6-4 もふもふ隊結成
「え、ちょ、あの……」
「やあ、久しぶりだね。立ち話もなんだし、ここ失礼するよ」
近くの壁にもたれかかって話を聞いていた九我さんは、こちらまでやってくると有無を言わさず近くの空席に着席する。
私たちは狐につままれたように顔を見合わせたが、すぐさま玉己くんが身を乗り出して率直な疑問をぶつけた。
「おいおいおいちょっと待てって、なにがどうなってそうなったにゃ⁉︎ っていうかなんでお前がここに⁉︎」
「なんでって……さっきの犬神の怒号、ホールの端まで聞こえたからね。聞き覚えのある声だなと思って様子を見にきたら、見知った顔が興味深い話で盛り上がっているようだったから、静観しつつ出るタイミングを推し計ってたんだよ」
「な、なるほど」
「狐の聴覚は優れてるっていうものね……」
「二人とも感心してる場合じゃないにゃ! こいつは妖狐族の次期頭領なんだぞ⁉︎ 飯でも食いに行くような気軽なノリで下級の俺らや人間の花染に絡んできてる時点でおかしいだろ!」
「相変わらず騒がしい猫だな君は。何度も言ってるけど学び舎での僕はあくまで一介の門人に過ぎないからね。後嗣という肩書きがあるだけでクラスメイトとの交流が制限されるだなんて心外だよ。まあ、人間でありながらこの學園の医學部に受かるような聡明な彼女なら、雑音に惑わされず穏やかな友好関係を築いてくれると信じてるけど……どうかな?」
「え、あ、いや、あの……」
にっこりと微笑まれ、思いっきり返答に詰まる。
そこまで言われてしまうと無下にできなくなる気持ちが半分と、いやでも、この幽世で『鬼』と拮抗する勢力である妖狐族の彼に関わることで、あらぬトラブルが起きたり、天堂さんの反感を買いかねないのも事実。
どうしたものかと考えあぐねていると、
「その様子だと、天堂センセイに義理立てしてるってところかな」
「……っ」
図星を指摘され、ぎくりと顔を強張らせて彼を見る。九我さんは捉えどころのない微笑みを崩さず続けた。
「まだ番契約を交わしたわけでもないっていうのに、ずいぶん健気なんだね。心配しないでも同行の提案に他意はないよ。単純に面白そうだなっていうのが九割、残り一割は、実は僕にも零番街に会いたい存在がいてね。ことのついでに会えれば好都合だと思って」
「そう……なんですか?」
「ああ。だから、あまり深く考えずにこの提案を受け入れてくれて構わないんだけど、やっぱり僕と付き合うことには抵抗がある?」
「……」
「(ちょ、騙されるにゃ花染。妖狐族は腹黒な奴らばっかだってあやかしの間じゃ有名なんだぞ。絶対何か裏があるに違いねえ! 天堂家の番なんだったら後々絶対揉めるからやめとけって!)」
「(あ、いえ、あの、まだ番になると決まったわけでは)」
「(天堂家に目をつけられたんだったら決まったも同然にゃ! ほらガキンチョも、黙ってねえでなんとか言えにゃ!)」
「(そ、そうねぇ。ちょっと想定外の出来事すぎて驚いたけど、でも正直、彼がいれば戦力的に安心なのは確かなのよね……)」
「(おまっ、なに悠長なことを!)」
「(だってそうじゃない。他意はないって言ってるし、天堂家の息がかかっている花染さんに迂闊に手を出すほど妖狐族も短絡的じゃないでしょう? そもそも裏があるって言うなら、自分の身に危険が及ぶかもしれない零番街の同行よりも、もっと別な方法で安全に接触してきてるだろうし)」
「(そ、それはそうにゃけど……)」
「(な、なるほど)」
「(だから、今回の彼の提案は、本当に単純に、面白そうだから申し出てるって受け取っていいような気がするのよね。一応はクラスメイトなんだし、もうこの際、思い切って頼んじゃったら?)」
「(ぐぬぬ、これだから世間知らずのお嬢様は……まぁ、好きにすればいいけど、俺はどうなってもしらないからにゃ!)」
「(むう……)」
小雪ちゃんと玉己くんの意見を吟味するよう黙り込んで思案する。
同じ共通クラスに彼の名前があると知った時から、極力目立たないようにして過ごそうと思っていたけれど、これだけ表立って絡まれてしまってはもはや露骨に避けるわけにもいかないだろう。顔を合わせる頻度が少ないとはいえ、クラスメイトとの関係は卒業まで続くわけで……建前上でも好意的に協力する姿勢を見せてくれている彼の申し出を、今ここで無下に突っぱねたら、それこそ角が立ってしまう。
「……」
――やむを得ない。
「わかりました」
「……!」
「!」
「……」
意を決して結論を下すと、驚いたように私を見る小雪ちゃん、玉己くん、そして九我さん。
「では、お言葉に甘えてありがたく協力をお願いしようと思うんですが……その前に、一つだけお願いをしてもよろしいでしょうか」
「お役に立てて光栄だよ。主役の頼みなら、一つでも二つでも……なんなりと」
相手の気を害さないよう慎重な声色でそう告げると、九我さんは琥珀色の瞳を細めてうやうやしく取引に応じる姿勢を見せてくれた。ペコリと頭を下げ、ありがたく先を続ける。
「えっと、その。今回の零番街行きの件なんですが、リスクが高いということで天堂先生には反対されているんです」
「だろうね。君は大事な番候補らしいし、彼は反対するだろうとは思ってたよ」
「天堂先生の件もそうですが、人間にとっては特に危険な領域みたいですしね。人間用の學則にも『零番街への不要な立ち入りを禁ず』とあるので、學園側にも黙ってこっそり行こうとしてて……だからその、できれば零番街行きの件はここだけの話にしていただきたいのですが……」
おずおずと見上げると、九我さんはすぐに納得したように相槌を打った。
「ああ、そんなことか。もちろんだよ。むしろ僕の方としても、単なる友人付き合いを鬼の次期頭領様に変に勘繰られて、因縁づけられでもしたら面倒だからね。他言無用でついていくよ」
「助かります。ありがとうございます」
「鬼の目を気にしている様子のそこの化け猫くんも、それなら問題ないだろう?」
「にゃっ。い、いや俺は別にっ。っていうか、お、俺はあくまで犬飼のために同行するだけだし、花染が誰を呼ぼうが付き合おうが、知ったこっちゃないにゃ!」
「そう? 随分嫌そうに見えるけど……」
「(入学式早々モブ扱いしといてよく言うにゃ……)気のせいかと……」
「ふふ。そっか。なら、そこの雪女くんも口が堅そうだから問題なさそうだし、決まりかな」
「……っ」
「よ、よろしくお願いします!」
巧みな話術にのせられてしまった感じがしないでもないけれど、いずれにせよ私たちのために面倒ごとを引き受けてくれたことには変わりがない九我さんに再びぺこりと頭を下げると、彼は妖艶に微笑みながら、スッと片手を差し出してきた。
「よろしくね」
「……」
もう後には引けない。
波乱の幕開けとならないよう切に祈りつつ、私はその手を握った。