5-5 現世へ
◇
午後の講義が終わると、裏門で落ち合ってからターミナルステーションを目指し、現世行きの列車に飛び乗った私と玉己くん。
「ええと……降車駅は浅草の今戸神社かぁ。そこから先、夢子ちゃんの家の場所はまだ覚えてる?」
「馬鹿にするにゃよ。久しぶりの現世とはいえちゃんと覚えてるにゃ。さっさと用を済ますために案内してやらねえこともねえが、チンタラしてっとおいてくからな。迷子になるんじゃねえぞ」
怖い顔で窘めるように言う玉己くんだが、彼は現在、私の隣の席でふわふわしたクリーム色の猫の姿――スコティッシュ・フォールドだ――でちょこんと座っているため、迫力が足りないばかりか愛らしさが爆発している。
「……ア、ウン。ワカッタ」
「おいてめー! なに目ェきらきらさせてるにゃ⁉︎ 今ゼッテー『カワイー、もふもふしたい~!』とか邪なこと考えてんだろ?」
「……」
「なに黙ってんだよ否定しろよ!」
「だ、だって……」
「くそっ、冗談じゃねえぞ! ったくよ、これだから人間の雌は……。いいか、それ以上そこから動くなよ? もふった瞬間全力で引っ掻くからな。万が一にでも俺をペット扱いしやがったら……って、ぶにゃー!」
釘を刺されているそばから、隠し持っていた猫じゃらしをぱたぱたさせて玉己くんを弄ぶ私。
玉己くんってば、なんだかんだ言いつつも無我夢中で猫じゃらしを叩いてくるものだから、つい夢中になって戯れ合う。
「ふふっ。可愛い」
「おいこらてめー! いい加減に……ふにゃっ」
口が悪いのが玉に瑕だけれど、どこからどう見ても外見は愛らしい猫そのものだからタチが悪い。我を忘れて遊ぶこと小一時間――私たちの乗った電車が長いトンネルを抜けて現世に入った。
(わ、眩し……)
久しぶりに見る太陽、透けるような青い空に、悠然と漂う白い雲。
私たちを乗せた列車は浅草上空を横断するように走っているが、下にいる通行人は誰一人としてこちらに気づいている気配がない。
『マモナク今戸神社デス。オ降リノオ客様ハ……』
車内アナウンスが流れ、斜め下あたりに米粒大の今戸神社が見えてくる。
「あ、あれだ。ねぇ玉己くん、見えてきたよ。ええっと、神社があの辺ってことは、夢子ちゃんのおうちは……」
「……」
「玉己くん?」
返事がない。不思議に思って隣席を見やると、玉己くんは窓の外に広がる浅草の街並みを懐かしそうに眺めていた。
「……」
「……」
郷愁にかられているのだろう。彼の瞳は在りし日の思い出を偲んでいるかのようだった。
(そうだよね、懐かしいよね。いくら興味のないふりをしていたって、ここはかつて命を灯していた玉己くんが大好きな夢子ちゃんと一緒に時を過ごした街だもの……。再び戻ってこられて、嬉しくないはずがない)
――現在、現世の時刻は十五時半。
やがて青い空も霞みがかり、陽も落ち始めてくる頃だ。
悠長に構えている場合ではないが、心情を察するあまりなにも言えずにいると、
「っと、もうこんなところか。ぼさっとしてねぇで降りる準備するにゃ」
再び覇気を取り戻した玉己くんに窘められ、はっとする。
「そうだね。日が暮れないうちに済ませないとだもんね」
「……おう」
気丈にふるまいながらもどこか緊張した面持ちで頷く玉己くん。彼は軽やかに飛び跳ねて電車の座席を渡り歩くと、現世の猫らしく振る舞うよう大人しく私の肩に乗ってきた。
やがて今戸神社内の藍色がかった空間で停車した幽世列車からひっそりと降車した私たちは、大きな鳥居を潜って世界線を越え、色鮮やかな現世に足を踏み入れる。
そこから先は玉己くんの案内に従って、夢子ちゃんの住んでいた一軒家を目指した。




