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5-6 猫好きのまゆちゃん

 ◇


 夢子ちゃんがかつて住んでいた一軒家は、神社からさほど離れていない下町の住宅街の中にあった。


 歴史を思わせる古家やアパートが狭い道路を覆うようにして立ち並ぶ通りの一角に、ひっそりと佇むレトロな古民家。やや朽ちかけている二階屋根の部分には日当たりが良さそうなベランダがついており、小ぶりながらも青々と生い茂る植木鉢が何鉢も並んでいる。


「今……通り過ぎた家がそうにゃ」


「うん。表札、『鮎川』ってなってたね」


「ああ。夢子の姓は『潮田』だし、『郷田』姓でもないから、もう全然関係ない奴が住んでるのかもしれないにゃ」


「猫だった頃の玉己くんが死んでからもう何十年も経っちゃってるわけだから、それは仕方のないことかも……」


「……」


「……。ちょっと引き返してもう一度家の周辺を見てみようか」


 どこか寂しそうな眼差しをしている玉己くんにそう提案すると、彼は静かに頷いた。


 目的の一軒家は前後左右が民家に囲まれていて、住民でもない人間が周辺をうろつけば否応なく目立ってしまう。そのため仕方なく道ゆく通行人のふりをして様子を窺うこと二、三巡目――。


「……」


「……」


「(何周するつもりにゃ)」


「(うっ。だ、だよね……。困ったなぁ。うろうろしてても埒あかないし、かといって面識がないのにいきなりインターフォン押すわけにもいかないし……)」


「ねえ、お姉ちゃん。うちに何か用?」


「わっ」


「!」


 腕の中にいる、ブランケットに包まれた玉己くんとひそひそ話をしていたところ、急に背後から声をかけられて心臓を口から飛び出しかけた。


 慌てて口をつぐんで背後を振り返ると、まだ幼い、ぴかぴかのランドセルを背負った少女が、首を傾げながらこちらを見上げていた。


「あ、え、えっと、あの。お友達のおうちを探していたら、ちょっと道に迷っちゃって……」


「ふうん。この辺のおうちならみんな知り合いだし一緒に探してあげよーか?」


「あ、いや、今気づいたけど、一本隣の通りだった気もするから、私の勘違いかも……」


「そっか~」


 飛び跳ねる心臓を抑えつつも、なんとか無事に誤魔化せたようでホッとする。


 よかった、玉己くんと喋っていたことには気づかれていないみたいだ。


 少女は無垢な表情でこちらを見上げているので、せっかくだから尋ねてみることにした。


「気遣ってくれてありがとう。えっと、お嬢ちゃんはこの辺のおうちの子かな?」


「うん! そこの家だよ」


 そう言って少女が指をさしたのは、驚いたことに目的である一軒家だ。


「えっ。そこの? じゃあ、あなたは鮎田さん……?」


「そうだよー。アユタ マユっていうの」


 願ってもみない幸運に、玉己くんと顔を見合わせる。


 夢子ちゃんとは直接関わりがないかもしれないけれど、この物件を購入した彼女のご両親なら、ひょっとしたら何か知っているかもしれない。


「……そっかあ、鮎田まゆちゃんかぁ。いい名前だね。漢字ではどう書くの?」


 ひとまず彼女と仲良くなって、夢子ちゃんの足取りを辿る第一歩を掴もうと思ったところ、


「えっとねえ、漢字で書くとしんじつの〝しん〟に……って、わあ、猫ちゃんだあ~!」


 ふとそこで私の腕の中の玉己くんに気づいたマユちゃんは、目をキラキラさせて身を乗り出してきた。


「ふ、ふにゃ~」


「いいな、可愛いなあ」


 慌てて猫かぶる玉己くんに、マユちゃんは興奮気味に呟きながらも決してそれ以上玉己くんに近寄ることはなかった。


 気を遣っているのかな? と思い、「猫好き? 触ってみる?」と尋ねてみたのだが――。


「ん~。触ってみたいけど、ダメなんだ」


「駄目……?」


「うん。あたし、猫アレルギーなの」


「!」


「だから触ったり、少しでも服に毛が残ってたりすると、目が痒くなったり、くしゃみとか咳が止まらなくなっちゃうんだ」


 しょんぼりとしたように言う少女に、再び顔を見合わせる私と玉己くん。


 猫アレルギーといえば、確か郷田も……。


 いや、まさかね……。まさかそんなはずは……とは思ったけれど、奇跡が起こることを願わずにはいられなかった。


「そっか……。あー、えっと、あのさマユちゃん」


「うん??」


「もしかして家族とか親戚に『潮田夢子』さんっていうおばあちゃんがいたりしない?」


「えっ⁉︎ お姉ちゃん、どうしてそれを知ってるの?」


「……っ! じ、じゃあ……」


「ひいおばあちゃんの名前が『潮田夢子』だよ。マユの名前はね、おばあちゃんから一字もらって『真夢(まゆ)』なんだよ!」


 驚いたように目を瞠るマユちゃんに、負けないぐらい目を見開く。


 ――ああ、やっぱり!


 彼女は夢子ちゃんと郷田という人の血を引いた子だったのだ。


 ひいおばあちゃんということは、つまり真夢ちゃんは夢子ちゃんの曾孫にあたるわけで、夢子ちゃんは自分の家を最低でも孫の世代――夢子ちゃんのお母さんの世代――にまで遺したということだ。


「やっぱりそうだったんだね。え、えっと……実は私の友人の友人が夢子さんの知人で……」


「お友達のお友達のチジン? よくわからないけどお姉ちゃんのお友達とひいおばあちゃんがお友達なんだね⁉︎ それでうちを探してたの?」


「あ、うん!」


「そうだったんだあ」


 幽世の内情は、基本的に現世の一般人には他言ができないという学則があるため、正直に事情を話すわけにもいかず、幼い少女を相手に言葉を取り繕わなければならないことに良心は痛んだが、この際、背に腹は変えられないだろう。


 彼女は素直に納得してくれたみたいなので、思い切って後年の夢子ちゃんついて何か知っていないか尋ねてみようと思ったところ、真夢ちゃんは自ら曽祖母のその後について語り始めた。


「でも、残念だけど、ひいおばあちゃんはもうここにはいないの。真夢が幼稚園の時だから三年くらい前だったかな……それぐらい前にね、治らない病気にかかっちゃって……」


 しんみりした口調で話す真夢ちゃんの言葉に、腕の中にいる玉己くんの体がぐっと強張ったのがわかった時のこと――。


「いい加減にしてくださいっ!」


「……っ」


「……っ⁉︎」


 閑寂な住宅街に響き渡った女性の怒鳴り声。どきりとして声の出どころに視線を向けると、旧・夢子ちゃんの自宅、および現・真夢ちゃんのご自宅からスーツを着た中年男性と、真夢ちゃんのお母さんらしき女性が、かなりの剣幕で言い争いをしながら出てくる姿が視界に飛び込んできた。

 

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