輪も、その時に譲り受けたものだと、キミコがちゃんと証言してる」


「嘘だ……」


 嘘だ、嘘だ、嘘だ――。


「嘘じゃねえって。その首輪のアクセサリー部分にちゃんとお前の名前も刻印されてるだろ? ケンタロウは確かにお前のことを――」


「ふッざけんじゃねえッッ‼︎ そんな話、信じられるかよッッ‼︎」


 俺は、薄汚れたボロボロの首輪を地面に叩きつけると、今にも噛み付かんばかりの形相で乱暴に玉己の胸倉を掴み上げる。


「後生大事に抱えてた……だと? そんな話いくらでも捏造できるし後付けだってできんじゃねえかっっ! アイツはお前らが思ってるような健全な人間じゃねえ。金のために自分のペットを無惨に殺したり、人の不幸で私腹を肥やせるようなイカれた野郎なんだよ‼︎」


 こんなこと玉己に吠えたって仕方がないのに、そうせずにはいられなくて。気がつけば俺は、八つ当たりのような怒声をあげて当てどころのない憤りを目の前の玉己にぶつけていた。


「『大事な存在』だの『愛に飢えてる』だの、黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって……! 上等だよ、だったらお前、その首輪、健太郎(アイツ)が後生大事に抱えていたところ証明できんのかよ? あ? どうせタドコロやあのハナゾメって人間の女とグルになって、俺の報復を阻止しようと都合のいい言葉を並べ立ててるだけだろ⁉︎」


 ――息が、苦しい。


 そんな話は信じないと断じておきながらも、心のどこかで玉己の言葉に縋りたがる矛盾した自分がいて、相反する感情の鬩ぎ合いに気が狂いそうになる。


(もしも……)


(もしも万が一にでも、玉己の言うことが嘘じゃなかったら?)


(もしも本当に、俺の知らない真実がそこにあったとしたら?)


(ひょっとしたら俺は、取り返しのつかない後悔を抱えることになるんじゃないか――?)


 そんな思いが、真実を知りたいと思う自分をどうしたって遠ざけるのだ。


「今さらそんな嘘や茶番でアイツを美化して俺を丸め込もうったって俺は絶ッッッ対に騙されねえぞ! もし次、俺の前でいい加減なホラふきやがったら、いくらお前でも本気で祟り殺して……」


「嘘なんかじゃないよ、犬飼くん!」


「……⁉︎」


「……!」


 ――心を乱し、感情的に声を荒げる俺の背中に、突然投げられた声。


 ハッとして振り返ると、駅舎棟を経由してやって来たと思しきあの女……花染が、切れ切れの息を吐き出しながら、腕の中に分厚い本みたいな何かを抱えて立っていた。


「花染……琴羽……」

 

「遅かったにゃ」


「ぜえ、ぜえ……ご、ごめん、道に、迷っちゃって……。それより、あの、犬飼くん、どこまで聞いたかはわからないけど、玉己くんの話は嘘じゃないよ、本当だよ」


 吐き気がするほどまっすぐな瞳でこちらを見つめたまま、俺たちの元へ歩み寄る花染。


 ぐるぐる唸って威嚇してみたものの女は怖がる素振りなど微塵も見せず、俺たちのすぐそばまでやって来て、腕に抱えていた何かをこちらに差し出した。


「これ……」


 よく見ればそれは、分厚い日記帳だ。しかも、だいぶ古そうなやつ。


 俺は眉間に皺を寄せて花染を睨み付けてから、露骨に嫌悪感を示すよう拒絶した。


「日記帳……? いるかよそんなモン! だからお前らの話なんざ信じる気は毛頭ねえし、どんな美談を積まれようがアイツが残酷な方法で俺を殺して小間使いにしてた事実は変わらねえっつってんだよ‼︎」


「……違うの」


「どう違うってんだよ! そもそも俺はあのイカれたクソ野郎を許す気はねえって何回言わせれば……っ」


「健太郎さんがペットだった犬飼くんを祭祀して『犬神化』したのは、あなたを救うためだったんだよ!」


 意を決したように叫んだ花染のその一言に、俺は一瞬、言葉を失う。


「……は?」


 ――おいおい。


 この女、今、なんつった? 健太郎(アイツ)がペットだった俺を殺したのは、俺を救うため……だって?


 いや、意味がわからねえ。


 主人に虫ケラ捻り潰すみてえに殺された犬が、どう救われるってんだよ。


 俺は玉己を解放すると、これ以上にない呆れ顔で眼下の花染を窘める。


「お前、喧嘩売ってんの?」


「喧嘩なんて売ってないよ。多分、説明するより見た方が早いと思うから、これ……受け取って。健太郎さんが幼少期から書き綴ってたもので、犬飼くんに纏わることがたくさん書いてある」


「……」


「この日記帳にはね、九我さんの妖術がかかってるの。ページを開けば日記帳に宿った付喪神が真実を見せてくれるらしいから。私のことは信じられなくても、付喪神のことなら信じられるでしょ?」


 なんでここで九我の名前が出てきたのかは謎だが、確かに花染の話は信用できなくても付喪神が絡んでいるとなれば話は別だ。


 神は嘘をつかない。それは、犬神である自分も本能的に知っている。


「…………」


 躊躇う心。揺れる気持ち。


 ずっとずっと心のどこかで知りたがっていた答えが、今そこにある――。


「……真実を知るのが、怖い?」


「は⁉︎ ふざけんな、俺がビビってるとでもっっ」


「なら、乗り越えよう」


「……っ」


「玉己くんも、私も。ずっとそばにいるから。観ておいで」


 ――躊躇う俺の背中をそっと押すように、ずっしりと重たい日記帳(それ)を俺の手の中へ収めてくる花染。

 

 間近に迫ると、柔らかい香りがふわりと鼻腔をついた。


 懐かしい、人間の匂い。


「……」


(ビビってると思われるのも癪だし、試しに少しだけ開いてみようか?)


(ふざけた内容が書かれていたら、即効で燃やしてやればいい)


 その香りとその言葉に唆されるよう、おずおずと日記帳を開いた……途端、紙面から強い閃光が放たれ、俺はわけもわからず視界を守るよう腕で顔を覆う。


(な、なんだよこれ……⁉︎)


 白む世界、遠のく意識。まるでタイムマシンにでも乗ったような気分で立ち竦んでいると、頭の中に健太郎のものと思われる声に加えて、視覚化した日付と文字が流れてくる。


  


 ***



 〝××××年5月9日〟


 〝ぼくのアイボウが、家にやってきた〟


  

 ***




 ――そうして、気がつけば俺は。


『うーん。うーん。そうだ……なんか強そうだしカッコいいから〝リュウ〟にしよう! それが今日から君の名前ね。よろしくな、リュウ』


 あどけない顔で笑いながら子犬の頭を撫でる小学生くらいの少年を、遠巻きに眺めて立っていたのだった――。




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