★小話 皇太子殿下視点 兄貴と兄
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陽が落ちる前にはキーモン殿が待つカイカックの港に無事に着いた。
円卓会議の時はアッサム達と一緒に出発する予定だったダン様はまだカイカックでやり残したことがあるとかで、まだニシアに残られている。
恐らく、ニシアの陛下と悪巧みをしているのだろう。
彼の方達を怒らせると、どんなに恐ろしい事態になるのかニシアの貴族達はまだわかっていないらしい。
一足先にセイサラ王国へと出発したアッサムとフィリップ殿は、ダン様を乗せて来たアッサムの養父の船でセイサラ王国に向かったらしい。
港で私達を待っていたキーモン殿がものすごい笑顔で出迎えてくれた。
リアーノなんて、よく頑張ったなとキーモン殿にわしわしと頭を何度も何度も撫でられ、髪の毛がもしゃもしゃになっていた。
それなのに弾けんばかりの笑顔で手荒いキーモン殿の歓迎に嬉しそうに応えていた。
まるで本当の兄と妹のようだ。
夜、キーモン殿の予想通りに暴風雨となった。
船はかなり揺れるが心配はするなと言われているが、想像以上だ。
雨風が強く、私達3人は皆の邪魔にならないように船室に留まったが、甲板では怒号が飛び交っていた。
「帆を張れ!!」
キーモン殿の大きな声が聞こえる。
私はジークにリアーノのことを託し、甲板に上がると、何人もの船員達がヤードに登って帆を張っていた。
「キーモン殿、私になにか手伝えることはあるか?」
「ええっ?皇太子殿下?危険ですから、船室に居てください!」
やっぱり、私の立場ではそう言われるのが普通だ。
そう思った時だった。
ポイっと、キーモン殿に大きな砂時計を渡された。
「殿下!その砂時計で時間を測ってくださいっ!その時計は30分!砂が全て落ちたら、この鐘を鳴らしてくださいっ!」
慌てて、激しく揺れる船で砂時計を落とさないようにギュッと抱きしめて、身体が揺れに持って行かれないように足に力を込める。
皆の邪魔にならないように、揺れる甲板の隅で激しい雨に打たれながら必死に砂時計を抱き抱え、じっと与えられた任務を遂行した。
「殿下…皇太子殿下、お疲れ様でした」
鐘を2度ほど鳴らしたところで、激しい暴風雨が去っていった。
「あ、ああ」
あの嵐の中、的確に働く船員達の仕事ぶりを目の当たりにし呆然とそれを只々見ていた私は、いまだ力を込めて抱き抱えていた大きな砂時計をようやくキーモン殿に返す。
「もう大丈夫ですよ。嵐は去りました。暴風雨のおかげで早くアマシアに着きそうですね」
キーモン殿が大口を開けてニカっと笑った。
逞しい…
「アッサム…アッサムもこんな嵐には遭ったことがあるのだろうか?」
キーモン殿が私の思いがけない質問に少し驚いた顔を一瞬された。
「もちろん、ありますよ。強風の時でも、夜でも凍てつくような寒さの時でも船員達と同じように仕事をし、よくあそこに登っていましたよ」
キーモン殿の指差す方向に1番高いところで風を読み、帆の調整の指示を出す檣楼員がいた。
そうか。
だから、アッサムは身軽で高いところも平気で歩くし、何事にも冷静に対処できるのか。
「キーモン殿もあそこに?」
「時と場合によりますが、もちろんです」
それを聞いて何かが腑に落ち、私の今までのいろいろな気持ちがフッと軽くなった。
「だから「兄貴」なんですね」
「兄貴?」
「ええ。そうです。「兄貴」です。アッサムはキーモン殿のことは「兄貴」と呼ぶのに、実の兄である私のことは「皇太子殿下」なんです。寂しい話ですよね。アッサムも「殿下」なのにね」
少し自虐的に話す私にキーモン殿は押し黙ったままだ。
それでも私は遠慮はせずに話を続ける。
「だから、アッサムに「兄貴」と呼ばれる貴方が羨ましかった。正直、少し妬いていたんですよ」
キーモン殿が黙ったまま困ったような表情を見せた。
「でも、今日のこのことでよく分かりました。貴方が「兄貴」と呼ばれる理由が。アッサムにとって、キーモン殿は尊敬できる人であり、この生死をかける厳しい世界で背中を預けられる仲だったんですね。そんなキーモン殿に私は最初から敵う訳がない」
言葉にすると、よく分からない心が泣きそうになった。
認めるのは悔しいが私はキーモン殿に負けたのだろうか。
「皇太子殿下、貴方とアッサムにまだ少し距離があることはアッサムは何も話しませんが感じていましたよ。でもそれは今まで一緒にいた時間が少なすぎるからですよ。貴方様がよくアッサムを晩餐に誘ってくださりして、心を砕いてくださることは王都から帰って来た時にアッサムがよく感謝を口にしていましたよ」
「それなら、せめて私を「兄様」とか「兄さん」と呼んでくれても…」
「だったら、アッサムに直接、そう言えば良いじゃないですか?あの子も貴方様を「兄」と呼ぶきっかけを探しているのかも知れませんよ」
「えっ?」
思ってもみなかったことをキーモン殿に指摘される。
「焦ることはないじゃないですか。アッサムと貴方様が公の兄弟になってまだ半年なのですから。これから少しずつ、一緒に様々な目に遭って、背中を預けられる仲になっていかれたら良いのですよ。そこで「本当の兄弟」になるきっかけを掴まれては?」
様々な目に遭って…ね。
キーモン殿の一聴辛口のような、それでいてとても深く優しい言葉に泣きたい気持ちだった心がじわりと温かくなる。
「俺もその仲間に入れてくださいね。一緒にこれからは様々な目に遭いましょう」
キーモン殿が白い歯をこぼした。
「皇太子殿下はまずは俺を「兄貴」と呼んでくださいね。俺はアッサムの「兄貴」ですし、歳からいっても俺の方が皇太子殿下よりも年上なので、皇太子殿下の「兄貴」でもあるんですよ。そして、2人の兄でアッサムが今後悲しい運命に振り回されないように守りましょう」
キーモン殿が悪戯っ子のような表情をした。
その表情を私はよく知っている。
私はその表情を見た時、アッサムとキーモン殿は血は繋がっていなくても本当の兄弟、いやそれ以上なんだなと悔しいがまたキーモン殿に嫉妬をした。
そして私もそこに割り込んでやろうと決心をしたのだった。
リアーノ :「皇太子殿下に質問です!」
皇太子殿下:「どうぞ」
リアーノ :「帰路での殿下の護衛騎士はいますか?」皇太子殿下:「いますよ。側に」
リアーノ :「???」
皇太子殿下:「ダナン元宰相の護衛騎士が」
ジーク :「えっ?俺?」
リアーノ :「なるほど。ジークがんばって(棒読み)」
ジーク :「俺、隣国の公爵家御子息様!」
皇太子、リアーノ:「今さらね」
きっとカイカックの港に向かう途中、こんな会話がされたハズ。