父の思惑
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アッサム視点〜セイサラ王国にて〜
エシオにある火薬や投擲弾などの兵器を製造している国営工場の原材料が盗難に遭って何日か経ったが、盗難に遭った原材料が見つかる気配は一向にない。
街道の封鎖は、物流が止まると経済的打撃が大きいし、国民生活への影響を考えると断念せざるを得なかった。
しかし、渡らないと迂回路が不便である大きな橋の手前での騎士団による検問はずっと実施しているが、なにも出てこない。
火薬の入出庫の調査に鉱山に派遣した文官から次々と報告が上がってくるが、どれもこれもひどい数字で頭を抱えたくなる。
入庫と出庫、在庫の数字が合わない鉱山の方が多いのだ。
合計にすると、ひとつの街が簡単に吹っ飛びそうな相当な量だ。
「これほど、鉱山の火薬の管理ができていなかったとは…」
ホーシャック室長がわたしの執務室のソファに浅く座りながら、上がってきた数字を目の前に頭を抱えている。
最近、朝一番で報告を兼ねて、皆でわたしの執務室に集まるのが日課になっている。
その向かいでダーリア殿が腕組みをしながら黙ってずっと地図と睨めっこをしているし、ライラ嬢は盗難に遭った原材料でなにが何個作れるかをずっとカリカリと音を立てながら計算をしている。
「調査に行った文官は全員を一旦引き上げさせましょう。この数字を報告してきた彼らの身に危険性があります。彼らと同時に各鉱山に配置した我々の仲間を極秘裏に護衛につけさせます。文官が突然来たことによってこちらの動きを察知した者が動くかも知れません。残った特殊部隊の者には引き続き探らせましょう」
ホーシャック室長もダーリア殿もライラ嬢も重い空気の中で、黙って深く頷く。
「アッサム殿下、この最新の数字はニシアに向かわれた皇太子殿下には?」
ホーシャック室長が沈痛な面持ちだ。
「出国される直前に報告ができています。ニシアの王宮で行われるステファニー王女殿下の婚約者のお披露目の舞踏会の前に同盟国が集まる場を極秘で設けてもらえることになりました」
「ニシアも大変な時なのに、こちらのフォローもしてくださるとは」
大海の木片とは本当にこのことだ。
同盟国にこの件の報告や経緯の説明が一気に済ませることが出来る願ってもない機会だ。
ニシアには感謝しかない。
「舞踏会は明日の夜ですね」
ライラ嬢が独り言のようにつぶやく。
そして、チラリと俺を見る。
ライラ嬢の言いたいことはわかっている。
俺だって行けるものであれば、どんな手を使ってでもニシアに行きたい。
リアーノは今ごろ、どうしているのだろうか。
身代わりは常に危険で緊張の連続だ。
ただリアーノが無事で笑顔だったら、それだけでいい。
それだけを願っている。
スラックスのポケットに忍ばせているリアーノに渡されたシーグラスをぎゅっと握りしめる。
その時だった。
執務室の窓の向こうで鳩が鳴いた。
「なにか、急ぎの知らせが来たようだ」
慌てて窓を開け、鳩の脚を確認すると筒が付いていた。
「ナンシーさんからだ!」
慎重に筒から紙を取り出し伝言を確認にし、すぐにホーシャック室長に渡す。
ホーシャック室長もその伝言を確認にする。
そのような時に、執務室の扉がノックがされたかと思ったと同時にすぐに扉が開けられて、あり得ない顔が扉の向こうから見えた。
「お邪魔するよ」
「「「「陛下!」」」」
一斉に皆が立ち上がる。
そして、ホーシャック室長をはじめ、皆が退出しようとするとそれを手で制止された。
「そのままで。皆に情報を持ってきた」
重かった空気が一瞬で張り詰めた空気に変わる。
「そんな怖い顔をしないでくれ。最近、王都でこんなものが出回っていると知っていたか?」
陛下が手にして見せられたそれは、たったいまナンシーさんが知らせてくれた、それだった。
「たった今ですが連絡がありました。王都サハでこの絵が出回っていると」
それは美しい豊穣の女神が描かれているものだった。
「アッサムは宗教戦争の話を知っているか?」
「もちろんです」
セイサラ王国の詳しい歴史の勉強は、何年か前に王族の教育の一環で学者の先生から教わっているし、貿易で仕事をする者は外国の取引先の生活背景を知っていなければならない側面もあるので、この大陸や様々な国の歴史を知っている。
執務室の面々は説明をして欲しそうな顔をしているが、陛下は満足のいく答えだったのか感心したような表情をされた。
「すぐに出所を調査します」
「そうだね。それは早い方がいい。それと皇太子にも教えてやらないとね。同盟国にこのことも伝えた方が良いだろう」
「そうですね。同盟国も同じ宗教戦争で過去に苦労をしていますから」
ホーシャック室長がこのやり取りを心配そうに見ている。
「陛下、お言葉ですがいまから皇太子殿下に報告となると、ニシアの王都カイックまでは距離があり過ぎて、「鳩」が使えません」
陛下がホーシャック室長のその言葉を待っていたのか、口角を上げニンマリと笑った。
「では、アッサムならどうする?」
「早急に使者を立てましょう。いまからなら、舞踏会が終わる明後日の朝までには間に合うかも知れません」
「違うな」
「えっ?」
あっさりと違うと言われた意味がわからなくて、陛下を凝視した。
「私が今回、ニシアに行かなかったのは何故だと思う?」
「何故って…」
確か、この盗難事件の打ち合わせを皇太子殿下と3人でした時から陛下は自分は王都サハからは動かないと断言をして、皇太子を指名して「ニシアにはお前が行け」と指示をし、わたしには事件の処理を指示された。
皇太子の役割と第2皇子の役割のそのままの指示だったはず。
「「王」の名代で皇太子が行っている。もうひとりの皇子が名代で加わってもバランスが取れると思わないかい?」
(陛下と皇太子殿下両方の出席だと仰々しくなり過ぎてバランスが悪い。でも、皇太子殿下と第2皇子の出席だと他国とのバランスを考えても仰々しくなり過ぎない。陛下はここまで考えて…)
「陛下、わたしがニシアに行っても良いのですか?」
「だから、私は王都サハから動かないと言っただろう」
陛下が清々しいぐらいの笑顔だ。
そして、「父」の顔だった。
「ありがとうございます。わたしもニシアに名代で行かせてください」
「そうするがいい。皇太子に早くこの宗教画の報告をしてあげなさい。リアーノにも顔を見せて安心させてあげなさい。お前の仕事は心配するな。お前が戻るまでこの件は私が引き受けておく」
ここにいる事務室の面々が満面の笑みで手を叩いて喜んでいる。
陛下の…父の気持ちが素直にうれしかった。
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