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6-15 禁断の応急処置

 ◇



「玉己くんッッッ‼︎」


「たっ……タマッッッ‼︎」


 絶叫に近い声をあげ、玉己くんに駆け寄る私と小雪ちゃん。


 とはいえ、私達を脅かす元住職の男性は現在進行形で私たちの隙を狙っているわけで、傷ついて横たわる玉己くんや、すぐその近くで苦しそうに蹲っている九我さんに向かって、さらなる危機が迫る。


『くくくくくっ。狙いは外れたがまあいい。さっさとそこの化け猫の体からいただこうかァ!』


「……っ!」


 元住職男性の高らかな笑い声が聞こえ、再び辺りに邪悪な霊気が凝り始める。男は強い口調で念仏を唱えると、どこからともなく上空に現れた無数の悪霊たちが無抵抗な玉己くんと九我さんに向かって急降下し始めた。


 ――だが。


「さっ、させませんッッッッッ」


『……つおッッ⁉︎』


 寸でのところで霊華さんが元住職男性に決死のタックルを見舞い、あわや悪霊たちの軌道がそれる。


 不意打ちをくらい地面に倒れ込んだ元住職男性はすぐさま飛び起きて、今一度数珠を構え直そうとしたのだが、


『な、な……こ、このアマッ!』


「う……う……う、うああああああああああッッ‼︎」


『っっ!』


 今度はいつの間にか男性の懐まで接近していた小雪ちゃんが無数の氷柱を放ち、男性の手元と地面を繋げるように、また、発言を抑え込むよう口の周辺をすっぽりと氷漬けにしてしまったため、元住職男性は身動きが取れずもがもがと悶えている。


 恐怖ゆえか、仲間を傷つけられた痛みゆえか。小雪ちゃんも霊華さんも半ベソ状態になっており、二人に託すような視線を投げられた私は、力強く頷きを返して転がるように玉己くんのそばまで駆け寄った。


「玉己くん、玉己くんっ!」


 地面に倒れている彼を抱き起こし、意識を確認する。


「……っ、ぐ……」


 辛うじて意識も脈もある。でも、全身は血まみれだし、呼吸もひどく苦しそうで険しい表情をしている。


(すごい出血……。どうしよう、応急処置をしたところでここは死者が住む零番街だから医療施設はないはず。病院への搬送ができないとなると……)


「……め……」


「え?」


「花、染」


「! うん、そばにいるよ、どうしたの?」


「九、我……は……?」


 苦しそうに顔を歪めながらも、九我さんの安否を問うてくる玉己くん。


 傍らで蹲っている九我さんに視線を移すと、彼は荒い呼吸を繰り返しつつも私たちの会話を聞いていたようで、


「僕の……心配……より、自分の心配……したらどう……だ……」


 と、最後の方はゲホゲホと苦しそうに咳きこみながらも、彼なりの皮肉を掠れ声で返してきた。


 なにかの発作だろうか? を起こしている九我さんの容態も心配ではあるが、今はそれ以上に玉己くんの方が不安な状態だ。そのため、


「玉己くんのおかげで怪我はなかったみたい。順番に診るから安心して」


 と、彼を安心させるようやや虚勢を張ってみせると、


「……そ、か。なら……これで……借りは、チャラだな……」


 玉己くんはほっとしたように胸を撫で下ろし、口元を緩めて虚ろな瞳で空を仰ぐ。そして――。


「玉己く……」


「……」


 まるで重い闇にでも呑まれるかのように下がる、玉己くんの瞼。それと同時に彼の手も力なく床に垂れた。


「……っ。玉己くん!」


 顔色が悪く、極めて呼吸が弱い。


 この幽世にいる限り死にいたることはないが、激痛や苦痛は延々と身体を蝕み続けるし、体に負荷がかかりすぎれば精神が壊れて意識を消失し、重度の昏睡状態……あるいは脳死に近い植物状態になってしまうことも往々にしてよくあるそうだ。


 今の玉己くんは、まぎれもなくそれに近い状態にある気がした。


「……」


 このままでは危険だ。


 強く唇をかみしめた私は玉己くんの上半身に素早く手を這わせ、一番深く、致命傷と思われる首から鎖骨にかけての傷口にそっと両手を当てる。


『あの力は金輪際俺の居ぬところで使うなよ』


 脳裏に蘇る、あの日交わした天堂先生との約束――。


 駄目だ、と、言われたけれど。


 金輪際、使わないと約束したけれど。


 でも……今はこれ以外に、玉己くんや九我さんを救う方法が見つからないから。


「……」


「……!」


 全神経を両手に集中させると、辺りに漂い始める不思議な空気と白々しい光。


 ただならぬ気配を感じ取った九我さんが驚いたようにこちらを見たが、迷っているような暇はなかった。


 目を瞑り、心の底から強く、深く念じる。 


 ―― お願い、治って。


(神様……どうか、玉己くんを助けて!)


 想いが天に昇り、まるで手のひらから神の恩恵が迸るかのように白い光がホワァッと放たれる。


「⁉︎」


「……⁉︎」


「……!」


 同時に、辺り一帯は白い閃光に包まれ、半分氷漬けにされている元住職男性や、臨戦態勢をとっていた小雪ちゃん霊華さんも驚いたようにこちらを注視したが視界が白んだのは一瞬こと。


 ほどなくして目の前の世界は平常を取り戻し、虫の息となっていたはずの玉己くんは――。


「……っ……」


「たっ、タマ……⁉︎」


「……ん、にゃ……?」


 うっすらと目を開け、戸惑うように自分の身体を確認している。


 全身に深い傷を負っていたはずの彼の体は何事もなかったかのように綺麗さっぱり元の通りに戻り、血で汚れた衣類だけがわずか数秒前の悲劇を裏付けるようにそこに存在している。


「あ、あれ……? 俺、怪我したはずじゃ……」


 困惑する玉己くんの声が耳を掠めた瞬間、怒濤のごとく押し寄せてくる疲労感、倦怠感。


「はぁ……はぁ……っ」


 さすがにここまで重症だったあやかしを癒した経験は(覚えている限りでは)ないように思うため、その代償は大きく、いつも以上に耐え難い波に襲われて目の前が激しく揺らぐが、伏せっている場合でもない。


 玉己くんの無事を確認してから立ち上がると、よろつきながらも今度はすぐそばで蹲っている九我さんの元へやってくる。


「花……ゲホッゲホッ」


 九我さんは一連の出来事を驚いたように見守りつつも、苦しそうな表情で咳き込んでいる。


 そばまでやってきてようやく気づいたが、その咽びはどうやら吐血にまで至っているらしく、口元を押さえる彼の掌は生々しい鮮血で汚れていた。


 自分に襲いかかる異常なほどの倦怠感に必死に抗いつつ、歯を食いしばって手を伸ばす。


「九、我、さ……ん」


「……っ」


 彼の場合、玉己くんと違って外傷らしいものは全く見受けられないため、おそらく内部でなんらかの病魔が発生し、彼の体を蝕んでいるのだろう。


 かくなるうえは――と、一か八か、蹲る九我さんの上半身を包むように抱きしめ、今一度強い念を込める。


 ――お願い、治って……!


 全神経を集中させて天に癒しを乞うと、今一度、私の掌から白い光がボワッと放たれて九我さんの上半身を柔らかく包み込んだ。


「……!」


 自身を纏ったその白い光を、瞠目しつつ食い入るように見つめる九我さん。さすがに完治とまではいかなくとも、今ある苦しみを取り除く程度まで持っていくのに、そう時間はかからなかった。


 みるみるうちに彼の顔色は健全なものに戻っていき、やがて嘘のように咳も止まって、穏やかな呼吸を取り戻すまでに至った。


「な……、胸の痛みが……発作が、消えた……?」


「ぜえ、ぜえ……」


「花染さん、君は……」


 自身の体と私の顔を交互に見つめる九我さんは、半信半疑に満ちた呟きを落とす。


 できることならばこのまま彼を蝕む病魔を根絶してしまいたいところだったが、玉己くんを癒した後だということもありさすがに体力がもたなかった。


 強烈な睡魔に襲われ、頭を振って必死に眠気に抗おうとも、徐々に瞼が下がってくる。


(ダメ……待って……まだ、終わってない……)


 意に反し、がくんと膝が地面に落ちる。


 いつの間にか九我さんの上半身に体を預けるようにして気を失いかけていた。


「花染、さん……」


「はあ、はあ……」


(どうしよう。まだ、終わってないのに……)


 目の前にはいまだ交戦途中の悪霊たちの影。小雪ちゃんと霊華さんが必死に食い止めてくれてはいるけれど、あまり戦い慣れしていないだろう彼女たちにその役目は負担が大きすぎるし、傷や体を癒したとはいえ完全体ではない玉己くんと九我さんはすぐに戦闘復帰できるような状態とは言い難く、むしろ二人にはできる限り今はまだ安静にしていてほしいくらいだ。


(誰か……)


 せっかく犬飼くんや河太郎くんを説得する材料を見つけ出したというのに。


 こんなところで立ち止まるわけには……――。


「……」


 想いとは裏腹に、徐々に遠いてく意識。


「って、おい、花染、大丈夫か⁉︎ っつか、顔色真っ青じゃねえか! くそ、怪我は治ったっつうのに、うまく体に力が入らねえ……」


「一時的な妖力切れ……だろうな。不甲斐ないが今の僕も、花染さんの身体を支えるだけで、精一杯の状態だ」


「ぐぬぬ…… このままじゃ花染もやばいし、ガキンチョとあの女幽霊も……って、……あッ」


「……!」


 朦朧とするなか、聞こえた玉己くんと九我さんの会話。


 その会話が途切れると同時に妙な気配を感じた。


 ふと、鼻腔を掠める崇高な華のような香り。


(あ、れ……)


 私はこの匂いを知っている。近寄り難いけれど、いつだってすぐそばで見守っていてくれているような、懐かしく、優しい香り。


 襲い掛かる睡魔に必死に抵抗し、最後の気力振り絞って匂いの元を辿るように視線を這わせると、私の目の前に朧げに浮かんだのは、黒い着物に家紋入りの羽織を纏った美しい鬼の姿――。


「追跡香が途切れていて探すのに手間取った。妙だと思っていたが、やはりお前の仕業だったか」


 鼓膜を掠める、低く、どこか懐かしい声。


「……。さあ。僕にはなんのことかさっぱり」


「とぼけるな。鬼の香をかき消すなど『上級』にしかできねえ芸当だ」


「信用ないなあ……。心配しないでも、()()()()()()()()、貴方の獲物に手出しはしてませんから。それよりも……まさか狐が鬼に助けられる日が来るとは、思いもしてませんでしたよ」


「助ける? 勘違いするな。俺は我が組の問題児どもを回収しに来ただけだ。俺がお前の担任じゃなかったらとっくに息の根を止めてる。付喪神の采配に感謝するんだな」


「ふふ、病人相手でも容赦ないですね。でもまあ、問題児、か……。それについては否定できないかな。優しいセンセイの組に当たってラッキーだったと思うことにします」


「ぬかせ。とっとと邪魔な悪霊どもを始末して街へ戻るぞ。うっかり刺されたくなけりゃ病人は大人しくそこでくたばってろ」


「勘弁してくださいよ」


 くすくす笑う九我さんの声を遮るように、長い腕が伸ばされる。


 九我さんから引き剥がされ、彼の左肩に抱え上げられたところで、不覚にも完全に瞼が落ちた。


 意識が混濁していたため、その時の彼の顔・表情をはっきりと判別することはできなかったけれど……でも。


「あれだけ忠告したというのにお前という奴は……。後でたっぷりと躾けてやるから覚悟しておくんだな」


 この声、この温もり、この匂い……間違いない。


(天……堂……さん……)


 彼が腰につがえた刀をすらりと抜く音を頭の片隅で聞きながら。


 気がつけば私は、深い深い眠りの底に沈んでいたのだった――。

 


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