王女殿下の反乱
読んでいただきありがとうございます。
ステファニー王女殿下視点です。
この古い工房兼住宅に軟禁されてから10日目の朝がきた。
夜はいつも全員が小さな窓がひとつだけある天井の低い屋根裏部屋に押し込められて、ひとり一枚の薄い毛布で身を包み、硬い床の上で身を寄せ合って眠る。
春先とはいえ、真夜中ともなればまだまだ冷え込む。硬い床で眠る身体の痛さと寒さで目が覚めることもしばしばだ。
食事は1日2回、お腹いっぱいにはならないが必要最低限は食べさせてもらえる。
先日、わたしはみんなの食事を作る担当を自ら志願した。
ラナちゃんのお母さんであるミリカさんがその時、一緒に食事係に手を挙げてくれた。
「スファさん、そろそろ行きますか?」
「ミリカさん、そうですね。ドヤされる前に行きましょうか」
早朝、みんなを起こさないように小声で会話をすると、2人でそろっと階下に降りる。
ミリカさんは大きな食堂での調理場の仕事をした経験があり、大勢の食事を用意をすることに慣れているそうだ。
「スファさんも食堂で働かれた経験があるんですね」
ミリカさんが手際よく野菜を切られながら、面白いものを見ているかのよう楽しそうに笑われる。
私は大きな鍋でグツグツと煮たっているスープを混ぜながら「親戚の家が食堂を営んでいるのでお手伝いをしたことがあるんです」と言いながら、「あははは」と苦笑いをした。
決して嘘は言っていない。
半年前に1ヶ月ほどだったけど、食堂で働いた経験はある。働いたというよりも手伝った。いや、むしろ邪魔をしに行ったような。
仕事をしたというよりもずっと会いたかった双子の妹リアーノとの生活を存分に楽しんだと言ったほうが正しい。
リアーノを育ててくださった大叔父のダン様の食堂に押しかけて居候をし、食堂の名物料理「帰れ!鶏肉へ」の作り方をはじめ、スープやメイン料理、様々な国の料理を教えていただいた。
だから、少しだけ直近で料理をした知識があるのだ。
もちろん帝王学のひとつとして、何度か王城の調理場で料理の実習をしたが、全ての準備がされていて、側では料理長が緊張の面持ちで私に張り付き、私は混ぜるだけ、盛り付けるだけの絶対に失敗しないようになっていた。
これはこれで「経験」だったのだが…
かなり手際の良いミリカさんのおかげで朝食が出来上がり、攫われてきた者達のスープをテーブルに並べると、例の工房の責任者がやってきて毎食、シュガーポットを手渡される。
その中には「白い粉」が入っているが、私達には「病気にならない薬」だと教えられている。
そんな物がこの世に存在するなら、自分たちのスープにも入れたら良いのにそれは絶対にしない。
そして、私達がひとつも漏らすことなくスープにその「白い粉」を入れるのをじっと見張っているのだ。
ミリカさんもその「白い粉」が「幻覚草」であることにこの工房に到着した早い段階から気づいていた。
そして、その幻覚草を摂取し続けると、名前のとおり幻覚を見るようになり、歩き方がフラフラするようなる。そのうち歩けなくなり1日中座り込んでヘラヘラと笑っている廃人のようになると知っている。
それを自分たちの毎回の食事に入れるのだ。どうなっていくのかは明白だ。
ミリカさんにはまだ7歳のラナちゃんもいる。小さな子ほど症状が出やすい。
早急になんとかしなければと1人で焦っていたところ、ミリカさんがそっと声を掛けてくれたのだ。
「あの白い粉は幻覚草ですよね」
そっと耳打ちしてきたミリカさんに私は静かに頷いた。
それからはふたりで「白い粉」を「小麦粉」に入れ替えるための作戦を人目を盗んでは打ち合わせをし、なんとか食事係となれたのだ。
見張りの目を盗み、コソコソと会話をするのには骨が折れた。
でもおかげで見張りの行動がよくわかるようになった。
そして、食事係になった早々に入れ替え作戦を実行して、いまこの手にあるシュガーポットの中身はほぼ小麦粉だ。
なので、「病気にならない薬ですよ」と満面の笑みを浮かべながら、なんの憂もなくひとつひとつのスープに「白い粉」を入れる。
入れ替え作戦は少々、手荒い方法だったがいまはなにも持っていない私達にはこれしか方法がなかったのだ。
いわゆるよくある「色仕掛け」だ。
ミリカさんは最初、既婚者である自分が色仕掛け役をすると言って聞き入れてくれなかったが、何度も説得をして最後は頷いてくれた。
どんな色仕掛けだったかをフィリップが知ったら、どんな顔をしてくれるのだろう。
なんて馬鹿なことをしてと、怒ってくれるだろうか。
いつも冷静なあのフィリップが嫉妬なんて表情を見せてくれるだろうか。
フィリップのことを想像するといますぐにでもあの胸に飛び込みたくなって、ぎゅっと抱きしめられたくなって、ものすごく泣きたくなる。
無事にフィリップのお披露目の舞踏会は終わったのだろうか。
フィリップはきっと私の身代わりをしたであろうリアーノをエスコートしたのだろうか?ファーストダンスもリアーノと踊ったのだろうか?
まさか、他の令嬢ではないと信じたい。
フィリップのあの大きな優しい手で幾度となく私はエスコートをされて、数え切れないほど一緒に踊った。
間違いなくどのご令嬢よりもたくさんの時間を一緒に過ごしているのに、それでもまだフィリップの隣を独占していたくなるし、フィリップはそれを望んでいるのかと不安になり、ぎゅっと胸を掴まれたように苦しくなる。
フィリップは物語に出てくるような「王子様」だ。
ここで大人しく待っていれば、きっと私を格好良く助け出しに来てくれるような人だ。
でも私は物語に出てくるような「お姫様」ではいられない。
さぁ、今日はなにをしてやろうか。
山のように出来上がってきた投擲弾に使用されると思われる火薬が持ち出される前に、そろそろ何かの細工をしようか。
いろいろと思い巡らせながら、何食わぬ顔でスープを啜った。
読んでいただき、ありがとうございます。
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