3-5 天堂流護衛術?
「(おいおいおい! なんで天堂家まで⁉︎)」
「(しっ、しらねぇよっ! 鴉屋さんはまだ来てねぇみてぇだけど、狐に烏に鬼の後嗣が揃うって天変地異の前触れか?)」
クラスメイトたちの動揺が広がるなか、天堂さんはしれっとした顔でその先を続ける。
「まずは点呼か……。おい、そこのお前」
「は、はひっ」
「点呼とって出欠確認しておけ」
「わ、わかりましたっ」
「次。学び舎での規則・システム等は配布した資料参照」
「は、はいっ」
「他、質問のある輩は直接聞きに来い。……以上」
「……!」
クラスメイトたちの狼狽などお構いなしに滔々と話を進める天堂さん。
彼の発言には有無を言わさぬ圧があり、皆、黙って頷いているうちに天堂さん流のオリエンテーションはあっさり終わってしまったため、教室内のどよめきはより深みを増す。
「(お、おい、終わりかよ!)」
「(やべえ。聞きに来いったって聞きにいったら殺されるぞあれは)」
「(し、しょうがねえ。資料熟読するしか……)」
「ああ、それと――」
「!」
いや、話はまだ終わっていなかったようだ。
天堂さんは教壇から見下ろすように一同を一瞥すると、釘を刺すような口調で付け加えた。
「昨今、幽世全土で問題となっている多種族への落下狼藉を根絶するため、我が組、あるいは我が組の門人への合意なき色恋沙汰は一切禁止とする。縄墨を破り他種族を蹂躙した者は相応の処罰を行うので覚悟する事」
「……っ」
「万が一、かような不始末を見かけた場合は、俺もしくは近隣の小鬼まで速やかに報告しろ。早急に対処を行う。……以上だ」
厳重な戒告を放ち、今度こそオリエンテーションに終止符を打つ天堂さん。
クラスメイトたちは動揺するように顔を見合わせた。
「……」
「(お、おい、聞いたか?)」
「(お、おう。い、今のってつまり……)」
昨今、幽世で問題視されているといえば、真っ先に思い浮かぶのは現世からやってくる〝人間〟への処遇だろう。勢力拡大のための合意なき暴行、あるいは差別、偏見、嫌悪からくる暴虐なふるまいなど。それらは全て〝あやかし〟が〝人間〟に対して行なっているわけで、つまり今の天堂さんの発言は、端的に言えば『合意なく〝人間〟を侵すな』、という意味合いになる。
「(このクラスの〝人間〟って、見た感じアイツぐらいだよな?)」
「(だ、だよなあ)」
「……」
「(って、ことは……)」
――必然的に私に集中する視線。
「(〝花染琴羽には手を出すな〟ってことか……?)」
「う……」
いやいやいやいやいや。
確かに遠回しだし配慮してくれた気持ちは伝わってきますけども……!
(め、めちゃくちゃ目立ってるんですが……!)
色めき立った教室の至る所から聞こえてくるひそひそ声。『わざわざ警告するってことは……つまり二人はそういう関係?』とか、『もしかしてあの子が天堂さんの番になったのかしら?』だとか。
飛び交う推測は拗れるに拗れ、最終的には『彼女に近寄ったら天堂家に干される』とまで囁かれるに至った。
救いと訂正を求めて天堂さんに視線を投げたものの、彼は『これで問題ないだろう』と言わんばかりの得意顔でこちらを見ている。
(うう。問題大ありです……)
もはや現実逃避でもするかのように、机に突っ伏して顔を覆い隠す。
――ああどうしよう。こんな悪目立ちするはずじゃなかったのに。
突き刺さるクラスメイトたちの視線が痛い。なんとかしてこの状況を打破できないものかと一人悶々としていると、
「センセイ。質問いいですか」
ざわついた空気を切り裂いたのは、それまで黙って話を聞いていた九我さんだった。
狐と鬼。思いがけぬ邂逅を果たす二人に、教室内には言い知れぬ緊張が走る。
「九我か……」
「まさかこんなところで貴方にお会いできるとは思っていませんでしたよ」
「それはこっちの台詞だ」
「今宵、祝杯でもあげましょうか?」
「寝言は寝て言え。……質問は?」
「つれないなあ。この組の名簿には烏の次世代後嗣の名まで刻まれているというのに」
「……」
「さすがに三つ巴の後嗣が一点に集中するだなんて、これは學園側のなんらかの意図が働いたと解釈して差し支えないですよね」
表面上はあくまで柔和に、温厚な様子で問いかける九我さん。
しかしその丁寧な言葉の中には鋭い牙が潜んでいるようにも感じてとれた。
核心を突くような問いに、天堂さんは眉一つ動かさず冷淡な口調で返す。
「さてな。組決めは学び舎保有の付喪神による完全無作為だと聞いている。俺が受け持つと決まった時にはすでに名簿も上がっていたし他意はないだろう。……仮にあったとしても、騒擾を煽るものではなく和合のための計らいだととるべきだ。あくまでここは、学びに励む場だからな」
「それはそれは。まさかそんな穏やかな言葉を鬼のあなたから聞けるとはね……。わかりました。では、それについては深く言及しないことにして、もう一つ」
「言ってみろ」
「三つ巴の中でも頭ひとつ飛び抜けている鬼一族の後嗣様が、自ら教鞭をとるなんて一体どういう風の吹き回しなんでしょう。學園内によほど優秀な番でも見つけました?」
「……」
九我さんはにっこりと微笑みながら、すっと、こちらに視線を向けた。
暗に私を刺すその視線には、吟味するような、あるいは何かを企んでいるような物々しさが孕まれているような気がして背筋がぞくりとする。
天堂さんは固唾を呑んでやりとりを見守っているクラスメイトたちの顔を一瞥すると、こともなげに言い放った。
「それはお前には関係ない」
「肯定も否定もしない、か。……まぁ、〝契り〟まで済んでいたならこんなところにいるわけないですよね。差し詰め、今はまだ標的を定めただけの段階――といったところか」
「……。これ以上質問がないなら終わるぞ」
「結構です。今のやりとりであらかたの推測は終わりましたので」
九我さんに不敵な笑みを向けられ、肩をすくめる天堂さん。
教室内が再び不穏な空気に包まれると、天堂さんは「ならば解散」と告げて教壇を降りた。
クラス全体が興奮気味に放談するなか、天堂さんは九我さんの席を通り越し際に小さく呟きを漏らす。
「余計なことは考えるな。……一族丸ごと潰されたくなければな」
「わぁコワイ。学び舎での僕はあくまで一介の門人にすぎませんよ。お手柔らかにお願いしますね、天堂センセイ」
まるで火花を散らし合うように冷たい視線をぶつけ合う二人。
その後、天堂さんが速やかに教室を退出したため大きな悶着はなかったものの、室内には大きな波紋が残される形となった。
「(うわあ! 今のみたかよ⁉︎ これはすごいことになってんぞ)」
「(だなあ。迂闊なことできねえし他の組のダチにも教えといてやらねえと)」
「(それにしても一体これはどういうことなのかしら!)」
「(わからないわよお。彼女に直接聞きたいけど、近寄ったら後が怖そうだし……)」
「(そうよね。なんだか入学早々すごいわね、あの子)」
無情にも、意図せず広がっていく噂話。
せっかく友達を作るチャンスだったというのに。もはやそれどころではなくなってしまったことは言うまでもなく……。
(天堂さんのばか……)
結局、その日はそれ以降、犬や猫のあやかしさんに嫌がらせをされるようなことも、その他のあやかしさんたちからそれ以上の追及を受けるようなこともなく、好奇な目線から逃げるよう無言で教室を後にした私。
前途多難な私の学び舎生活は、かくして幕を開けたのだった。