引越しのご挨拶
読んで頂きありがとうございます。
今朝はわたしのような庶民が、婚約や結婚のご挨拶の時に着用するような特別感のあるお嬢様風の可愛いワンピースを着ている。自分では滅多に選ばないグッと甘めのデザイン。
昨夕、帰り際に旧友にこのワンピースを託されたのだ。
アッサムの一張羅だったお下がりの服を着た少年姿も良いけど、何か事情があるのは分かるが新居兼店舗の引渡しなら、これを着て行きなさいと。
自分は出産以降、ふくよかになってしまって着れなくなったからと幸せのお裾分けだとプレゼントをしてくれた。
わたしの地毛はミルクティー色だけに金髪のカツラを合わせれば、グッと華やかになった。
うん!悪くない!
このところ緊張続きだったので顔がこわばっているかも。久しぶりに鏡に向かってニッと笑って口角を上げると、元気が出た。
その引渡しにはアッサムとフィリップ様の3人で行くことになった。
皇太子殿下がアッサムの兄として立ち会いたかったらしいが、特殊部隊のみなさんと行かなければならないところができ、ジークに連行されながら泣く泣くそちらに行かれた。
その代わり、フィリップ様が一緒だ。
フィリップ様が皇太子殿下に「私も「義兄」ですからね」と自慢げにおっしゃっていた顔が面白かった。
そして、金髪のカツラを被るわたしに「お揃いの髪の色だと兄妹に見えるね」と。
お姉様のことで心労が続くフィリップ様は普段あまり笑わない方だけど、この時ばかりは笑顔を見せてくださった。
早くお姉様を無事に救い出し、本当の「義兄」になっていただける日が待ち遠しい。
無事に(仮)新居兼店舗の引渡しも終え、昨夜の打ち合わせ通り開店準備を始める。
その前に大仕事がある。
お隣となったお姉様達が囚われていると思われる監視対象の建物に市場で買ってきた果物カゴを手に引越しのご挨拶だ。
アッサムとフィリップ様とわたしでご挨拶に伺う。
そして、少しでも建物の内部の様子の把握と、わたし達がすぐそばまで来たことを知らせることが目標だ。
「すみません〜!!!」
わたしが扉の前で声を張り上げると、しばらくしてから内部から男の声がして、怪訝に出てきた。
「はい?」
アッサムがアマシア時代の貿易の仕事でよく見せた営業用の愛想の良い笑顔で応える。
「お隣に引越してきましたので、ご挨拶に伺いました」
「あの、空き家に?」
男がずいっと出てきて、わたし達の(仮)新居兼店舗を指差す。
「はい。あれです。居住しながらカードの専門店をさせて頂きますので、しばらくは開店準備で騒がしくすると思います。いろいろご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします」
アッサムが不自然なほど口角を上げ、愛想の良い笑顔のまま、何の感情も出さずに一気に喋りぺこりと頭を下げる。
フィリップ様もわたしも普段見たことのないアッサムに呆気に取られながらも慌てて一緒に頭を下げた。
男はまだ状況がよく飲み込めていないようだ。
その時、またもう1人の男が顔を出した。
「なにかあったか?」
「長、この人たちが隣に引越ししてくるらしい」
少し慌てた様子で顔を出した男に簡単に報告すると、それを聞いた男の顔が曇った。
「引っ越しってくるだと?」
「はい。お隣で住みながら、カードの専門店をさせて頂きます」
アッサムがまた何食わぬ顔で営業用の笑顔を貼り付け、説明をする。
そして、じっと事の成り行きを見守っていたフィリップ様がこれまた優しい笑顔(わたしとアッサムには冷気しか感じなかったけど)で自己紹介をされた。
「私はフィリップ。この子達の兄だ。男がアッサムで妹のリアーノ。ふたりはもうすぐ結婚するんだ。ふたりをよろしくお願いします」
フィリップ様が優雅なお辞儀をされる。
フィリップ様!!!
庶民のフリをしてください。
そんな威圧するような優雅なお辞儀は庶民はしません!!!
男ふたりはフィリップ様の異様な威圧感とアッサムの不自然な笑顔に少し?引き気味だ。
「こ、こちらこそよろしく」
会話が弾むわけもなく、ぶっきらぼうに男はそう答える。
「あの…そちらもお商売をされているんですか?」
わたしの唐突な質問に全員がギョッとしたのがわかった。
昨夜の打ち合わせでは社交辞令的な挨拶をしたらすぐ帰るということを決めていたのだが、「これはイケる」とわたしの野生の勘で、打ち合わせを無視して思わず口にした。
男ふたりが顔を見合わせて、一瞬戸惑ったのをわたし達3人は見逃しはしない。
「ここは薬の工房で、ここで調合したものを各地に卸している。しかしこの工房で直接、薬を売ることはしていない」
「そうだったんですね!では、こちらに薬の職人さんが何人も?」
無邪気を装い、質問を重ねる。
アッサムもフィリップ様もわたしを止める気配はない。
「ああ、そういうことになる」
「何人くらいいらっしゃるんですか?」
また、男達は顔を見合わせた。
「10人ぐらい?」
なぜか、疑問形の答えが返ってきた。
そうですよね。
詳しいことを答えられる訳がないですよね。
「女性の方はいらっしゃるかしら?お近づきになりたいわ」
男ふたりが力なくハハハと笑う。
そして、なんだか気まずい空気になった。
「すみません。うちの妻が質問攻めをしてしまいまして大変失礼しました。こんなやつですけど、仲良くしてやってください」
アッサムがこれ以上はやめとおけと目でわたしに合図し、フォローしてくれた。
そして、さりげなく「妻」と言った。
わたしだけがその言葉に気づき、反応をして赤面をした。
あとは市場で買ってきた果物カゴを男達に押し付けて、挨拶は終わった。
フィリップ様は早速、上階で隣の建物の監視を始められた。
わたし達の引っ越しで動きがあるかも知れないとおっしゃっていた。
「リアーノが長い時間をかけて集めたカードやペン先を本当に売ってしまっていいのか?」
わたしの後ろでりんごの木箱からカードやペン類を出す作業をしながら、アッサムが心配そうに聞いてくる。
もちろん、既にそんなことは覚悟できている。
むしろ、今回で役立てることができてよかったと思っている。
「もちろんよ。これでお姉様達がいると思われる建物の隣に出店出来るし、わたしの旅費は工面出来るし、夢だったカードのお店も持てちゃう!良いことしかないわよ!」
「そうか、それならいいんだ」
元々、本屋だった空き店舗は本棚がそのままになっていたため、しっかり掃除が終われば、カードを並べるだけで、あっという間に開店準備が整う。
りんごの木箱にいっぱいいっぱいに詰め込んできて良かった。
それなりの量が入っていたようで、カード専門店として見栄え良く整った。
「リアーノ、フィリップ殿が大変な時だから、みんなの前では言えなかったんだが…」
「なに?」
「そのワンピース、良く似合っている」
「へっ?!」
後ろにいたアッサムの方を振り返るとアッサムがふぃっと目線を外す。
どうやら照れたらしい。照れながらもぶっきらぼうにわたしを褒めてくれた。
「うん。ありがとう」
「あのな… アマシアで暮らしている時は、リアーノにそういう服を贈りたいと何度も思ったし、夢だった」
照れたアッサムは後ろを向いたままだ。
そういう服… 婚約や結婚のご挨拶に行く時に着るような服。
その頃から…
アッサムの背中が照れているのがわかり、それがとても愛おしい。
思わず後ろからぎゅっとアッサムの背中に抱きつくと、一瞬アッサムは驚いたようだったけど、そのままじっとしてくれた。
アマシアにいた時の気持ちが思わぬ形でアッサムの口から聞けて、思わず顔が綻ぶ。
今ではすっかり立場も抱えるものの大きさも変わってしまったけど。
それでも、わたし達には変わらないものがある。
読んでいただき、ありがとうございます。
ぼちぼち更新中。
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「幼馴染は隣国の殿下!?〜訳アリな2人の王都事件簿〜」
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作画は実力派の渡部サキ先生!
めっちゃ可愛いリアーノ、萌え♡なジークにアッサムにレナード殿下を見られるコミカライズは必見でございます。
マンガも原作も読み比べてお楽しみ頂ければ幸いです。