4-4 ここ、いいかしら
◇
(河太郎くんあの後どうしたかな。ちゃんとご飯食べてるかな……)
なんとか無事に学部ガイダンスを終えて昼食をとりに食堂へやってきた私は、何度目かわからないため息をつきながら、あたりを見渡す。
まるで大きな教会のようなゴシック建築で誂えられた第一食堂は、高い天井にステンドグラスが嵌め込まれ、ずらりと並んだゴシック調長机の上には細々と揺れる瀟洒なキャンドルが焚かれている。
壁の至るところには美しい絵画や彫刻品が飾られていて、和を意識した医學部や事務局の建物とは対照的な西欧風の建造物だ。
他学部はすでに休憩時間に入っていたようで、食堂はたくさんの人――の形をしたあやかし達で溢れていた。
数少ない現世飯メニューであるトマトパスタを選択し、トレーにのせて空席に座る。
賑やかに談笑する門人たちに囲まれ、昨日もらったオリエンテーションの資料をめくりながらパスタを口に運んでいると、
「ここ、いいかしら」
そう声をかけられ、顔をあげる。目の前には幽世ランチのトレーを持った雪女の小雪ちゃんが立っていた。
「その……他に席が空いてないのよね」
「あっ。うん。もちろんいいよ! 座って」
慌てて机の上の荷物を退け、広く席を確保する。
小雪ちゃんはホッとしたようにため息をつくと、そこへ座ろうとして……。
「そう。じゃあ、失礼し……」
「あーっ! ちょっとコユキひっどーい! せっかくあっちの席確保したのになんでそっち座んのー!」
「げっ。ちょっ、し、シキ! 何よあんた! 一緒に食べるって約束してないし! ついてこないでよ!」
「またまたぁ。一緒に食べる気満々だったくせにぃ……って、あれっ。コトぴょんまでいる! ……ってことは、ははーん、さてはコユキ、コトピョンと一緒に食べたくてこっち座ったんでしょー?」
「なっ、ちょっ!」
「へ?」
「うはは。図星図星! 白い顔が真っ赤になってるう~! シキも一緒に食べよーっと。ねえねえコトピョン、シキと一緒にお菓子食べよーよぉー!」
そう言って小雪ちゃんの隣に無理やり陣取ったのは、両手にいっぱいのお菓子を持った座敷童子の敷ちゃんだ。
幽世菓子だろうか? ずらりと机の上に並べられたお菓子のパッケージには〝幽世銘菓〟だの〝冥土の土産〟だのと書かれている。
「ずっ、図星なんかじゃないしっっ! っていうかなんっでご飯の時間にお菓子なのよ! あっち行っててよ!」
「えーだってシキ、今日はご飯じゃなくてお菓子の気分なんだもん~」
「あんたねえ! あんたみたいな騒がしいのがきたら花染さんだって迷惑でしょ! それにっ……」
「迷惑なんかじゃないよ。敷ちゃんも小雪ちゃんも、一緒に食べよ」
「……っ」
「いえーいっ。たっべるぅ」
顔を真っ赤にしてぷりぷり怒っている小雪ちゃんにそう声をかけると、彼女は口をぱくぱくさせながら「な、ならいいけど……」と、おとなしくその場へ着席した。
恨みがましい目で見ている小雪ちゃんに気にせず、敷ちゃんは隣に腰掛けて「どれからにしようかな~」と、さっそくお菓子を選り好みし始めている。
相変わらず仲が良さそうな二人を見て、思わず頬が緩んだ。
「え。な、何かおかしい?」
「あ、違うの。私、あやかしさんたちからあまりよく思われてないんだろうなあって思ってたから、声かけてもらえて嬉しくて」
「……ああ。犬飼と玉己の野郎に何か言われてたものね。あいつらあやかし學校の初等部で一緒だったけど性格がひねくれてるだけだし気にしなくていいわよ、あんなの」
あの犬と猫のあやかしさんは犬飼くんと玉己くんというらしい。
こともなげにいう小雪ちゃんに驚きつつも、
「二人は私のこと疎ましくはないの?」
そう尋ねてみると、小雪ちゃんは束の間目を瞬いてからそっけなく答える。
「別に……」
「コユキはねえ、人間に憧れてるんだよおー。憧れてるっていうか、ケイトウってやつ? おとーさんが人間だから、自分も人間の血を引いてるんだってちっちゃい時からずーっと自慢してたもん」
「傾倒……?」
「ちょっ、よっ、余計なこと言わないでよっ! べ、別に自慢なんかしてないし、事実を述べてただけだからっっ。勝手に脚色しないでっ」
顔を真っ赤にして否定する小雪ちゃん。そんな彼女の反応を楽しむように、敷ちゃんはけらけら笑いながらお菓子を頬張った。
「あはは照れてるう」
「わ、私のことは別にいいでしょ! っていうかそういうあんたはどうなのよ?」
「シキ? シキはニンゲンでもあやかしでもユーレーでもカミサマでも、遊んでくれる人はみーんな好きー!」
にっこにっこの笑顔で答える敷ちゃん。
どうやらここにも人間肯定派のあやかしさんがいたようで心の底からほっとする。
「ったく、大學部に来ても相変わらず呑気なもんね。……っと、コホン。失礼したわね。そういえば貴女、『天堂家の番』がどうとか一部じゃ有名になってるみたいだけど、鬼とか狐とか烏とか上級だとか下級だとか。私、そういうの全く気にしないから」
「!」
「むしろそういう時代錯誤なくだらない階級制度を撤廃するため、法学部に入ったって言っても過言じゃないくらいだし。何か困ったことがあったら相談に乗ってあげてもいいわよ。幽世内の法的手段で解決できないか調べてあげるから」
「小雪ちゃん……」
すまし顔で言う小雪ちゃんは、幼く見える容姿とは正反対に、口調はとても大人びているし考え方も聡明な女性であるようだった。
「あはは。コユキめっちゃどや顔~! まだこれからホーリツについて学ぶくせにぃ~」
茶々を入れる敷ちゃんは、相変わらず敷ちゃんらしかったけれど。
「うっ、うるさいなぁもうっ。アンタはちょっと黙っててよ!」
「やだもーん。シキも一緒にがーるずとーくするも~ん」
「ありがとうね、小雪ちゃん。すごく頼もしい」
なおも小競り合いをしている小雪ちゃんに素直に礼を述べると、彼女は頬を染めながら「べ、別に……」と言った。割と照れ屋さんなのかもしれない。
「それより、慣れない幽世生活で何か困ったこととかあるんじゃない?」
彼女は縁さんに似てとても面倒見が良い性分らしく、ランチに口をつけながらそう尋ねてきた。
「困ったこと……えっと、そうだ」
彼女のご厚意に甘えるよう、手に持っていた資料を差し出す。
これは昨日のオリエンテーションでもらった資料の一部で、左端には【人間用】と書かれた項目があり、そのうちの『幽世案内――〝零番街〟について』の部分を指し示してみせた。