3-6 縁先輩の恋愛相談タイム
◇
「なぁ、琴羽ちゃん。あの天堂家の〝番〟になったってほんまなん? うちの学部にまで噂流れてきよったで」
――その日の帰寮後、夕餉中の食堂にて。
それはそれは驚いたように言う縁さんは、屈託のない瞳をきらきらさせて興奮気味に身を乗り出してきた。
「うう……。違うんです。なぜか目をつけられてしまっただけで、まだそうと決まったわけじゃ……」
「ええっ。そうなん? せやけど噂やともうすでに〝契り〟も交わした仲やって言われとったけど」
「契り……?」
「せや。んー、現世で言う婚姻届提出を済ませて婚姻成立みたいな」
「しっ、してないですしてないです! もう本当に勘弁してくださいよぉ」
すでに寮生の間にも噂が広がっているらしく、こうしている間にも好奇な眼差しが寄せられているのを肌で感じていた私は、必死に違う旨をアピールするよう大きく項垂れてみせた。
「あらまあ。何や訳ありみたいやねえ」
縁さんはのんびりとした口調で言いながらもくすくす笑い、
「せやけどすごいやないの。天堂はんゆうたらそら有名なお方やで。財力、権力、知力、腕力……どれも抜きん出てるし、愛想はないけどそれなりの人望はある。おまけに文句のつけようがないほどの美男やろ? あやかしの女子たちにもえらい人気やって聞いとるし」
「そ、そうなんですか」
「あれで不満があるゆうたら世の中の男はみんな不満だらけになってしまうわ。……琴羽ちゃんは天堂はんみたいなんは好みやないん?」
「いえ。そういうわけじゃないんです」
「せやったらどうして?」
「それはその……確かに格好いいとは思いますけど、まだ出会ったばかりでお互いのことを何も知りませんし、そもそも私、夫婦になるという感覚がいまいちよくわからなくて……」
正直にそう告げると、縁さんはぱちぱちと目を瞬く。
「そら未婚の男女やったら誰しもわからんものなんやない?」
「あ、いえ。そういった意味じゃなくて。私、その、実親がいなくて男手ひとつの里親の元で育ったので、夫婦愛というものを間近でみたことがないんです」
「あらあ。そうやったん」
「はい。ですので結婚自体に憧れを抱いたり理想を描いたりということもなかったですし、今は妖医になることを人生の目標にしているのでまだ結婚までは考えられないというか……」
「なるほどねえ。琴羽ちゃんはしっかりしとって偉いわ」
感心したように頷く縁さん。
「うちなんか、學園を出たら晴れて現世で暮らして、いつか人間さんのお嫁さんにしてもらえたらええなあゆう、ほわっとした目標しかなかったからなあ。琴羽ちゃんみたいな自立心、見習わなあかんなぁ」
「見習うだなんてそんな。縁さんの夢も、それはそれで素敵な夢だと思いますよ」
「ほんま? そやったらええんやけども……」
胸を撫で下ろすように言う縁さんに、私も笑みを返す。
そもそも人間とあやかしとでは生きてきた背景が違う。もしも自分があやかしで、子を成せない体だとしたら、私だって縁さんと同じように人間に憧れを抱き、現世にいくことを最大の目標としていたかもしれない。
「まぁ、いずれにしても天堂はんやったら安心して琴羽ちゃんを任せられるし、うちとしてはその縁談、断然おすすめしておくで。夫婦なんてもんはなあ、いくら考えてみたって実際なってみんとわからんことばっかりなんやから、とりあえず付き合うてみるとか、色々試してみるのもありやと思うわ。一期一会いう言葉もあるくらいやし、いちいち周囲の目なんて気にしてたらあかんえ」
縁さんってば、のんびりした口調の割に意外と好戦的な恋愛思考の持ち主らしい。
前のめりになってごりごり推してくるので、思わずふきだしてしまった。
「あの、えっと。そうですね、ありがとうございます……考えておきます」
曖昧な返事をすると、縁さんは満足そうにふふっと笑ってみせた。
「恋愛相談は大好物やし大歓迎やから。いつでも話したって」
そんな頼もしい一言まで添えてくれる縁さん。
初対面の時から思っていたが、彼女はとても親切で世話好きの女性のようだ。
考え方にも丸みがあって女性らしさを感じるし、こういう女性に私もなりたい。……なんて密かに羨望の眼差しを向ける。縁さんのおかげで少し肩の力が抜けて気が楽になったようだ。
(一期一会か……。そうだよね。今、向き合わなければならないのは周囲の人達じゃなく、自分自身の気持ちや天堂さんへの気持ちだもの。気にしすぎは良くないよね……)
今のところ、好奇な目に晒されている以外は何か甚大な被害があるわけでもないし、周囲の目はあまり気にすぎないようにしよう――。
なんとかそう気を取り直して、その後も恋話や趣味の話などに花を咲かせつつ砂夜さんの作った幽世飯を縁さんと二人で平らげたのだった。