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2-1 お前、ひょっとして人間か?

 ◇


 ターミナルステーションから体感にしておよそ三十分ほどが経過した頃、紅葉通り前の停留所を知らせる車内アナウンスが流れた。


『紅葉通り前~』


 紅葉通りはその名の通り、紅葉に包まれた色鮮やかな地帯に存在していて、周囲を清流に囲まれ、中心地に行くには朱い大きな橋を渡らなければならない。


 闇夜に咲き誇る美しい葉はよく見ると楓や銀杏の形をした光る粒子の塊で、時折どこからともなく風が吹くとあたり一帯に赤、黄色、茶色、臙脂色などの葉がまるで蝶のようにひらひら舞い、見る者に感動と安らぎを与えてくれるようだった。


 停留所は橋の前にあり、そこでバスを降りて徒歩で朱い橋を渡る。


 壮麗な眺めを横目に橋の上を歩いていると、


「おいおい勘弁してくれよ~。なんでお前みたいな下級あやかしの盗人族が『入學許可証』なんざ持ってんだぁ? どうせまたどっかからかパクってきたんだろ?」


「かっ、返せよ!」


「おっと。ひっひ。無駄無駄。お前、天下の鬼一族様にそんな態度とっていいと思ってんのか? 社会勉強がなってねえなあ」


 橋の中程で、翠色の瞳をしたニット帽の少年が、三人組の厳つい男達に囲まれている。


 注意してよく見ると三人組の男は『鬼』のようだ。それぞれ頭に一本、或いは二本のツノが生えている。


「返せ、頼むから返してくれよ! それがねぇと學園の入學式に入れねぇんだよ!」


「だからさあ。幽世の将来のためにも、上級あやかしの俺らがお前みたいなゴミ屑の代わりに學園に入学してやっから感謝しろって言ってんの」


「ふ、ふざけん……うっ、げほっげほっ」


「おっと! わりーわりー。いきなり飛びかかってくっから、避けるつもりがうっかり鳩尾に入っちまった。小さすぎて見えなかったわー」


「や、やめ……うぐっ」


「おらおら。早いとこ持ってるモン全部寄越さねぇとこのまま踏み潰すぞ? 俺らはなあ、おめぇみてぇな分不相応なやつらから無駄な物を献上させる仕事で忙しいんだからよお。ひひひっ」


 どういう経緯でそういうことになっていたのかはわからない。


 けれど、非力そうな一人の少年が、三人の厳つい男たちに絡まれて理不尽な暴力を振るわれていることだけは明白だった。


 誰かに助けを求めようかとあたりを見渡すが、バスを降りたのは私一人だったため、周囲に人やあやかしの気配は全くない。


(どうしよう……)


 ――いいかい、向こうの世界ではくれぐれも鬼には気をつけるんだよ。


 じいちゃんの言葉が頭の中に木霊する。


 でも――。


「ち、くしょ……ぐああっ」


「さあて。身の程を弁えたらとっとと大人しくいうことを……」


「あのっ!」


 じり、と足を踏み出すと、震える声を張り上げる。


 か細くも、空気を切り裂くようしっかりと届いたその声に、三人組の鬼たちは「あん?」と眉間に皺を寄せながらこちらを振り返った。


「あ?」


「その人、痛がってます。足、退けてあげてください」


「……っ」


「はぁん?」


「足、退けてあげてください」


 特に喧嘩が強いわけでも口が達者なわけでもないのに、自分でもなぜこんな大それた言葉が口をついて出たのかわからない。


 ただ、私は『妖医』を目指す人間。だから今、ここにいる。


 目の前で痛みに顔を歪め苦しんでる人を見て、放っておくことはできなかった。


「なんだおめぇ。鬼様のやることに口出すなんざ……つおっ」


「……っ!」


「くそっ! 逃げやがった!」


 私が口を挟み、鬼の注意がこちらにそれた瞬間、少年は身を捩らせて鬼の足元から脱出し、ものすごい速さで橋を飛び越えて清流の中に飛び込みその場から逃げていった。


「あ、ちょっ……」


 手足、怪我してたし、口元から血も出てたのに。


 あまりの速さに止める暇もなかった。


 あっという間に三人組の鬼と自分だけが残されるという最悪な状況が出来上がる。


「あーあ。誰かさんのせいでせっかくの獲物……ごふん。お友達が逃げちゃったじゃねえか。小娘が邪魔しやがって、どうなるかわかってんだろうなあ?」


 三人の鬼のうち、リーダー格のような男が凄むように私の目の前に立つ。


 改めて間近で見ると筋肉は隆々で、目力が恐ろしいほど強く、顔つきも怖い。


 現世にあるじいちゃんの診療所に来た鬼を何度か見たことがあるが、そもそも世界の行き来が難しくなった昨今、現世に渡れるような鬼は悪さをしない洗練された高貴な身分であることが多く、気質も穏やかだった。


 現世で悪さをするようなあやかしは、それこそ幽世警察に連行されるか、現世の警察組織――最近では特殊捜査班やあやかし課などといった特殊な係が発足しているらしい――に始末されるのが一般的なので、こういった野生の鬼への免疫は当然のことながら持ち合わせておらず、一歩間違えばとって食われるかもしれないこの状況に、冷や汗が背中を伝ったのだが――。


「ん? この匂い……。お前、ひょっとして人間か?」


 リーダー格の鬼が、急に私の顔先に鼻を近づけて匂いを嗅ぐように言った。


「そう……ですけど……」


「こりゃあいい。くくく。自ら鬼様の前にしゃしゃり出て来るたぁいい度胸してんじゃねえか。おら、ちょっと来い」


「なっ、ちょっ、やめっ、離してくださいっ」


「今さら離すわけねえだろ。あやかしにとって『人間』ってのは至高の餌か、唯一の子孫繁栄手段だって相場は決まってんだよ。特に上級あやかしである俺ら『鬼』にとっちゃァ『(つがい)』は家紋の優劣に関わる大事な問題だからなあ。ふひひ」


「つがい……?」


「おっと、こっちの話だ。おめぇはいいから黙ってついてこい」


「……っ! い、痛っ」


「あー、今日は朝からついてんなあ。煮て食べるのも捨てがたいがこいつに餓鬼産ませて一気に家紋格上げってのも悪くねえ。ようし、それじゃ早速……ん、ぐ、んん? ごふっごふっ」


「え……?」


「ん? お、おい、大丈夫か!」


「ぐ、うぐ……い、いて、え……う、ぐ、は、腹がっ……ぜ、ぜ、ごうふっ」


 私の腕を掴み上げていたリーダー格の鬼が、急にお腹を抱えてその場に蹲り、嘔吐した。


 ぎょっとしたように残りの鬼二人が慌てて歩み寄るが、リーダー格の鬼は苦悶の表情で嘔吐を繰り返し、その場で悶えている。


「うぐっ、ぐぶっ、ぜぇ、ぜぇ」


「お、おい、しっかりしろって!」


「なんだよおい、一体なにがどうなって……」


「すみません、どいてください」


「……っ!」


 慌てふためく二人の鬼を押しのけて前に出ると、蹲るリーダー格の鬼の上着をめくり、素早く上半身の状態を確認する。


 鳩尾の部分から広範囲にかけて発疹と紅潮、それから、喘鳴が確認できた。


「あの、この方、最近、何かおかしなもの食べたり、いつもと違ったことをされていませんでしたか?」


「え⁉︎ えっと、んー……」


「お、おい。あれじゃねえか。ついさっき闇商人から買い取って食った、現世産、腐った人間の死体」


「人間の……死体?」


「ああ。俺ら鬼の一族にとっちゃ人肉なんざ伝統的な食糧の一つに過ぎねえんだけどよ、今は〝幽世飯〟が一般化してるし、非合法な売買は禁止されてっからなかなか手に入らねぇ贅沢品なんだよ。こいつが人肉食べたのも、さっきが初めてなはずだぜ」


 聞いているだけで吐き気がするような話だが、あいにく目を回しているような場合でもない。


 そうですか、と頷いて、おおよその検討をつける。


(わからない、でも、それならきっと、アレルギー反応を起こしてる可能性が高いんじゃ――)


 今までずっとじいちゃんの仕事を傍らで支えてきた。


 同じような症状で運ばれてきた患者さんがいたのを何度か見たことがあるため、直感でそう感じ取ったのだけれど……あくまでそれは素人判断に過ぎない。


 生半可な知識で迂闊に手を出すことは躊躇われるし、また、万が一それが妥当な判断だったとしても治療薬を所持していない私には、()()()での治療や応急処置は無理に等しかった。


「うぐう、たす、け……ぜぇ、ぜぇ」


「おい、しっかりしろって!」


「くそ、誰か妖医をっ!」


「いや待て! 今日はこの辺りの料亭に頭領一門が来るらしいし人肉食ったなんてことがばれたらやべえだろ! 俺ら間違いなく追放されんぞ!」


「いやでもこのままじゃやべえってこいつ! どうすりゃいいんだよ!」


「とっ、とりあえずどこかに搬送して……」


「……っ」


 駄目だ。搬送なんてしていたら全身に症状が回って今以上に重篤な状態に陥ってしまう。


 不老不死の世界である幽世(ここ)にいるかぎり死に至ことはないだろうけれど、逆にいえば死ぬことができないため、地獄のような苦しみを延々と味わい続けることになる。


 いくら相手が無法者のような輩であっても、妖医や妖医を目指す者にとっては命の重さはみな平等だし、このまま見放すことなんてできない。


(ごめん、じいちゃん。非常事態だから約束……破ります)


 かくなるうえは――と、自分の両手を苦しんでいる鬼の鳩尾部分にそっと当てがう。


「お、おい、邪魔だよお前、何して――」


「――っ⁉︎」


 目を瞑り、広げた手のひらに意識を集中して強く念じる。


 治まれ。お願い、治って――! と。


 全神経を研ぎ澄まして必死に念を込めると、次第に両掌が柔らかい熱を帯び始め、蹲る鬼の鳩尾部分がほわっと白く光り出した。


「え、な……」


 そのまま数秒。光は一瞬だけ強い輝きを放ったかと思ったら、やがて音もなくすっと消え失せる。


 止めていた息を吐き出すと急激に強い倦怠感と疲労感が全身を襲い、こめかみからどっと汗が吹き出した。


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