5-14 つまらんことこの上ない
◇
「……ふむ。とどのつまり悪夢の原因は、自分の死期を悟った飼い主が、黄泉への迎えに玉己を呼んでいた、というわけか」
――その後、幽世の学び舎・教員ラウンジにて。
これまでの出来事を速やかに報告すると、天堂先生はゆったりとした黒革のソファーに腰をかけたまま私を見上げ、そう解いた。
「はい。夢子さんが亡くなられたことはとても無念ですが……弔いを引き継いだ夢奈さんも、『祖母は大往生だった。最期に玉己くんに会うことができて本当によかった』と仰られていました。おかげで玉己くんも夢子さんに対する誤解が解けたようですし、もし現世に行くことができなかったら、二人は最悪なすれ違いをしたまま袂を分かつ結果になっていたと思います。許可をくださって、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げると、天堂先生は至極不満そうにそっぽを向き、「ふん」と鼻で唸った。
「……って、ちょっと天堂先生。せっかく無事に問題が解決できたっていうのに、なんだか面白くなさそうな顔をしてません?」
「そりゃそうだろう。せっかく番契約を早める好機だったというのに……あの化け猫め、あやかしの狂気をうまいこと自制しやがって……」
この場にいない玉己くんに対し、堂々と不満を吐き出す天堂先生。
「ちょっ、怖いこと言わないでくださいよ」
「本音を言って何が悪い。そもそも報告などせんでも、玉己に渡した首輪に通信機能を忍ばせておいたから、お前らの会話や動向などすでに筒抜けだ」
「へっ⁉︎」
「万が一にでもお前の身に危害が及ぶようなことがあれば、すぐさま玉己を八つ裂きにするつもりだったんだがな……。期待はずれのうえ、単にお前らの逢い引きを見せつけられただけだと思うと、つまらんことこの上ない」
天堂先生はそう言って、仏頂面で長い足を組み替えた。
思いもよらないからくりに驚きはしたけれど、天堂先生のことだからそれぐらいは仕組まれていてもおかしくない気はしていた。
いやそれにしても……なんだろう。いつもは冷淡な天堂先生が、最後の方、本当に面白くなさそうな声色なのが少し意外だった。
番だのなんだの言ってもそれは一族の沽券のためであって、あくまで事務的というか……そこに天堂さん自身の感情があるとは思いもしていなかったのに。本当につまらなそうな顔をされてしまうと、なんだかヤキモチでも焼かれているようで、くすぐったいような気持ちになってしまう。
「も、もう。それならそうと早く言ってくれればいいのに。普通に報告しちゃったじゃないですか」
「一応ここは学び舎だしな。儀礼を欠くわけにもいかんだろ。……で、肝心の玉己はどうした?」
私の抗議をさらりとかわした天堂先生は、そっけない顔でそう尋ねてくる。
「あ、えっと。それがその……色々と気持ちの整理が必要みたいで、しばらく外の空気を吸ってからゲートパスを返しにくるって言ってました」
「ふむ」
「十三番街と零番街は繋がってるとはいえ、そう簡単に行き来はできないようですし、夢子さんの死を受け入れるのにはそれなりの心積もりが必要なのかと――」
「……ちわす。天堂先生いますか」
ちょうどそんな話をしていたところ、教員ラウンジの扉がからりと開き、揺れるクリーム色の髪の毛と共に玉己くんがひょっこりと顔を出した。
「た、玉己くん!」
「……」
泣き腫らしていたのだろうか。やや目が赤い。ここだよ、と合図をするように手を振ると、彼は小さく頷いてからこちらにやってきた。
「――きたか、化け猫め」
「うす。これ……借りてたゲートパスっす。あざっした」
「ふん。妙にすっきりした顔しやがって。せっかくの好機だったというのに、期待はずれもいいとこ……」
「たっ、玉己くん、その、もう大丈夫なのっ? ずっと寝不足だったみたいだし、問題が解決したとはいえ夢子さんの不幸があったばかりで、今はまだ精神的にも辛いんじゃない?」
辺りも憚らず苦情をぶちまけようとした天堂先生を慌てて遮り、労りの声をかける。すると玉己くんは、
「俺をその辺のヤワな人間なんかと一緒にすんにゃ。そりゃちょっとは堪えたけど……でも、死んでたと思ってたアイツが生きてただけでもラッキーだったってのに、再会できて、誤解解けて、なおかつ安らかな最期まで見届けられたんだから、これはもう御の字だと思って前に進まなきゃ、さすがにバチが当たるってもんだろ」
と、一皮剥けたような顔で悟りを開いている。
「そっか……うん、そうだよね。玉己くんって、やんちゃそうな見た目によらず意外とまともなこと言うんだね。感心しちゃった」
「意外とって、余計なお世話だにゃ! 大体お前、今まで散々俺にこき下ろされときながら、よくそんなお人好しなコメントができるにゃ⁉︎」
「え、うーん。だって、玉己くんが猫に変身した姿見ちゃったし……。なんていうか、中身があの可愛い猫ちゃんだと思うと、どんなに口汚く罵られてもやんちゃな小動物に駄々捏ねられているような気分にしかならな……っと、天堂先生?」
「……」
現世への外出を経て、以前より距離を縮めた玉己くんと忌憚なき意見を交わしていると、ふと、天堂先生がジト目でこちらを見ていることに気がつき、慌てて口を噤む。