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6-7 偽りの冥界の住人

 ◇



 ターミナルステーションへ着くと、四十四番線から黒塗りの帆船タイプの列車に乗り、零番街ゲート前駅へ向けて出発する。


 行燈が揺らめく闇色のホームから藍色の空に向かって優雅に飛び立った列車は、ほどなくして灰色の雲に覆われた細長いトンネルに入る。しばらく闇の中を直進し、再び外の世界に飛び出た頃には、列車はいつの間にか果ての見えない薄明の大海を見下ろすように飛行していた。


 次第に高度を下げた列車は空から海の航行に切り替わり、緩やかな波音をかき分けて海を渡る。体感にして約二、三十分ほどが経過した頃だろうか。大海の果てに蜃気楼に包まれた幻想的な街並み――和洋と樹木が立体的に入り組んだ幽玄な世界だ――が見えてきた。


『マモナク零番街ゲート前駅ニ到着デス』


 車内アナウンスが流れると、顔を見合わせた私たちは呼吸を整えてから降車の準備に入る。


 大丈夫。零番街の中で最低限やらなければならないことはもう充分に確認しあったし、滞りなく物事が進めば一時間程度の滞在で済むはずだ。


 高まる緊張のなか、持っていた『冥土の土産』の一つを握りしめる。


 頂いたお団子は全部で七つ。それを四人で分けるため、効き目の短いあやかしの三人が二つずつ、比較的効果が長く持続するはずの私が一つ、と配分が決まっていた。体質による変動はあるものの、これで四人とも最低限二時間は幽霊化していられる計算となる。


 列車がホームに入る寸前、私たちは手の中に握りしめていた冥土の土産を口の中に放り込んだ。味わったことのない、不思議な甘さが味蕾に絡みつく。舌を溶かすような、まろやかな質感となめらかな食感がじんわりと脳にまで染み渡った。


 美味しい――、と口から溢す間もなく、喉の辺りにほんのりと熱が灯るのを感じ、その感覚はすぐさま全身へ巡った。視線を落とし両掌を見やると床が透けて見え、あ、私今、幽霊になっているのかと、言いしれぬ緊張感が漲った。


 そばにいた玉己くんも、小雪ちゃんも、犬飼くんの様相をした九我さんも、私と同じように輪郭が霞んで見えているので、皆、無事に『偽りの冥界の住人』と化したようだ。


 タイムリミットはここから約二時間と仮定する。


 速やかに列車を降りた私たちは案内板の通りに広大なホームを突き進み、零番街への入り口――改札口(ゲート)を目指す。行き当たったそこは、まるで巨大なテーマパークのエントランスのようで、どっしりと聳える巨大な楼門の左右にはそれぞれ駅の窓口と街管理局の管理室があり、目視でゲートの通過に目を光らせている。


 何食わぬ顔でゲートに手を翳せばほわんと乗車券が光り、何ごともなくそこを通過できた。万が一にでも、通行許可証や住民証のようなものが必要だったらどうしようと危惧していたけれどそれは杞憂に終わり、心底安堵する。


 そうして無事にゲートを通過した私たちは、ついに眼前に広がる零番街――黄泉の庭へ足を踏み入れたのだった。


 


 ◇




「うお……すげえにゃここ。これが死者の街……? 十三番街より快適そうな設備揃ってそうだし、住民の幽霊(ヤツ)らも、めちゃくちゃイキイキとした顔してんじゃねえか……」


 玉己くんの感嘆の声が、住民の幽霊で賑わう零番街の片隅――『冥界案内所』行き船乗り場・待合室――にこぼれ落ちる。


 彼が驚くのも無理はない。大きな楼門をくぐってすぐ、私たちの目に飛び込んできた光景は、目を見張るものがあった。


 青白い蛍が飛び交う薄明かりの街。足元には清らかな湖が街全体を覆っており、その上に浮遊するかのように数々の立体的建造物が屹立している。立ち並ぶ大厦は殆どが和風と中華が入り混ざったような外観をしており、それぞれ共同住宅であったり商業施設であったり、はたまた住民が憩う広場のようになっていたりと用途は様々の模様。中には生い茂った樹木や瀟洒な洋風の施設も所々に点在しているため、ひどく神秘的というか。まるで御伽の国にでも迷い込んだかのような錯覚に陥る。


「ま、まぁ、そうよね……。考えてみれば、零番街は奈落の四番街と違って『楽園』とか『極楽』とかって呼ばれてるほどだものね。想像していたより健全な世界でちょっとホッとしたわ……うん」


「よくいうにゃ。列車の中で除霊グッズひけらかして散々ヒヨりまくってたくせに。『ちょっと』どころじゃなくて『相当ホッとしてる』の間違いだろ」


「ほ、ほっといてよっ。だって誰に話を聞いたってどの案内資料を読んだって『危険』だとばっかり書いてあるんだもん……怖いイメージしか持ってなくて当然じゃないっ」


 呆れたように肩をすくめている玉己くんに向かって、頬を膨らませながらぷりぷり抗議する小雪ちゃん。彼女と同じく、私自身も美しく幻想的な街の雰囲気にかなり気を緩めていたのだけれど……。


「安心するのは早いと思うよ」


 九我さんがぽつりと漏らした不穏な呟きに、どきりとする。


 犬飼くんの容貌をした彼は、さりげなくあたりに視線を配りながら私たちの警戒心を煽った。


「平穏に見えるのは、僕らが彼らと同じ『冥界の住人』だと思われてるからかと」


「……!」


「ちょ、九我くん、それはどういう……」


「表面的には幸せそうに見えても、中にはひどく負の気配が漂っている住民もいる。ほら、あそこの外階段付近にいる親子の幽霊とか、あっちの船待ち中のご婦人とか。君たちには彼らが纏ってる闇色の臭気が見えないのかい?」


「う、全然見えないわ……」


「私もです……」


「なんとなく嫌な気配はしてるけどにゃ……でも、はっきりとは見えないから、それは多分上級クラスにしか見えねーアレだにゃ」


「そう。それなら僕も、ついてきた甲斐があったってとこかな。とにもかくにも、僕らが偽りの住人だと露呈したらどうなるかわからないし、気を許さずに行こう」


 九我さんの一言に頷きを交わす私たち。


 それから間もなく、やってきた船に乗って『冥界案内所』を目指す。學園の図書館で事前に調べた情報によると、そこへ行けば霊華さんが言っていた『冥界システム』にアクセスできる共用機器が置いてあったり、端末によっては住民台帳を検索したりもできるようだ。


 なお、なぜ船なのかというと、零番街は街全体が水に覆われているため、船での移動が基本となると書物に書いてあった。幽霊化している体は風船みたいに軽いのでふわっと空に浮いたりすることもできるのだけれど、慣れてないせいか真っ直ぐ飛べないし、街の規模が大き過ぎるので飛んで移動するには時間がかかりすぎる。そのため、他の幽霊さんたちも皆、私たちと同じく船を使って移動するのが習慣化しているようだった。


 やってきた船は悠然と、しかし川の流れのように迅速に進み、あっという間に街の中心地と思しき冥界案内所前へ到達する。


 ここまでは万事順調で、さっそく私たちは目当ての情報検索を始めたのだったが――。



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