3-3 賑やかなクラスメイトたち
◇
(それにしてもすごい数の門人……。これだけ大勢いると、やっぱり藤田さんがどこにいるかわからないなあ……)
開式までの空き時間、手持ち無沙汰に賑わう会場内に視線を這わせていると、ふいに後ろの席から潜められた声が漏れ聞こえてきた。
「……なあ、聞いたか。今年の學園には九我家と鴉屋家の後嗣が入ってくるらしいぞ」
「にゃっ。狐と烏の? ま、まじかよ」
いかにもまことしやかに囁かれるその言葉。盗み聞きをするつもりはなかったのだが、相手がちょうど聞こえる位置に座っているため自然と意識がそちらに向いてしまう。
「まじだって。つっても、数百以上の基礎組があるわけだし、組決めはランダムらしいから、さすがに引き当てる可能性は低いだろうけどさ……後嗣同士が學園でかちあうなんざ千年に一度の未曾有の事態だよな」
「未曾有どころじゃないにゃ。狐・烏・鬼っつったら険悪も険悪、三つ巴の仲だろ? 万が一にでも同じ組になった日にゃあ詰むって。うっかり粗相しようもんなら一族に集られて首飛ぶにゃ」
「そうそう。でもこればっかりは運次第だからな。まぁ天堂家がいないだけマシなのかもしれねぇぞ。あそこの後嗣は何十年も前に院を修了してるらしいし」
「まじかあ。なら一安心ってとこかにゃ」
なんとはなしに耳を傾けていると、天堂さんの名前まで聞こえてきて心臓が跳ね上がった。
(天堂家ってあの天堂さんのことよね。あの人、やっぱり有名な人なのかな……)
今さらながらにそんなことを実感する私。そもそもクガケとかカラスヤケとかなんの話かさっぱりわからないが、神妙な口ぶりから今年度の入学生は相当ツイてないらしいことだけはよく伝わってきた。
(とりあえずこれ以上目立たないように気をつけなきゃ……。って、そういえばあの人、監視つけるとかって言ってたけど、特にそれっぽい人も周りに見当たらないし、諦めてくれたのかな?)
注意深くあたりを見渡してみるものの、やはりそれらしき影はない。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、ふっと会場の照明が暗くなり、壇上にスポットライトが当たった。
『ただいまより、幽世學園百三十三期生入學式を執り行います――』
開式の時間のようだ。それまでざわついていた会場は急に水を打ったように静かになり、厳かな入学式が粛々と進行してゆく。
会場内には数千人規模の人の姿をしたあやかしや神霊が着席しており、皆、すました顔で司会者の進行を見守っている。
ちらりと自分の基礎組の顔ぶれを見てみたが、所々に空席が目立っていた。入学式は自由参加らしいので出席しない者もいるのだろう。それでも、大中小様々な人間然とした門人がざっと見積もって二十人近くは出席しているようだった。
***
『……以上をもちまして入學式を閉式いたします。続きましてオリエンテーションに移りますので、各組、事務局員の誘導に従って各教室までご移動ください』
やがて式が終わると、次いでオリエンテーションの案内が始まった。
目立ちやすくするためか事務局員は皆あやかしの姿に腕章をつけていて、手際よく門人を移動させている。
「藍色席の方は九番館、十三階のD77教室になります~。南側階段からお進みください~」
近くの通路に浮かぶ提灯おばけがカラフルな色を灯しながら誘導を促すと、我が組の門人は銘々に腰を上げそれに従った。
大講堂を出て九番館に移動する。エントランスにある転送床に乗って十三階へ到達すると、長い通路の一番奥にD77教室があった。
ほどよい広さの講義室に整然と並べられた三十名分ほどの机と椅子。
座席には疎らだがすでに着席している門人の姿があり、ざわざわと賑わっている。
空いている席に座ろうとして、ふと目の前に二つの影が立ちはだかった。
「おいおい。臭うぞお前。人間か?」
「やめとけよ相棒。人間なんかと口きいたら口が腐るにゃ」
一人は頭に犬の耳と尻尾が生えた黒髪の青年。もう一人は猫の耳と尻尾が生えたクリーム色のふわふわ髪の青年。先ほど後嗣がどうとか噂をしていた二人だ。明らかに通せんぼの形になっているのだが、これは嫌がらせなのだろうか。
「えっと……」
「悪いこと言わねぇからとっとと現世に帰れよ。ここはなあ、妖力のない人間なんかがいていい場所じゃねーんだよ。なあ、タマ。お前もそう思うだろ」
「まぁにゃあ。人間は大人しく現世の大学に通っとけって話にゃ。ちょっと優位な遺伝子を持ってるからって調子に乗るにゃよ」
今にも噛み付かんばかりの勢いでこちらを睨みつけてくる二人。犬と猫……ということは、犬神と化け猫あたりのあやかしだろうか? 人間というだけでひどく嫌われている様子である。
争うつもりはないが通してもらわないと席に座れない。困ったな……と手をこまねいていると、急に背後がざわつき出した。
「お、おい。あそこ……」
「ん? げっ……」
「……?」
目の前の二人が急に血相を変えて大人しくなったため、疑問に思って後ろを振り返る。
そこには、輝くような銀髪に琥珀色の瞳、校章入り外套の下に軍服のようなパリッとした衣類を纏った、美しい顔立ちの男性が腕を組んで立っていた。
「やぁ、君たち。犬神に化け猫か。こんなところで人間いびり?」
「……う」
「い、いやぁ……はは」
「見苦しいなあ。一昔前ならいざ知らず、今や人間なくして生きられない共生の時代だっていうのに、その時代錯誤な排他的思考は看過できないよ。まぁ、クラスメイト特権ってことで今回は大目に見てあげるけど、通れないし目障りだからそこどいてくれる?」
「く、くそ」
「や、やめとくにゃ。行こう」
銀髪の男に窘めるような視線を向けられ、すごすごと退散していく二人。
どうやら助けてくれたようだ。ぺこりと頭を下げると男性からは微笑みが返ってきた。
「あの、ありがとうございます」
「災難だったね。この世界にはああいう無礼な輩がごまんといるけど気にしないで」
「大丈夫です。人間が良く思われていないことは予め話に聞いていましたので」
「へぇ。見かけによらず肝が据わってるんだ。……ああ、僕は総合経済學部の九我白影。君は?」
九我、と聞いてどきりとする。先ほど噂に上がっていた〝クガケ〟とやらだ。
「医學部薬學科の花染琴羽です」
「そう。よろしくね」
にこりと笑んで、片手を差し出してくる九我さん。
粗相をすれば首が飛ぶかもしれない。おずおずしながら手を差し出すと彼は私の手を軽く握った。
「……」
「……?」
――一瞬、鋭い目線が飛んだ気がした。
けれどそれは泡沫の錯覚であったかのように、柔和な笑顔が再び彼を包み込む。
「じゃ。そろそろ始まるだろうから席に座らせてもらうね」
「あ、はい」
九我さんはそう言って静かに手を離すと、通路を進んで中央列の空席に腰を下ろす。教室にいた女子たちは途端に色めき立ち、男子たちはざわざわと小声を交わし始めた。