4-7 零番街出身の霊華さん
◇
天堂先生が立ち去り、後には火照った私の頬と周囲のざわめきだけがその場に残されていた。
(な、何よもう……)
結局、肝心な部分ははぐらかされてしまった。
もどかしさと歯痒さが入り混じったような焦ったい気持ちを覚えつつも、熱くなった頬を宥めるよう冷たいお水を一気に煽っていると、
「ふぅん。花染さんと天堂先生って、噂通りの仲だったのね」
「げほっ! そ、そんなんじゃないって小雪ちゃんっ」
すかさず飛んできた冷静な分析に、慌てて否定を入れる。
小雪ちゃんは敷ちゃんと賑やかに会話をしながらも、きちんとこちらを意識していたようだ。
「まぁ、あなたは階級で伴侶を選ぶような安易な人間には見えないし、この學園には教師との恋愛が禁止っていうルールも特にないから別にいいんじゃないかしら。……それより、零番街の件はどうするつもりなの?」
うう……。なんだか盛大に誤解されている気がしないでもないが、他意はなさそうなのでそこはもう聞き流すことにして。
「えっと……。許可証の発行も難しそうだし、零番街行きは諦めるしかないかなあ。ヤエさんとコンタクトが取れる方法が他にあればいいんだけれど」
「そうねぇ。なら、同じクラスの霊華さんに話を聞いてみたらどうかしら」
「霊華さん?」
「ええ。ええっと……彼女は文學部だから、この時間はこの食堂にいるはず……っと、いた! ほら、あそこのテラス席の端っこに座ってる、メガネをかけた三つ編みの女の子」
小雪ちゃんが指し示した方に視線を向ける。
広い食堂の端の方に優雅に並んだ丸テーブル。そのテラス席のさらに端っこの方に、薄暗い影を漂わせた色白の女の子が俯きがちに座っている。
「彼女が霊華さんよ。幽霊だから零番街出身のはず」
「彼女、幽霊なんだ⁉︎ っていうか小雪ちゃん、入学したてなのにずいぶん詳しいね」
「昨日もらった資料の中に組名簿あったでしょう? あれを熟読したのよ。どんなクラスメイトがいるのかきちんと把握しておかないと、色々不便だと思って」
何食わぬ顔でそう答える小雪ちゃんだが、昨日も小難しい本を読んでいたし、彼女は根っからの勤勉家なのかもしれない。
「すごい、さすがだね……」
目を瞬きながら賛辞の言葉を送ると、小雪ちゃんはちょっと得意げな顔で「別に」とだけ呟いた。まだ短期間しか彼女と一緒にいないけれど、こういう時、小雪ちゃんは少し照れたように目線を逸らし、持っている本や資料に半分隠れるような仕草をする。
「それより話しかけに行かなくていいの? 行っちゃうわよ」
「……! 行ってくる!」
「シキもいくぅー!」
「え! ちょっとシキ、あんたはここにいなさいよ⁉︎」
――結局、ばたばたと昼食を終わらせた私たちは、急いで立ち上がり連れ立ってテラス席の方まで駆け寄った。
◇
「あの!」
「……っ!」
「お食事中ごめんなさい。霊華さんと同じ天堂先生組の花染と言います。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが、今いいでしょうか……?」
先頭に私。その後ろににっこにっこ笑顔のシキちゃん。さらにその後ろに、仕方なく付いてきた……といった感じの小雪ちゃんという三段構えで霊華さんの元を訪れた私たち。
驚いたように顔を跳ね上げた霊華さんは、手元に広げていた分厚い日記帳のようなものをサッと隠すと、おどおどしたように口を開く。
「食事は……その……終わって……ます……けど。あの、その……」
「やっぽ~! 天堂組のシキだよぉ。よろしくねえ! あははは」
「ちょ、ちょっとシキ! あんたはちょっと黙ってなさいよ! って、ご、ごめんなさいね。私は小雪。花染さんの付き添いで来ただけだから気にしないで」
「……」
「えっと、驚かせてごめんなさい。今忙しいなら別の機会にしますが……」
「あ……いえ……その……大丈夫……です。そちらに……どうぞ……」
目を泳がせながらも、空席を指してぼそりと呟いてくれた霊華さん。
目が合うことはなかったけれど、迷惑そうな素振りも見えないため、ペコリとお辞儀をしてからありがたく座らせてもらうことにする。
一緒についてきてくれたシキちゃんと小雪ちゃんも私の隣に着席し、まるで小さな女子会のように四人が向き合う形になった。
「……」
「えっと……」
「うっひゃ~。見てみてコユキー! 霊華ちゃんもおんなじお菓子食べてるう~!」
「しっ! ちょっとシキ! だからあなたは少し静かにしてなさいって!」
「…………」
「あ、あは。ごめんなさい。シキは私が押さえておくから。花染さんと霊華さんのお二人は気にせず続けて?」
無邪気な幼子のようにはしゃぐ敷ちゃんの首根っこを捕まえながらいう小雪ちゃん。
相変わらずな二人に緊張が飛び、思わず顔が綻んでしまった。
そんな私たちをじっとみていた霊華さんは、戸惑うようにか細い声で細ぼそと呟く。
「あの……どんな御用件でしょうか……」
「あ、はい。えっと、『零番街』について、少し話を聞かせてもらえないかなって」
「零番街の……?」
「はい。特殊な許可証があっても特に人間には危険な場所だって聞いたんですが、実際どうなのかなって。私みたいな何の許可証も持たない人間が行ったらやっぱり危険かな?」
「それは……。その……危険……だと思います……」
「うう、やっぱり……」
「天寿を全うできた人はその限りではありませんが……みんながみんな……納得して死を迎えているわけではないので……。生身の人間を見たら……表向きは厚意的に接しても……内心では嫉視するような住民は、その、多いと思います……」
「そっかあ、それはそうだよね……。じゃあ、零番街にいるだろう人と、何らかで繋がれる方法ってないかな? 人を探しているんですが、その、例えば『郵便』みたいな制度があったりとかしないのかなって」
「冥界便や、冥界通信というシステムはありますが……いずれも零番街内のみで使用できる独自のシステムなので、街外からのアクセスは不可能です……」
「そうなんだ。残念……」
「……」
がっくりと肩を落とす私を、眼鏡の奥のつぶらな瞳でじっと見つめてくる霊華さん。
怪訝に思ったのだろうか。彼女は不思議そうに眉根を寄せて、
「あの……。なぜそのようなことを……」
そう口を開きかけたところで、ハッとしたように目を伏せる。
何だろう? と、思う間もなく、
「――おい、お前。なに、んなところで未練がましく人間なんかとくっちゃべってんだよ」
そんな尖った声が飛んできて、どきっとする。
振り返ると、ランチのトレーを持った犬と猫のあやかしさん――犬飼くんと玉己くんが立っていて、圧をかけるような険しい表情で霊華さんを睨みつけていた。