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5-12 思い当たる場所

 ◇


 夢奈さんの自宅を飛び出した玉己くんは、迷うことなく浅草の街を駆け抜ける。


 前方に河川敷が見えてきたことから、恐らく彼は先ほど夢奈さんが口にした《安らぎの里》に向かっているのだろうと思う。土地勘のない私は彼の後を追いかけるので精一杯だ。


 なお、小さな真夢ちゃんを抱えた夢奈さんは早くに脱落しており、連絡先を交わした今は別行動して夢子さんの行方を追っている。


「ま、待ってよ玉己くんっ」


 運よく信号に捕まった玉己くんを呼び止める。ぜぇぜぇ息が切れている私とは正反対に、玉己くんは汗ひとつ流していないばかりか、呼吸のひとつも乱していない。さすがは獣人系のあやかしである。


「心配な気持ちはわかるけど、でも、ちょっと落ち着こう」


「落ち着いてなんかいられないにゃ! あいつ、認知症なんだろ? こんな街中でふらふらしてたら何が起きるか……」


「それはそうだけど、でも……闇雲に探してもそう簡単に見つかるとは思えないよ。そもそも今向かっているのは施設の場所だよね? どこにあるか知っているの?」


「《安らぎの里》なら知ってる。昔からある施設だし、散歩で通ったこともある。この道をまっすぐ行けば見えてくるはずだから、とりあえずその辺りを重点的に探せば……」


「そっか。やっぱり施設の場所はわかっててそこに向かってたんだね。でも、さっき別れ際に夢奈さんに聞いた話だと、すでに施設周辺は従業員さんたちが探してくれた後みたいだから、探すなら別の場所にした方がいいかも」


「……! なんだよ……くそ、でも、別の場所ったって……」


 なかなか青に変わらない信号をもどかしそうに睨みつけ、焦ったように考えを巡らせている玉己くん。私は先ほど別れ際に交わした夢奈さんとの会話を思い返し、今一度玉己くんに心当たりがないかどうか尋ねてみることにした。


「玉己くん」


「あん⁉︎」


「あのね。夢子さん……『ミルクを買いに行く』って書き置きして、施設を出たみたいなの」


 ――玉己くんの動きがぴたりと止まる。


「夢子さん、ここ最近体の調子があまりよくなかったみたいで……お部屋に閉じこもったまま、死んだ玉己くんの名前を何度も呼んでたって施設の人が言ってたそうだから、きっと、玉己くんのためのミルクを買いに行ったんじゃないかな。ミルクが買えそうな場所とか、いつもミルクを買ってた思い出の場所とか、ミルクに関する場所で、何か思い当たるところないかな?」


「……」


 私の問いかけに、うつむき、強く唇を噛み締める玉己くん。


 やがて長い時間、私たちの足止めをしていた信号が青に変わった。


「……っ」


 静かに顔を上げた玉己くんは、前に伸びた横断歩道を背にするよう踵を返し、どこかに向けて走り出す。


「⁉︎ 玉己くん⁉︎」


 何かに思い当たったのだろうか。玉己くんはまるで何かに導かれるよう来た道を戻り、河川敷に続く道へ入っていく。


「ちょっ、玉己くん⁉︎ 一体どこへ……」


 再びものすごい速さで河川沿いの道を駆け抜ける玉己くん。移りゆく都会の景色を堪能する間もなく、川の流れに逆らうよう走り続けること数分――。


「はぁ……はぁ……」


「……」


 ようやく玉己くんの足が止まった。


 さすがに少しは息が切れたのだろう、やや小刻みに呼吸を繰り返す玉己くんは、前方に見える大きな橋の下、寂れた遊歩道に根を下ろす橋脚付近をじっと見つめている。


「たま、きくん……?」


 切れ切れの息を吐き出しながら彼の視線の先を追いかけてみると、そこには……。


「あ……」


 橋脚脇にぽつんと置かれたベンチ。そこには、右足にサンダル、左足に運動靴を履き、綺麗めの花柄ルームウェアの上にボルドー系のカーディガンを羽織った、百歳は超えているであろうだいぶやつれ気味の老婆が、やや息苦しそうな表情をしてちょこんと腰をかけている。


 膝の上には先日私が学び舎で買ったものと同じパッケージの五百ミリパック牛乳が乗っていることからも、彼女が誰であるかは一目瞭然だった。


「あれは……」


「……」


 ――夢子さんだ。


『ねぇ、たまき。あなた、〝捨て猫〟っていうんだってね。お父さんとお母さんいなくてさみしい? 段ボールのおうちじゃさむいよね⁇ ミルクいっぱいあげるから夢子のおうちにおいでよ』


 初めて出会ったその場所で、彼女は玉己くんの帰りをただ静かに待ち続けていたのだった。



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