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6-5 零番街行きに欠かせないアイテムの調達

 ◇


 ――その後、午後の講義を終えたら學園の正門付近にあるターミナルステーション行きバス乗り場で集合する旨を取り決めて、一旦解散した私たち。午後の講義を一通り終え、集合前に再び第一食堂へ戻った私は、零番街行きに欠かせないアイテムの調達に着手していた。


「あんたかい? 『冥土の土産』を欲しがってるっていう門人さんは」


「あ、はいっ。医學部薬學科の花染と申します」


「そうかい。あんた、見るからに『人間』って感じだけど……大丈夫なんかい? 黄泉の食べ物ってのはねえ、人間が口にすると色々不都合が生じる場合もあっからねえ。あんまりオススメできないんだけども」


 シキちゃんがお菓子をもらったという食堂のおばちゃん――割烹着姿の幽霊さんで、歳は五十代前半ぐらい、パーマがかかったショートヘアで、耳にはパールのイヤリング、首元にはお洒落な緑石がついたネックレスをつけた独特のイントネーションで話す女性――は、要件を伝えるなり、心配そうな面持ちで首を傾げて見せた。


「だ、大丈夫です。あやかしの友人にあげようと思ってただけなので……」


「ああ、そうだったんかい」


 嘘ではないけれどかなり濁して伝えているため申し訳ないと思いつつも、背に腹は変えられず、こくこく頷いてみせる。


 すると職員さんはほっとしたように表情を緩めてから「そういうことならちょっと待ってな」と言い置いてその場を離れ、ほどなくして小さな紙包を持って戻ってきた。


「ほれ、持ってけ。ついさっき、休憩時間に同僚に配っちまったもんだから今はこれしか残ってないけど……とりあえずこれだけあれば充分だろ?」


 彼女が差し出してくれた包み紙の中には、以前シキちゃんが食べていたお団子と同じタイプのものが七つほど入っていた。


 私が調べた限りでは、前回シキちゃんが口にしていたお菓子だと、人間が幽霊化していられるのは二〜三時間程度(あやかしだと一時間〜二時間程度)であるはず。効果の効き具合は体型や体質にもよるため一概には言えないけど、でも、あまり大量に口にできるものでもないため、これだけあれば充分だろう。


「ありがとうございます! これだけあれば充分です」


「そうかい。よかった。せっかくだし他にも何か、あやかしが喜びそうな料理でも持ってくかい? 作りすぎて余ってたヤツがいくつかあるんだけど……あ、人間のお前さんにはこれなんかいいんじゃないかね。黒ニンニクの胡麻和えと、こっちは酢入り薬膳スープだ。どっちも人間用のだから口に合うはずだよ。勉強疲れなんかによく効くって評判だし、時間あるなら今ここで食べて行っても……」


「あ、いえ、その、せっかくですが、これからちょっと用事があって……ご親切にありがとうございます」


 親身になってあれこれ料理を盛り付けようとしてくれた職員さんに丁寧にお断りを入れると、彼女は気さくな笑みを浮かべて「ああ、そうだったんかい」と、手を止めた。


「そりゃ失礼。そんじゃ足止めしても悪いからね、気をつけてその用事とやらに行ってきな」


「あの、でも、お代は……」


「あー、いいのいいの! 私物の余りもんだし。金なんかとれるかい」


「そんな……でも、こんなに頂いたのに悪いです」


「はは。お前さんも律儀な娘だねえ。そいじゃあね、菓子の感想も聞きたいし、今度はその友人も連れておいで。あたしゃね、あんたら学生さんと他愛もない話しをするのが好きでね。このお菓子を知るきっかけになったっていうシキちゃんとも、暇さえあれば世間話してるんだ。人間の子なら特に、今の現世の様子とか聞いてみたい話も沢山あるしね。金なんかよりもそっちの方が断然嬉しいよ」


 目を細めてそう語る職員さんに、じんわりと温められる心。


 零番街にいる住民――幽霊――には、いまだ〝生〟に未練を持ち、人間を妬んだりする人もいるって話だったけれど、この職員さんに関しては違うみたいだ。とても澄んだ優しい目をしているし、あやかしだろうが人間だろうが関係なく、本心から学生好きなのが伝わってくる。


(そういえば同じクラスの幽霊・霊華さんも、少し怯えた風なところはあったけれど、人間を恨んでいるような感じではなかったな。彼女はあれからどうしてるだろう……)


 なんて、余計なことを考えようとしてかぶりを振る。ひとまず今は目の前のことに集中しないと。


「お気遣い、本当にありがとうございます。わかりました……では今度、食堂のアイドルタイムを狙って友達を連れてきますね」


「ああ、そうしておくれ」


 お菓子を友人(と言えるのか謎だけど)と分け合うこと自体は嘘ではないので、そう告げてから今一度丁寧に礼を述べると、職員さんはにっこりと笑ってひらひらと手を振った。


 お辞儀と挨拶を交わし、食堂を後にする。


 腕の中に抱えた紙包からは甘やかな香りが漂っており、自然に空腹を感じ始めたと共にごくりと喉が鳴ってしまった。


(天堂先生、怒るかな……)


 零番街へ行くと決めた時にきっぱりと腹を括ったはずなのに、ふと、心のどこかではやはり天堂さんの顔を思い浮かべている自分がいて、番の契約だなんて交わす気はないと言いながらもいつの間にか私自身、ずいぶん彼に毒されて生活しているんだなって、なんだかそんなことを唐突に思った。


(今はそんなことを考えてる場合じゃないよね。犬飼くんや玉己くん、河太郎くんのためにも、それから同行してくれるっていう九我さんに迷惑をかけないためにも、限られた時間内でしっかりやらなくちゃ!)


 ――吉と出るか凶と出るか。


 今一度自分自身を叱咤した私は、腕の中の戦利品をぎゅうと抱きしめて、待ち合わせ場所となるバスターミナルへ歩調を早めたのだった。



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