5-9 もう腹くくるにゃ
「クソ野郎が……」
「……ふぅ」
どっとふき出る汗。のちに残されたのは通常サイズの半妖姿に戻り忌々しげに悪態づく玉己くんと、その場で安堵の息を吐き出す私、そして……。
「っと……」
「……」
「……」
抱き合って茫然とこちらを見ている夢奈さんと真夢ちゃん母子の姿――。
「(う……)」
ま、まずい。まずいぞ……。
大事には至らなかったとはいえ、一般人の前であやかしの姿を晒すことは禁忌の一つだ。
もしここで夢奈さん母子に騒がれてしまったら、確実に私たちは処分の対象になってしまう。
「(ど、どうしよう……)」
「(どうしようったってなあ……)」
「…………」
「…………」
否応なく玉己くんに集まる視線。今の彼は一見普通の青年だが、頭にはばっちり柔らかそうな猫耳が生えているし、きゅっと引き締まったお尻にはまるでぬいぐるみのようなふさふさの尻尾が生えている。
通りすがりのハロウィン仮装者ですと名乗るには時期が悪すぎるし、ついさっきまで彼は今の三倍ぐらいの大きさがあったわけで……どこからどう見ても『人ならざる者』に他ならない。
「に、にゃー」
「(い、いやいやいや、今さら猫をかぶっても……!)」
窮地に立たされ苦し紛れに猫のふりをする玉己くんに、思わず飛び出るツッコミ。
「(仕方ないにゃ。ここはもう猫好きのコスプレマニアのふりして乗り切るしか……)」
「(さ、さすがに巨大化までするコスプレマニアなんかいませんよぉ)」
「あ、あの……」
「は、はいっ」
ひそひそ小声でやりとりを交わしていたところ、か細い夢奈さんの声が聞こえてきてどきりとする。振り返ると、彼女はいまだ半信半疑といった表情をしていたが、意外にも冷静な口ぶりでその先を続けた。
「たっ、助けていただいてありがとうございます。あの、その、そちらの方は……もしかして……」
「あ、え、えっと……驚かせてすみません。彼はその、えっと……人の形をした猫と言いますか、見た目は人でも中身は猫と言いますか……」
「要するに化け猫にゃ」
咄嗟にうまい切り返しが思い浮かばず、我ながら意味不明な説明で乗り切ろうとしたところ横にいた玉己くんにあっさり開き直られた。
「ち、ちょっと玉己くんっ」
「やっちまったもんはしょうがねえ。もう腹くくるにゃ」
しれっとしている彼を慌てて咎めようとしたのだけれど、
「ああ、やっぱり……。あなたが『タマキ』くん……」
「え?」
感慨に耽るような、はたまた驚きで言葉を失うような。なんとも言い難い表情で玉己くんを眩しそうに見つめ、その凛々しい瞳の淵にうっすらと涙を浮かべる夢奈さん。
「あ、あの……」
「大丈夫です。誰にも言いませんし、真夢も、話せばわかる子ですから」
「夢奈さん……」
「タマキくんの話、祖母からよく聞いてたんですよ。死に別れてしまったけど、ここではないどこかに『幽世』っていう不思議な世界が存在していると本で読んだことがあるから、きっとまたどこかでタマキくんに会えると信じてるって……。いやでもまさか本当に会えるだなんて思ってもみなかったから、ちょっとまだ信じられない気持ちもあるのですが……」
そう言いながら、目元を拭う夢奈さん。
予想だにしていなかった彼女のこの台詞には、玉己くんの方まで面を食らったようで大きな瞳を何度も瞬いている。
「……とにかく、ここじゃなんですから中に入ってください。どのような経緯でこちらにいらっしゃったのかはわかりませんが、タマキくんが帰ってきてくれたことを知れば、祖母もきっと喜ぶと思いますので……」
「……!」
丁寧に促され、顔を見合わせる私と玉己くん。
願っても見ない申し出に戸惑いもあったが、確かにここは密集した住宅街で立ち話をするにはご近所の目も気になるため、私たちはお言葉に甘えて夢奈さんのご自宅に上がらせてもらうこととなったのだった。