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5-10 たどり着いた真相

 ◇


 やや軋む音のする硝子の引き戸を開けて家に入り、上がってすぐの居間に通された私たち。


 どこか懐かしい匂いのする夢奈さんのご自宅は、かつては夢子さんの家でもあったわけで、玉己くんは壁についた落書き、あるいは柱についた傷の一つ一つを丁寧に辿るように眺め、一人静かに追憶に浸っているかのようだった。


「散らかってますが、よかったら掛けてください。ほら真夢、お客さまにお菓子をお出しして」


「は、はい!」


「ありがとうございます。あの、でも、どうぞお気遣いなく……っと、玉己くん、こっち」


「……」


「玉己くん」


「……っ、ぼーっとしてたにゃ」


「あ、いいんです。好きなだけゆっくりしていってください。柱の傷も、障子の破れも、壁の汚れも……全部百年前のままなので、きっと懐かしいんですよね」


「……」


「えっ! そうなんですか?」


「ええ。いつタマキくんが戻ってきてもいいよう以前の状態のまま家を受け継ぐことが、祖母の望みだったので。少し配置を変えた以外は、あえてそのままにしてあるんですよ」


「……!」


「なっ。そ、それは、一体どういうことなんでしょうか……?」


 目を瞬く私たちを見て、優しく微笑んで見せる夢奈さん。


 彼女はざっくりと居間を片付けると、私と玉己くんのそばまでやってきてそっと腰を下ろした。


 小さなお盆の上に和菓子を乗せた真夢ちゃんもこちらへやってきて、「にゃんちゃん、お菓子どうぞ」と、恐々と……というよりは、むしろ興味津々に目を輝かせて玉己くんにお菓子を差し出している。


 夢奈さんはそれを見届けてからこちらに向き直り、ゆっくりと口を開いた。


「祖母は、私の祖父にあたる『郷田』という男に騙されてタマキくんを失ってから、ずっと後悔をしていたそうです。『自分のせいで玉己はいなくなってしまった』『自分さえもっとしっかりしていれば玉己は……』って、ずっと口癖のように言っていて……」


「! あ、あの、待ってください。『騙された』? ……ということはやっぱり、タマキくんが捨てられたのは夢子さんの意図ではなかったということですか?」


「『捨てる』だなんてとんでもないです! 祖母はものすごく愛猫家でタマキくんのことも家族のように大切にしていました。ですが……私の母を出産をする際に、郷田に預けて里帰りしてしまったがために、タマキくんを行方知れずにされてしまったようで……」


「……!」


「なっ」


「当初、郷田は『タマキくんが自分の意志でどこかへ飛び出していった』と釈明したそうですが、その後すぐに、車じゃないと行けないような遠方の自治体からタマキくんの遺体と首輪が見つかったと奇跡的に連絡があったそうで……それで、祖母は郷田の車を確認し、見つけた血痕から一連の出来事が猫嫌いの郷田の仕業だったと把握して、産後だったにも関わらずすぐさま関係の解消を申し出たそうです」


 切実な眼差しでそう訴える夢奈さんに、驚きで言葉を失う私たち。


 ――ああ、やはり。


 やはり玉己くんは夢子ちゃんの意思で捨てられたわけではなかったし、全ては郷田の悪意の仕業だったのだ。


 夢子さんの無実を証明するよう、夢奈さんはさらに続ける。


「先ほどの一族の男もそうですが、郷田はとにかくタチの悪いプロの詐欺師のような男だったと聞いています。カモにされた祖母や私たちは、長年、郷田やその子息達の嘘や強請りに苦しめられてきましたが、それでも祖母は女手一つで立派に私の母を育て上げ、果ては孫の私の面倒まで親身に見続けてくれました」


「そうだったんですか……」


「ええ。そのおかげで今の私や、真夢(このこ)の存在があると言っても過言ではないですしね。私は大がつくほどおばあちゃん子でしたので、事故で他界した両親に代わってこの家を受け継いだ時は、何がなんでも私がこの家と祖母の意思を守っていかなきゃってそう決心して、日に日にその思いを深めていた矢先に先ほどのスーツ男やあなたたちが現れたので、正直、これは何かの思し召しでは……と、今でも驚きが隠せないでいるんです」


 目を細めて語る夢奈さんは、まるで夢子さんの代わりに玉己くんの姿をしっかりとその瞳に刻みつけているかのような、とても優しい表情をしていた。


「とはいえ……結果的にあなたを傷つける形になってしまったことにはかわりがありませんよね。祖母は事あるごとにあなたに謝りたいとずっと言い続けていましたので、どうか、代わりに謝らせてくださいね。本当に申し訳ないです」


「……っ」


 切に頭を下げる夢奈さん。


 まさかこんな形で真実を知ることになるとは思ってもみなかったため、玉己くんは動揺が隠せないでいるようだ。


「……」


「たっ、玉己くん……」


 呆けている玉己くんをちょんちょんと肘で突くと、彼はようやくハッとしたように我にかえり、慌てて言葉を紡ぎ出す。


「……っ。……んなこと……」


 戸惑い、困惑、後悔、衝撃、安堵――。


 様々な感情が交差しているのだろう。複雑な胸中が手に取るように伝わってくる。


 やがて強く拳を握りしめた玉己くんは、


「そんなこと急に言われても……今さらどうすりゃいいんだよ……」


 今にも泣き出しそうな、でもどこか安堵したような表情で静かにそう呟いた。

 

 

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