4-5 あなた、随分お人好しなのね
「これ、昨日のオリエンテーションの資料じゃない」
「うん。ここに書いてあるのを読んだんだけど、一番街は神様が住まう『神々の庭』、二番街は霊獣や精霊が住まう『精霊獣の庭』、三番街はあやかし達が住まう『あやかしの庭』、四番街は大罪者が堕ちる『奈落の底(地獄)』、十三番街は全種族が自由に行き来できる『歓楽の庭』、そして零番街は死者が住まう『黄泉の庭』……」
「それががどうかしたの?」
「えっと。『――……特に〝人間〟においてはトラブルの元となり得るため、零番街への不要な立ち入りを禁ず』って書いてあるんだけれど、『零番街』へ行くのって難しいのかな?」
「えっ」
首を傾げながらそう尋ねると、小雪ちゃんはサッと険しい顔つきをこさえながらこちらをじっと見つめてきた。
「あなた、『零番街』なんかに行きたいの?」
「あ、いや。その……ちょっと気になってることがあって」
訝しげにこちらを見てくる小雪ちゃんに、かいつまんで事情を説明する。
ひょんなことから出会った河童の河太郎くんの不登校が気になっていること。
彼が慕うヤエ婆さんに力添えをしてもらえれば、きっと河太郎くんもやる気を取り戻して学校に通う気を取り戻してくれるんじゃないかと考えていること。
「できることなら、河太郎くんとヤエさんを引き合わせられたらそれが一番早いんだけど……河太郎くんは今ショックで塞ぎ込んでしまっていて本人を連れて零番街に行くのは難しいだろうから、私一人だけで行って、ヤエさんから何か激励の言葉だけでももらえないかなって」
「ふむ……」
「やっぱり難しいかなぁ?」
おずおずと聞いてみると、小雪ちゃんは顎に手を添えながら感心するように……と言うよりは、驚くように率直な感想を呟いた。
「あなた、随分お人好しなのね」
「えっ。そ、そうかな?」
「まぁ医學部ってことだし、そもそも困っている人を放っておけない性格なんでしょうけど……零番街かぁ。長年幽世に住んでるけど、『零』と『四』だけは私も行ったことがないわ」
「そっかぁ」
「あやかしは現世に移り住まない限り、基本死ぬことはないし、あそこはおおかた『人間』の死者が集まる場所だからね。出入りするのは住民の幽霊ぐらいじゃない? 中にはいまだ『生』に未練を持っている住民もいるだろうから、生身の人間なんかが行ったら妬まれたり、怨まれたり、下手したら取り憑かれる可能性もあるし、何かとトラブルに発展しかねないと思うわ」
「ああなるほど、そうだよね……」
神妙な顔つきで言う小雪ちゃんに深く頷いてみせる。
もし自分が志なかばで死を迎えて黄泉の世界に住んでいたとしたら、やはり生身の人間を見て羨ましく思うだろう。
ヤエさんに一言もらうためにちょっとだけでも、と思ったが、やはり難しいか……。
「一応、學園の門人なら、ゲスト扱いで街を回れる『招聘研究員特務許可証』っていう特殊な許可証が発行してもらえるケースもあるけど、よっぽどの理由や実績がない限り認められないと思うわ」
「そう……。それって事務局が判断しているのかな?」
「いや、その許可証は……」
「うひゃーっ! ねねねね、コユキにコトピョン、やばいやばいよこれめっちゃおいひーっ。ちょっとこれ一口食べてみてよっっ! 食堂のおばちゃんにもらったお土産なんだけどこれやばいおいひい……むぐむぐ」
――と、ここで。ややまじめな会話を遮ったのは、もごもごとお菓子を頬張っている敷ちゃんだ。
手にきび団子のような丸いお菓子を持っていて、それをこちらに向けて差し出している。
「ちょっとシキ、今真面目な話してるんですけどっ⁉︎ ……っていうかあなた、なんか霞んでない⁉︎」
「ほへ? ほうお? んー、はれっ、ほんほほは! むはははっ。はにほれふへふー」
「何言ってるかわからないんですけどっ」
「ひひからひひから。ほんほにほひひーはら! ひとふはへへみへヨゥ」
「あはは。ありがとう敷ちゃん。じゃあお言葉に甘えて一つ……」
「ほっといていいのよ花染さん。シキの持ってるお菓子って大抵ろくな物じゃないから。それより許可証なんだけど……もごっ」
「こゆひも食べへー!」
私がお菓子を選んでいる間に、敷ちゃんは持っていた赤いお団子を小雪ちゃんの口の中へ放り込む。
最初は目を白黒させてモゴモゴ言っていた小雪ちゃんだったが、ほどなくしてその美味しさに驚くよう目を瞠った。
「な、なにこれ。おいひい……」
「でっしょお? コトピョンも食べてみて~!」
「あ、うん。じゃあこれにしようかな。いただきま……」
にこにこしながら私の反応を窺う敷ちゃんの前で、手にした淡い桃色のお団子を口に放り込もうとした――その時。
「あっ」
「――⁉︎」
背後からすいっと手首を掴まれたかと思えば、持っていたはずのお団子がいつの間にか手の中から消えている。
目の前にいた小雪ちゃんがぎょっとしたようにこちらを見ているのでなんだろうと思って振り返ると、そこには私の手首を持ったまま口をもぐもぐ動かしている天堂さんの姿があった。