配達人役
読んで頂きありがとうございます。
「では、結婚式の招待状を書きますね。空家の住所や以前の住民の名前はわかっているんですよね?」
「もちろん調査済みだ」
わたしを囲むようにテーブルに座り、みんなの視線がペン先に集まる。
りんごの木箱に入れて持ってきたカードとペン先とインクが早速にこんなところで役立つとは。
1字1字を書くペン先を固唾を呑んで4人が見守る。
そう…この豪華なメンバーに真剣な眼差しでじっと見られていると非常に緊張するんですが…
作戦はこうだ。
わたしが作成する偽の結婚式の招待状を空き家に届ける。空き家はもちろん住民不在のため、隣の監視対象の建物に住民の行方を知らないか事情を尋ねに行く。根掘り葉掘り聞くその間に少しでも建物の内部を覗き見するという算段だ。
即実行ができ、リスクも低い。
しかしここで問題がただひとつ…
誰が、その手紙の配達人役をするか…
ここにいるメンバーの皆さま、素晴らしく麗しい貴人ばかり…で…。
我が国の皇太子殿下に、隣国の筆頭公爵家ご嫡男であり未来の王配、元宰相の護衛騎士で隣国の筆頭公爵家ご子息に… 海の男から転職で殿下になった方… 最後の方は???だが…
「……あの、配達人はどなたが?」
わたし以外の4人で顔を見合わせている。
きっと、誰もが配達人役をしたいのだけど、「向いていない」容姿や雰囲気であることをそれぞれが自覚してますよね。
そして、ここはフィリップ殿にお任せするのかと思っていたら…
「では、せっかくなので私がしよう」
1番、向いていない方が名乗りをあげた。
「「「「えっ????」」」」
わたしを含め、他の3人が凍りつく。
「皇太子殿下、がですか?」
「アッサムは私で不満でも?」
「いや… その…」
みんな、思っている。
実弟にしか言えない。
がんばって言ってくれ!
「貴方が1番配達人役が不向きである」と。
「では、皇太子殿下お願いします」
アッサムがみんなの心の声を振り切り、皇太子殿下にお願いをした。
ああ… アッサムが言えなければ誰もなにも言えないじゃない…
なにやら楽しげな皇太子殿下に、なぜだか見たこともない監視対象の建物の人が可哀想に思えてくるのは何故なんだろう。
皆で食事をした後は、リアーノも結婚でアマシアからダンカに来た友人がいるらしく、その友人に監視対象の建物の隣の空き家の持ち主のことを尋ねに行った。
リアーノ曰く、女性の情報網はどんな諜報員の情報よりも早く詳しいから、なんとかなるかもと楽観的予測をして、ウキウキしながら出て行った。
一緒に俺もついて行きたかったが、「いろいろややこしくなるから」と断られた。
ジークも護衛役をリアーノに申し出ていたが「もっとややこしくなるから」と断られていた。
その一部始終を見て、安堵してしまったのは俺だけの心に秘めておこう。
いま、監視対象の建物の隣の空家を目の前に、伊達メガネに配達人っぽい鞄を斜め掛けした皇太子殿下が仁王立ちだ。
その場しのぎでアッサムが着ていた平民のシャツと交換しているが、やっぱり皇太子殿下然だ。
皇太子殿下は表の公務が多いため、面が割れている可能性もある。
心配したアッサムが無理矢理に伊達メガネを渡していた。
伊達メガネをした皇太子殿下のその姿は「レナード殿下」を彷彿とさせる。
アッサムが少し寂しそうに苦笑いしながら、「よく似合っていますよ」と声を掛け、皇太子殿下もまた少し寂しそうに頷いていた。
きっと、ふたりはここにいるはずだった「レナード」に思いを馳せていたに違いない。
フォンデル筆頭公爵家のふたりのご子息がそっと顔を見合わせ目を伏せたことは、のちにジークがキーモン殿に酔っ払って話したらしい。
「誰か、おられませんか!!!」
わざと声を張り上げて、皇太子殿下が空き家の戸を叩く。
もちろん、返事があるわけがない。
何度かそれを繰り返して、隣の監視対象の建物に向かい、同じように扉を叩く。
すると意外にもすぐに建物の中から人が出てきた。中年の男だ。
「なんの用だ?」
「お隣の家に結婚式の招待状を届けたいのだが、空き家のようで住民の行方を知りませんか?」
「知らないな。俺たちがここに来た時にはすでに空き家だったからな」
「それはいつぐらいのことですか?」
皇太子殿下も食い下がる。
「俺が来たのは2ヶ月前だ。それ以前のことはわからねぇ」
「どなたか、詳しい方はおられませんか?」
しばらく男は考え、思い出したようだった。
「ちょっと待っとけ。中のヤツに聞いてきてやる」
そう言うと、その男が奥に入って行った。
無防備にも開けっ放しの扉から見えるのは、大きな木箱がいくつも積み上げられている部屋と、奥に炊事場と食堂があるのか、奥に大きなテーブルの端が見えている。
人の気配がするのは2階のようだ。
僅かだが子どもの声と女性の声がする。やはり、囚われている者がいるのは間違いないようだと皇太子殿下が確信した。
しばらくすると男が出てきた。
「あの空き家は随分前から空き家だったようだ。以前は本屋を営んでいたらしい」
「そうでしたか。ご丁寧にありがとうございました。本屋と言えば、先日送られてきて本にリコリスの栞が挟んであったことがあったんですよ」
皇太子殿下がわざと大きな声で「リコリスの栞」という言葉を言うと、大きな声でガハハハと笑って見せた。
その笑い方はどう見ても、キーモン殿の真似だと、事の成り行きを息を潜めて見守って3人は吹き出しそうになった。
読んでいただき、ありがとうございます。
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