誤解
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皇太子殿下とふたりで、王城の裏庭の人目のつきにくい物陰で身を潜めて王城を見上げていると、お互いに我が目を疑った。
驚いて、ふたりで顔を見合わせる。
予想はしていた。
リアーノが教えられた秘密の通路を使わずにベランダから降りてくることは。
アッサムもリアーノはこっちの場所に来るからと指定をしていたぐらいだ。
ただ想像では、カーテンを手すりに括り付けて命綱代わりにして、そろりそろりと降りてくるものだと思い込んでいた。
いま、その思い込みの斜め上をいくリアーノの行動に唖然とする。
身ひとつで上のベランダから下のベランダに、いとも簡単に飛び移ってはどんどんと階下に降りてくる。
「ジーク、アレだよね」
「間違いないですね。カツラを被って少年のようですけど、あれはリアーノです」
飛び出して行ってもいまは助けることも声を掛けることすら出来ない。
助けに行ったところで俺のことを「裏切り者」と思っているリアーノが素直に降りてこなくなるのが、手に取るようにわかるからだ。
物陰から無事に地面に着くことを祈ることしか出来ずで歯痒い。
ふと、リアーノと初めて会ったダナン元宰相の屋敷でのことを思い出した。
リアーノがあまりにもステファニー王女殿下に似ているから、俺が「誰かに似ていると言われないか?」と聞いたら、「木に登っている時は猿っぽいとよく言われる」と女性なのにうれしそうに話していたことを。
あれは、アッサムによく言われていたんだな。
今になって気づく。
リアーノにしたら、木登りが得意であることは、他の女性がたくさんの宝石を持っているというステータスと一緒で、ステータスのひとつだったんだな。
その事実に気づいて、思わず思い出し笑いをしてしまう。
「ジーク?」
怪訝な表情で皇太子殿下が見てくる。
「あ、いえ、すみません。ちょっと思い出したことがあって。アッサムに木登りを鍛えられていた賜物ですね。きっとリアーノは無事に地面に降り立ちますよ」
「アッサムに?」
「あのふたり、幼馴染でしょう。大人になっても屋根伝いで行き来したり、幼い頃もやんちゃだったようで、前にも他に驚いたことがありましたから」
「他にもあるのか!それは?」
「リアーノがヘアピンひとつで鍵を解錠してました。アッサムとよくそれで遊んでいたようです」
「それで、あれが出来上がったんだな」
皇太子殿下が指差す先で、リアーノはあと少しで地面のところまでもう降りてきた。
そして、俺達に見られているとも知らずに、ベランダの側に生えている木にひょいと飛び移った。
最後は木から降りてくるようだ。
「妖精ってより猿?珍獣だよな」
皇太子殿下が目を丸くして、ぎょっとしている。
皇太子殿下の知るご令嬢達とはひと味もふた味も違うんだろう。
もう皇太子殿下のその反応とリアーノが可笑しくって、そしてアッサムがアレを愛情たっぷりに「妖精」と表現していたことも可笑しくって、さっきまでリアーノに酷いことをしたと後ろめたい落ち込んでいた気持ちが少し晴れる。
早くリアーノに本当のことを説明したい。
「早く捕獲しに行きましょう。あの妖精っぽい珍獣、地面に着いたら逃げ足が早そうです!」
俺達は慌てて物陰から出ると、リアーノの元へ急いだ。
♢
ようやく地面に降り立った。
お姉様の部屋のベランダを見上げると、まだターナさんが心配そうに見ておられた。
片手を上げて、無事に着いたことをターナさんに合図すると少し安堵されたように見えた。
そして、驚くべき人物が揃って待ち伏せしていたかのように、目の前に現れた。
「…ジーク」
思わず、さっきのことが脳裏を掠め、一歩後退りをする。
セイサラ王国の皇太子殿下も一緒だ。
だが、ふたりとも旅装だ。
このふたりは結託しているのだろうか?
真実を知ってアッサム達のところに伝えに行こうとするわたしは口止めのために、いまからふたりに拉致られるのだろうか?
しかし皇太子殿下はいつものように穏やかそうに、いやむしろいつもより楽しそうだ。
ジークにもさっきの黒い笑顔はない。
むしろ、緊張している?
なにかが違う。
「リアーノはやっぱり、そうでないとな」
ジークが少しだけ緊張した顔の表情を緩め微笑んだ。
「なぜここに?わたしはジークにまた嵌められたの?」
ジークが複雑そうな顔をした。
「さっきの話は全部誤解だよ。よく思い出してみて。「一連の事件は俺が仕組んだことだとしたらどうする」と俺は聞いただけだし、あとは得をするのは誰なのかは淡々と事実を述べただけ。リアーノは俺に「一体みんなになにをしたの?」と聞いてきたけど、「何もしていない」と言っただろう。あれは本当だよ。つまりリアーノは話しの流れと俺の表情から、俺が一連の事件を企てたと誤解したんだ。」
「えっ?」
そう言われて、ジークとのさっきのやり取りを思い浮かべる。
確かにジークは「俺がやった」とは言っていない。
あの黒い表情も全てが演技だった?
「全てが演技だったの?」
「そうだよ」
ジークがあっさりと認める。
「まぁ、リアーノが俺が事件の首謀者だと誤解するように話しの流れを持っていったんだけどね」
ジークにそう言われて、安堵で全身の力が抜けて、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「迫真の演技すぎる…」
ジークを下から睨みつける。
「なんとでも言ってくれ。俺もリアーノに悪いことをしたと思っている。それは申し訳なかった。でもこれはアッサムが立てた作戦でもあるからな」
驚いて、皇太子殿下のお顔を見ると、大きく頷かれた。
「どうして…」
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