5-15 鬼的指導
「あの……」
「構わん。続けろ」
「あ、いえ。私からはこれ以上、特には……」
「そうか。なら、とりまとめる。玉己」
「う、うす」
「外出を許可した件、成果があって何よりだ。それについて俺から言うことは何もない……が。現世にて、許可なき妖術を使用したのち、一般人を恫喝した件については、罰として明日までに反省文百枚書いて提出しろ」
「ぃにゃっ⁉︎」
「⁉︎」
「ことなきを得たとはいえ禁忌破りは禁忌破りだしな。反省文で済ましてやろうってんだから感謝しろよ」
「(そ、そうは言ったって明日までに百枚って……!)」
「(お、鬼にゃ……)」
「返事がない。追加十枚」
「はイィ!」
青褪めつつも、妙に虫の居どころの悪そうな天堂先生に怖い顔で嗾けられると、慌てて返事をして早々にラウンジから飛び出していく玉己くん。
膨大なノルマだし、きっと、今すぐにでも取り掛かるつもりなのだろう。落ち込む暇すら与えないなんて、鬼教官らしいやり方である。
天堂先生は出て行った玉己くんを見てわずかに溜飲を下げるよう鼻を鳴らしている。
「それから花染琴羽」
「は、はいっ」
なんて悠長なことを考えていたら、名前を呼ばれたのでどきっとして背筋を伸ばす。
まさか私も反省文……⁉︎ と、一瞬、ひやりとしたのだが。
「玉己に引っ掻かれたところ、見せてみろ」
相変わらず低く窘めるような声色だけれど、その表情は怒っている……と言うわけではなさそうだ。
「あ、はい……」
そしてやはり、私たちの動向が筒抜けだったのは本当のようで、玉己くんが巨大化した時に引っ掻かれた傷を思い出し、おずおずと左手を差し出した。
もう血はかたまりきっていたものの、確かにそこには爪で横に裂いたような僅かな傷が残っていて、天堂先生の形の良い眉が微かにつりあがる。
「……。思ったより深いな」
「え、あ、いや、全然ですよ! 全然痛くありませんし、これくらい現世では日常茶飯事の怪我ですから!」
今にもラウンジを出て行った玉己くんを追いかけて八つ裂きにでもしそうな――あるいは反省文がさらに追加されそうな――殺気を感じ、慌ててフォローを入れる。
「……」
しかし、うんともすんとも言わず、ジッと傷口を見つめる先生。
「いや、本当ですって! って言うか今まで忘れてたぐらいですし、ほら、もう血もほとんど固まってて……」
私としては極力穏便に済ませたいわけで、必死に手をわきわきさせて無問題アピールをして見せると、やがてちっと舌打ちした天堂先生は。
「貸せ」
「――⁉︎」
ふいに私の手を掴み、自分の口元にぐっと引き寄せた。
ばくりと心音が跳ね上がったのも束の間、天堂先生は私の手の甲についた傷口の毒を唇で啄むよう、ちう、と吸い付いたではないか。
「な、な、な……」
しばらく続く、柔らかく温かい天堂先生の唇の感触。強く血を吸われているような感覚もあり微かな痛みも伴っているのだけれど、正直、頭が真っ白でそれどころじゃなかった。
頭の先、耳の先まで熱が走り、口をぱくぱくさせたまま呆然と突っ立っていると、やがて先生がそっと顔を上げた。
「ふん。まあ、これくらいで充分か」
「いいいいいや、あの、天……」
「すぐに医務室へ行け」
「え、でも」
「お前にとっては大したことのない怪我でも、幽世には、俺ら鬼一族のように、本能的に人間の血を好物にしているようなあやかしも多い」
「うっ。そうなんですか……」
「大抵そういう奴らは鼻が効くし、皆が皆、玉己のように自制のきく甘っちょろいあやかしとは限らねえからな。己の身を守りたいなら油断はするな、いいな?」
「は……はいっ」
熱に浮かされる頭で慌てて返事をすると、天堂先生は満足そうに頷いてから自分の脇に置いてあった資料の山を手に取り、視線を落とした。
「ならば行け。早く手当しねえとまた吸うぞ」
「い、行きます行きます。し、失礼しましたっ」
相変わらずそっけない態度なんだけれど、一応は彼なりに心配してくれているようなので、喉まででかかったクレームは飲み込んで回れ右をする。
(うう、他意はないんだろうけども……天堂さんってば、平気で乙女心弄んでくるんだから……!)
いまだ乱れ狂う心音を必死に宥めるよう深呼吸して、かくして私は、無事に玉己くんの一件に終止符を打ち、転がるようにラウンジから退却したのだった。




