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6-11 託される想い

 ◇



「うう、ごめんみんな……完全に元に戻っちゃった」


 ビル一階共用部分の片隅にある潰れた売店の陰にて、両手を合わせて皆に直謝りする私。


 結局、一階まで降りたはいいけれど、出口に辿り着く前に完全に人間の姿へ戻ってしまったため、そこから出るに出れなくなってしまった。


「別に花染さんのせいじゃないし、謝ることはないわ」


「ちっ。相変わらずどんくせーヤツだぜ。まぁ、謝られたところで戻っちまったもんはもうどうしようもねえしな。問題はこの先、無事にビルの出口まで辿り着けるかどうかにゃ」


 小雪ちゃんはすぐさま気丈にフォローを入れてくれたけれど、玉己くんは眉間に皺をよせながら辺りに警戒気味な視線を這わせている。


 彼の言う通り、このビルの至る所には不穏な気配を漂わせた幽霊がうろうろと徘徊しており、特にこの先にあるエントランス部分は、それが顕著になっている。


 もし『生きた人間』の存在が明らかになったら、彼らはどのような行動に出てくるのだろうか。まるで想像ができず、手に汗がにじむ。


「なんかこのビルにいる奴ら、総じて怪しい匂いがぷんぷんしてんだよにゃー。なんなんだ? 飢えてんのか?」


「へえ。化け猫くんにしては珍しく鼻が利くな。恐らく『生』に未練のある死者がこの地区やこのビル界隈に自然と集まって……と、……おや?」


 ふと、体になにか異変を感じたのか、両手の平を広げてしげしげと見つめる九我さん。


「自然と集まって、なんだよ? おまえ、いつも一言多……って、うげっ。九我白影っ、お、お前まで元に戻りかけてるじゃねーか!」


 途中で言葉を噤んだ九我さんに食って掛かろうとした玉己くんが、元の姿に戻りかけている彼を見て唖然としている。


「ほ、本当だ。九我さんも半透明じゃなくなってます……!」


「ああ、やっぱりか。何か変だと思ったけど……って、そういう化け猫くんと雪女くんもそろそろじゃないかな。匂いが少し変わってきてるような……」


「あん? んなこたねえよ、特に体に異変は……」


「わ、私も、特にまだ何も感じないし、身体も軽い感じがするんだけ……って、タマ、あなたも戻りかかってるじゃない!」


「まっ、マジかー!」


「うう、どうしてだろう……効果時間、ちゃんと調べたはずなのに」


「なにか妙だね。これは効果時間や体質の問題なんかじゃなくて、外的要因が故意に働いてるんじゃ……」


「外的要因?」


「……いや。今はそれより、この状況をどう突破するか、かな」


 神妙な顔つきで辺りに目配せをする九我さんは、何か思うところがあるのか口早に言葉を続ける。


「姿が戻って時間がたてばたつほど、『匂い』が強まって鼻の利く奴らに気取られやすくなる。生者の姿でこの街をうろつくのはリスクが高すぎるし、ここはもう、一旦十三番街に退いて出直した方が得策かもしれないぞ」


「そう、ですよね……。こんな状況ですし、みんなを危険に巻き込むわけにもいきませんから、その方向でまずはなんとかここを抜け出して――って、あれ?」


 冷や汗を滲ませながら、これからの行動について話し合っていた時のこと。


 ふと、私たちが隠れているビル一階の共用部分に、見知った女性の姿が現れた。


「……!」


 地面から三十センチほど浮かんだ状態で移動しているあの幽霊の女性は、先ほど別れたばかりの田所さんだ。


 彼女は手に何かを抱えており、誰かを探すようキョロキョロあたりを見渡している。


「た、田所さっ……むぐっ」


「……っ」


「しーーーーっ! 花染、おまえ、姿戻ってるっつーのに声でかいにゃ!」


「ご、ごむぇん……むぐむぐ」


「彼女、気付いたみたいよ。こっちに来るわ」


 私の声に気付いた田所さんは、目が合うなりこちらへ向かって飛んでくる。


 相変わらず顔色は青白く覇気のない表情をしているが、彼女は私たちの目の前までやってくると、何かを言いたそうに唇をもそもそと動かした。


「あ、あの……」


「田所さん、先ほどは慌ただしく退散してごめんなさい。ご覧の通り、完全に姿が戻ってしまって……」


「いえ……。この界隈で生者の姿は危険ですので、隠れたのは正解だと思います。それより……こちらこそ邪険に扱うようなことを言って申し訳ありませんでした。ご存知の通り、犬飼様のご親族は皆、奈落へ落とされてしまったため、現世にも、あの世にも、憤る矛先を失った生前の被害者の方たちが、私の元へ苦情を言いに押しかけてくることが今でもままあって……てっきり、あなた方も同様の要件かと思い、つい、口調が強く……」


「そうだったんですね……。それは仕方のないことですし、突然押し掛けた私たちも悪いですから、気にしないでください」


「ありがとうございます。でも、『狗神様』のお知り合いだとお聞きして、なおかつ本当に死者ではなく生者の方だと御見受けして、だとすれば『これ』を託すのは貴女たちしかいない……と思い、慌てて追いかけてきた次第なんです」


 そう言って、彼女は手に持っていた物をこちらに向かって差し出した。


 手渡されたそれは、使い古されたボロボロの犬用首輪が一つと、分厚い年季の入った日記帳が一冊だ。


「こ、これ……」


「そちらは、健太郎様ご本人から託された首輪と、私が彼のお部屋から見つけ出した日記帳です」


「!」

 

 彼女の一言に、目を丸くして顔を見合わせる私たち。


「お、おいキミコ、どういうことだよ⁉ つーかなんなんだよこれ、犬飼の首輪か⁇」


「ちょ、ちょっとタマ、初対面の方に呼び捨てはないでしょっ。って、私たちが口を挟むと話がこじれるから黙ってた方がいいって!」


「田所さん、あの、これは一体……?」


 興奮気味に身を乗り出す玉己くんと小雪ちゃんの意志を汲むよう、今一度、託された物の意味を尋ねる。


 すると田所さんは、過去の記憶を辿るようどこか遠くに視線を投げ、静かに言葉を続けた。


「少し長くなりますが……順を追ってご説明しますね。もうだいぶ昔の話になりますが、狗神様の報復騒動があった際……――」


 ――それはまぎれもなく、犬飼家一族が惨殺された時のことだ。


「屋敷にいた関係者はみな狗神様の呪いで祟り殺されてしまいましたが、隣町まで買い出しにいっていた私は偶然難を逃れることができました。所用を終えてお屋敷に戻るとすでにそこは血の海で、数々のご遺体の中に、こと切れる寸前の健太郎様の姿があったんです」


 生々しく語られる当時の一幕に、ごくりと喉を鳴らして相槌を打つ私。玉己くんも小雪ちゃんも九我さんも、固唾をのんで彼女の話に耳を傾けている。


「慌てて駆け寄った私に、彼は手に持っていたそちらの首輪を差し出しました。言葉は途切れ途切れでいまいち上手く聞き取れなかったのですが、要約すると、『神道に反したがゆえ、自身は浄土へは上がれない。でも一族と無関係な私であれば浄土へ上がれるだろうから、もし万が一にでも、あの世で〝リュウ様〟に会う機会があれば、これを渡して欲しい』――……と」


「〝リュウ様〟……?」


「健太郎様が使役されていた狗神様の、愛犬だった頃の御名前です」


「……!」


「い、犬飼の……⁉」


「ちょ、ちょっと待ってください。どういうことです? 健太郎さんは『姦悪な宮司』と謳われるぐらい問題のあるお方だったとお聞きしていますし、奈落へ堕ちたのもそうした悪行が原因だと理解していたのですが……」


 困惑するように首を傾げると田所さんは――。


「そうですね。確かに村の方達からの評判は耳を塞ぎたくなるほど悪いものばかりでしたし、彼が犯した過ちは到底看過できるようなものではなかったと思います。でも……」


「……でも?」


「それらには全て、理由があったんです。それについては、これからお話しする私の母――長年犬飼家に仕えておりました私同様の家政婦です――の話と、今お渡しした彼の日記帳を読めば、きっと納得して頂けるのではないかと思うのです」


 ――そう呟いて、まっすぐな瞳をこちらに向ける。


 そうして唯一の証人となった彼女は、誰も知らなかった健太郎さんの素顔を白日の下に晒すよう、遠き日の彼……そして〝リュウ〟と呼ばれていた愛犬の話を、ぽつりぽつりと語り始めたのだった。



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