靴
読んで頂きありがとうございます。
激甘につき、念のためですが背後に注意です!
フィリップ様のお披露目の舞踏会は無事に終わった。
舞踏会自体はまだ終わっていないが、わたしは「体調がまだ芳しくない」ということで、早めの退出をさせてもらっている。
これも作戦のうちだ。
お姉様の部屋に戻り、大きく一息ついた。
無事に舞踏会での身代わりという大役を終えて、少しだけ肩の荷が降りる。
本当に身代わりが成功して良かった。
ホッとして、お姉様の大きな机に突っ伏した。
一曲だけでもアッサムとダンスをしたかった。
でも、現実的に無理なのは十分に承知しているし、意識的に挨拶以外では一度でもお互いの視線を交え合わせることさえもしなかった。
その視線を誰かに辿られてはいけないから。
よりお姉様に見えるようにターナーさんが腕によりを掛けてくれたお化粧を落とすために、お風呂の準備をターナーさんが隣の部屋でしてくれている。
机に突っ伏したままでは見苦しいので、ターナーさんに見られないうちにからだを起こすと、少し冷たい風に当たろうと錆びついて硬くなっているベランダの鍵を開け、ベランダに出た。
鍵が錆びついていて開けにくいところを見ると、お姉様はあまりベランダには出なかったのだろう。
この王城に来てからベランダに初めて出た。
ここに来てから今日まで外を眺めるようなそんな時間はなかった。
潮風の匂いがする。
アマシアと同じ匂いだ。
丘陵の絶壁にそびえ立ってているだけのことはあって高さが結構あり、街が一望できる。
人口の多いカイカックの夜景は海岸線に沿って灯りが密集して、これまた美しい。
セイサラ王国の王城の倉庫の屋上でアッサムと見た盆地での夜景とは少し違うが、それでも懐かしい。
ベランダから階下に目をやると、斜め2つ下のベランダに人がいるのが見えた。
わたしが見間違えるはずもない。
アッサムだ。
声を出してその愛しい人の名を呼びたいが誰が見ているかわからないので、その名を口にすることができない。
でも、アッサムにわたしがいることに一目でも気づいて欲しい。
どうやったら上階のわたしに気づいてもらえるのか。
必死に懸命にアッサムが部屋に戻ってしまわないうちになんとかしたくて、焦りながら考える。
斜め2つ下ぐらいなら降りれそう気もするがいまはお姉様の大事なドレスを着ているし、ステファニー王女殿下に扮している。
行けそうで行けない。
靴でも投げる?
そう思った時には片足だけ靴を脱いでいた。
靴を手にして、階下のアッサムのいるベランダに向かって夢中で靴を勢いよく投げる。
投げた瞬間にアッサムが靴の気配に気づき、こちらを向いた。
アッサムのいるベランダのギリギリ隅に辛うじて靴が上手く落ちた。
靴が上から降ってきたことで、アッサムの視線がやっと上階に向き、わたしに気づいてくれた。
アッサムがクスッとうれしそうに笑うとわたしの投げた靴を拾い、ベランダの手すりに足を掛け、まるでアマシアの実家の屋根伝いを行き来してきた頃のように、下を気にすることなく、身軽に断崖絶壁の王城のベランダを素早く登って来た。
アッサムは無言でベランダに降り立つとわたしのそばで跪き、持ってきた靴を履かせてくれる。
アッサムに少しドレスを捲られて足首に触れられ、胸が早打つ。
わたしは靴を履かせてもらっている気恥ずかしさで立っていられなくて、わたしもベランダにしゃがみ込んだ。
「リアーノ、いまは大丈夫だ。この階下は今日は使われていないし、ベランダの手すりが邪魔で俺達は見えない」
アッサムが声を落として、いつもの悪戯っ子のように笑いながら、わたしの両頬に両手で触れる。
「うん」
込み上げてくる涙を堪えようと、頷くだけで精一杯だ。
「リアーノ、会いたかった」
アッサムの黒い優しい瞳に見つめられて心の中で「わたしも!」と叫んでいるのに声にならなくて、めいいっぱ深く頷く。
アッサムとわたしの唇が重なる。
重なるだけでは溢れ出るお互いの気持ちが抑えきれず、深くもっと深くと求め合い、お互いの頬を髪を首を肩をがすべてが愛おしく、ひとつひとつを確認するように触れ、きつく抱きしめ合った。
しばらくして、ようやく落ち着くことが出来た。
もう、わたしの髪の毛はぐしゃぐしゃだ。
「今日のリアーノはものすごく綺麗だったけど、俺の色に染めたかった」
アッサムが少しだけ淋しそうに微笑む。
「今日までの身代わりは大丈夫だったか?」
「うん。大丈夫。ここにおられる皆が大事にしてくださるし、いつも細心の注意を払っているわ。でもね、アッサムの顔を見たらなんかすごく安心した」
「そうか。それなら良かった。来た甲斐があったよ」
アッサムがいつものように頭をポンポンと撫でてくれる。
それだけでとても落ち着ける。
「実はこのままステファニー王女殿下だと、アッサムの隣に二度と戻れないんじゃないかと、一瞬すごく不安になったの」
アッサムが大きく目を見開いて、その後に優しく微笑んだ。
「馬鹿だな。そんなことになったら、俺がリアーノを攫うから心配するな」
「うん」
その言葉だけで不安も何処かに吹っ飛んでしまう。
きっと、アッサムは来てくれる。
そう信じられるから。
「リアーノに良い知らせがある。ステファニー王女殿下の手掛かりをジークが掴んできた」
「ジークが!」
あの時間がない中でも、わたしの提案を信じて探してくれたのね。
「詳しくは後でだ。ニシアとセイサラの関係者だけで集まることになった」
「セイサラの火薬の盗難事件は?」
「難航している。それに王都サハで不穏な動きがあるんだ。それも集まった時に話すよ」
「わかったわ」
ターナーさんが隣の部屋から戻ってきた音がした。
「リアーノ、部屋に戻った方がいい」
「そうね」
立ちあがろうとして、アッサムに手首を掴まれた。
「リアーノ、これは俺がまだ持っていていいか?」
アッサムが首元をゴソゴソとして出してきたのは、あの親指ほどの大きさのアマシアの海と同じ深い青のシーグラスがペンダントになったものだった。
「どうやってペンダントにしたの?」
「俺が自分でした。穴を開けただけだけど」
シーグラスの上部に穴が開けてあり、そこに細い茶色の革紐が通してあった。
「ふふっ。海賊っぽい」
そう笑いながら、そのシーグラスのペンダントに触れるとアッサムの体温で温かい。
アッサムが大事にしてくれている。
それだけで泣きそうだった。
「もちろんお願い。アッサムが持っていて」
ペンダントに(アッサムを守ってくれますように)と念じて、そっと口づけをした。
アッサムが無言でまたわたしを抱きしめ、それからすぐにわたしは部屋に戻らされた。
読んでいただき、ありがとうございます。
★「続きが早く読みたい」と思われた方や面白いと思われた方、ブックマークや下記の評価をどうぞよろしくお願いします!
作者のモチベーションがすごく上がります。
☆お知らせ☆
第一章がコミカライズされました。
「幼馴染は隣国の殿下!?〜訳アリな2人の王都事件簿〜」
まんが王国さん他で電子配信中。
作画は実力派の渡部サキ先生!
アッサムがリアーノがジークが!
そして、その3人を支える全てのキャラが!
出てくるキャラ、ひとりひとりがすごく魅力的です。
小説だけでは出せない素敵な雰囲気に!
ぜひ一度、見に行ってみてください。
マンガも原作もお楽しみ頂ければ幸いです。