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5-4 お前も物好きな娘だな

  ◇


「却下」


「……!」


 そうして、意気揚々とやってきた教員ラウンジにて。


 昼食をとっていた天堂先生に折り入って現世への外出許可――私は自由に出入りできるため玉己くんの分の許可だ――を願い出たものの、返ってきた答えはそれだった。


「なっ、なんでですか」


「未熟なあやかしが私用で現世に行くなど、大抵ろくなことにならん」


「でっ、でも! 今のままじゃ玉己くんは精神的に参ってしまいます。トラブルが起こらないよう責任持って私が付き添いますので……」


 必死に食い下がると、天堂先生はわずかに眉をつり上げてこちらを見た。


「『精神的に参る』? ……おい、化け猫。私用の内容を細かく話せ」


「う、いや、あの、俺は……」 


 天堂先生にじろりと鋭い眼を向けられ、尻込みするように私の後ろに隠れる玉己くん。


 犬飼くんと一緒にいる時はあんなに堂々としていたのに、実際〝上級あやかし〟と言われる鬼を前にすると、それなりにしおらしくなるらしい。


「あ、えっと。すみません、現世行きは私の提案で、彼は無理矢理連れてきただけなので……。玉己くん、天堂先生にもう少し具体的に話しても平気?」


「そ、それは別に構わねぇけど……」


「なら、彼に代わって私から説明しますね。実は玉己くん、ここ数日悪夢に魘されているみたいで……」


「ふむ」


 警戒気味にこちらを見ている玉己くんに代わり、事の次第を簡単に説明する。


 彼が過去の自分の飼い主の夢を見て、連日魘されていること。


 彼が現世に生きていた頃、主との間に起きた出来事。


 その主はすでに他界しているらしいため、現世に行って悪夢の原因を探してきたいこと。


「……原因さえわかれば玉己くんの心も少しは晴れるかもしれませんし、せめて現世にある彼女の墓前に手をあわせられれば、夢子ちゃんの魂だって多少は救われるんじゃないかなって、そう思って……」


「……」


「……」


 最後まで黙って話を聞いていた天堂先生は、ゆったりとしたソファの上で鷹揚に足を組み替えながら仏頂面の玉己くんを見た。


 当の本人・玉己くんは、相変わらず素気ない顔で私の後ろに隠れているが、なんだかんだ言いつつこの場から逃げ出さないところを見ると、現世行きの件は割とまんざらでもないのかもしれない。


「事情はわかった」


「……!」


 ややして納得したように呟いた天堂先生は、視線を私に戻してから呆れたように続ける。


「零番街の件といい、またしても他人事に首を突っ込もうとは……お前も物好きな娘だな」


「す、すみません……。困ってる人を見るとどうしてもほっとけなくて……」


「ったく。まぁ、零番街に比べれば遥かに危険は少ないし、確かにそいつは元が猫だから化け術の面でも問題ないだろう。――だが、そいつが現世で暴走をしないという確証はどこにある?」


「……!」


「暴走……ですか?」


「ああ。あやかしとは生来、平然と人間に害をなす凶悪な生き物だぞ。特殊な環境下に生まれたヤツとか、あるいはそれなりの訓練を受けたあやかしならそう簡単にタカが外れる事はないだろうが、玉己はまだ訓練前の未熟なあやかし。今はその気がなくても、実際に現世に行って縁の地に赴けば感情が昂るかもしれんし、今は猫をかぶっているだけでお前を出し抜いて逃亡する可能性だってある。出会って間もないお前が、本当に玉己をコントロールなんてできるのか?」


「そ、それは……」


 試すような視線が向けられ、ぐっと拳を握りしめる。


 背後をチラ見すると玉己くんは天堂先生の言葉に同意も反論もすることなくただじっとこちらを見つめており、私の心意気というかその真意をしっかりと確かめているかのようだった。


「私は――」


「……」


「私は?」


 だから、その答えを出すまでにそれなりの覚悟を要したけれど、心を決めてからは不思議と迷いはなかった。


「私は玉己くんを信じています」


「……っ!」


 きっぱりそう告げると玉己くんは驚いたように顔を上げ、天堂先生は興味深そうに低い声で「ほう?」と唸った。


「何を根拠に?」


「もしも玉己くんが自分で感情のコントロールができないほど意志の弱いあやかしだったなら、妖怪化した段階でとっくに暴走してる気がするんです」


「……」


「……ふむ」


「大好きな主人に裏切られ、激しく憎悪している男――それも凄惨なやり方で自分を殺した相手ですよ? ――を前にしたのに、玉己くんは夢子ちゃんのためを思って何もせずにその場から身を引いたぐらい優しい心の持ち主なんですから、今さらそう簡単に自分を見失うような事はないんじゃないのかなって、そう思うんです」


「……」


 熟慮の末にたどり着いた私見を述べると、天堂先生はようやく納得した……というよりは、もはや諦めて折れたような棘のない口調で、担任教員としての言葉を紡いだ。


「……いいだろう。そこまで言うならば止めはせん。自分たちの力で解決して来い」


「……!」


「えっ⁉︎」


 まさかの『許可』に、目を丸くして顔を見合わせる私と玉己くん。


「ほっ、本当ですかっ⁉︎」


「こんなところで嘘なんかついてどうする。おら、特別許可証(ゲートパス)だ。首輪式にしてやるから、現世にいる間は猫の姿でそれをはめとけ」


「にゃっ、っと、っと……」


 付喪神の力を借り、首輪式の許可証を発行した天堂先生はそれを玉己くんにぽいっと投げて手渡し、玉己くんは慌ててそれを掴み取った。


 彼の手の中に落ちた首輪は小ぶりな猫サイズのもので、中央には勾玉のようなチャームがついており禍々しい光りが灯っている。


 唖然とするように首輪と天堂先生を交互に見ていると、彼は不満そうな顔で私に尋ねてきた。


「……なんだ、その顔は」


「あ、いえ。天堂さ……天堂先生のことだから、もっと意地悪なこと言ってくるかと思ってたので、まさかこんなにあっさり許可が降りるとは……。何か裏でもあるんでしょうか?」


「鬼聞きの悪いことをいうな。……まぁ、現世だしな。総合的に見てリスクは低いし、問題が起きたら起きたでお前を退学処分にするにはちょうどいい口実だ。番契約の履行が早まって、俺としても好都合でしかない」


「なっ。やっぱりそんな裏が……!」


「相互利益だと思え。念のため首輪に玉己の妖力を制御する妖術ぐらいはかけておいてやるが、首輪を外せばいくらでも暴走できるぞ。容赦なく処分してやるから好きなだけ暴れてくるがいい。くくく」


「ちょっ、こ、怖いこと言わないでくださいよもうっ」


 さすがは鬼である。怖いことを言って喉を鳴らしながら笑っているあたりが天堂先生らしいというかなんというか……。


 とにもかくにも、かくして無事に現世への外出許可をもぎ取った私と玉己くんは改めて天堂先生にお礼を述べてから教員ラウンジを後にする。


 昼の休み時間はそこで終わりが見えてきたため、午後の講義後に再び合流することを約束し、玉己くんと一旦別れた。


 果たしてこの無計画な突撃が吉と出るのか凶と出るのか……。


 早る気持ちを抑えながら午後の講義に取り組むこととなった。


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