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5-3 そうだ、現世に行こう

「……」

 

「……さぞ無念だったろ、って? 無念どころじゃねえよ。腑が煮えくり返って成仏なんかできやしなかったし、妖怪化した俺は真っ先に化けて郷田(あいつ)を憑き殺そうとしたんだけど……予定より早く出産を終えた夢子が幸せそうに子どもと郷田を見て笑ってるのを見たら、なんだかもう馬鹿らしくなったっていうか……罪のねぇ子ども(ガキ)から父親を奪うのもアレだなとか思ったりもして……。結局、夢子とも、郷田とも、それっきりにゃ」


「玉己くん……」


「これでわかっただろ? 俺が夢子(アイツ)を怨む理由はあっても、恨まれる所以なんかねぇ。それなのになんで毎日のように夢子(アイツ)が夢に出てきて魘されるのか、自分でもさっぱりわからねぇんだよ」


 ため息と共に吐き出されたその一言には、確かな気鬱とやるせない彼の心情が綯い交ぜになっていて、救いを求めるよう私の元まで届いた。


「……」


「まぁ、お前にこんな話したところでどうなるわけでも……って、ぇえっ⁉︎」


 気だるげにそう締めくくろうとした玉己くんは、黙って話を聞いていた私を見るなりぎょっとするような声を上げた。


「うう……そんなことがあったんですね……」


 なぜならば、私が彼の身の上話に情を寄せすぎてだばだば涙を流してしまっていたからだ。


「ちょちょちょ、なっ、なんでお前が泣くにゃ⁉︎」


「だって……玉己くんが不憫すぎて……ずび」


「やめるにゃ! 同情なんかするにゃ! 俺はもうお前ら人間なんかっ……」


「うう、そりゃそうですよね……そんなことがあったんじゃ人間を嫌いになって当然ですよ……。でも、安心してください、ゴウダっていう人ぐらい悪い人間は稀だと思いますし、現世には猫好きな人もたくさんいますから!」


「ど、どんな慰め方にゃ。おっ、俺は何を言われようとももう人間を信じる気には……」


「この際、今は信じてもらえなくてもいいです。でも、やっぱり気にならないですか? 夢子さんがどういう意図で玉己くんの枕元に立っているのか」


「……」


 じっと玉己くんの目を見つめると、彼はぐっと呻きながら唇をかみしめ、自分の気持ちを誤魔化すよう目を逸らした。 


「そりゃ気になるけど……でも、どうにもならねぇよ。もう百年近くも昔の話だし、すでに夢子は零番街の住民だ。悪夢の原因が未練だか呪いだかはわからねぇけど、俺を祟り殺してあの世に引きずり込もうって魂胆には違いねぇだろうし」


「えっ、夢子さんって亡くなってるんですか?」


「多分にゃ。前に一度だけ機会があって現世に確かめに行ったことがあるけど、元住んでた夢子名義の家にはすでに娘世代が住んでて、アイツの存在は影も形もなかった。まぁ、辛うじて遺品らしきあいつの私物がいくつか仏壇近くに転がってはいたけど、ほんとそれだけって感じで部屋の中はもうすっかり子ども部屋にかわっちまってたしな」


「そんな……」


「文句を言おうにも零番街への立ち入りは現世に行くよりチェックが厳しいからそれも難しいし。このままアイツの呪いに魂すり減らして精神が逝くのを待つか、いっそのこと現世に行って身投げでもするか……悪夢が続く限り、俺の末路はそのどっちかしかないにゃ」


 よほど夢子さんの悪夢に魘されることが辛いのだろう。いつになく弱気な口調でそうぼやく玉己くん。しかしそれは誇張でもなんでもなく、彼の心の病を正直に映し出しているかのよう真に迫っていた。


「……」


「ふぅ。これでわかっただろ? お前にできることは何もにゃい。ミルク代分ぐらいは話したし、もうこれ以上は俺に関わる……」


「現世にいこう」


「は?」


「零番街がダメなら現世に行って確かめてきませんか? 本人には会えなくても縁のある人に会えば何かわかるかもしれないし」


 前のめりになって提案する私の勢いに、玉己くんは気圧されるよう目を白黒させる。


「にゃっ、にゃに言って……」


「でも、それが一番の得策だと思うんです。確かに零番街へ行くのは難しいみたいだけど、現世なら私はいくらでも自由に出入りできるし、玉己くんだって零番街よりは許可取りやすいんじゃ……?」


「そ、それは……確かに、現世への外出は〝人間〟が同伴している場合なら、學園からの特別外出許可もおりやすいってオリエンテーションの書類にも書いてあったけど……で、でも、俺はっ」


「そっか! なら好都合だね。許可出してくれるのは事務局かな? それとも……」


「いやそれは担任のはずだけど、そもそも俺はだにゃあっ……」


「うう。やっぱりそれも担任の先生なのか……。でもこの際、四の五のいってられないよね。えっと……お昼時間はまだあるから、よし、今からいこう」


「え、ちょ、ちょ、待っ」


「こっちこっち! 私と一緒にいると目立つかもしれないから、そのパーカーについてるフード、深くかぶって顔隠しておいて!」


「ぶにゃー! オレの話を聞けぃ!」


 かくして、なおも抵抗を示す玉己くんを半ば強制的に引き連れた私は、天堂先生がいるであろう教員ラウンジを目指し、小走りに駆け出したのだった。


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