ダンスホール
読んでいただき、ありがとうございます。
わたしは王妃様とその侍女の3人で明日の準備が終わった灯りもなく誰もいない薄暗いダンスホールでフィリップ様の到着を待っていると、すぐにターナさんがヴァイオリンを片手にフィリップ様を連れてきてくれた。
「誰もいないダンスホールに呼ばれるとは、明日の舞踏会のファーストダンスが不安になりましたか?」
フィリップ様は慌てて駆けつけて来てくださったのか、早歩きで少し息を切らせながらも優雅な笑みを浮かべて、王妃様とわたしのところに来られた。
誰が見ているかわからない緊張感を隠しながら、わたしもお姉様に見えるように優雅に微笑み返した。
「明日がフィリップにとって大事な日になると思ったら練習をしておきたくて、無理を承知でお呼びしたんですよ」
わたしがフィリップ様をお姉様のように「フィリップ」と名前を呼んだので一瞬、驚いた顔をされたがすぐに優雅な笑顔に戻された。
「そうだったんですね」
「フィリップ、呼び出していて本当に申し訳ないのですが、お母様も心配されているので練習は一曲だけでも良いかしら?まだ本調子ではないの」
「もちろんですよ」
フィリップ様が躊躇なくさっとわたしに手を差し出されたので、その手をわたしも躊躇なく取る。
「よろしくお願いします」
フィリップ様にエスコートをされてふたりでダンスホールの中心までゆっくり行くと、後ろを振り返りターナさんに合図を送った。
ターナさんが深く頷き、ターナさんのヴァイオリンの演奏でワルツが始まる。
広く天井高のあるダンスホール全体にターナさんのヴァイオリンの音色だけが響きわたる。
フィリップ様とわたしはその音色に合わせてワルツを踊る。
さすがはフィリップ様。
とてもお上手でダンスの相手がわたしというのが本当に申し訳なく思う。
そういえば、ジークと以前に仮面舞踏会で踊った時もジークは非常にダンスが上手かった。
ふたりとも軽やかにそして優雅に。
ニシアの筆頭公爵家のおふたりのご子息は幼い頃からしっかり教育を受けられてきたのだろう。ふたりの言い知れぬ努力を垣間見た気がした。
「ダンスホールにお呼び立てして申し訳ありません。婚約者同士の秘密のお話をするなら、天井が高く、なにを話しているのか遠目ではわかりにくい広さがあるここが1番安全だと思ったのです」
フィリップ様はわたしの言い訳を目を見開いて聞いたあと、ふふっと笑みをこぼした。
(ステファニーのための情報漏洩対策ということか)
フィリップ様は小さく頷かれて、繋いでいた手に力を込めてグッとわたしをフィリップ様に引き寄せられた。
こっちが赤面するぐらいの密着となる。
「事情はわかりました。彼女のことでなにか気づいたことが?」
声を落とし、なにを話しているか口元をあまり見られないように少し俯き加減で会話をする。
「はい。少し前にあの方から「事実関係を知ることは大事」という一言だけ書かれたメッセージと共に叙事詩の本と栞が送られてきました」
「初耳だな」
「王妃様もそうおっしゃられていました」
お姉様はわたしだけに伝えたかったのだろうか。フィリップ様も知らなかったという事実に驚くとともに少し不安を覚える。
「宗教戦争の物語の章にある古い教会の挿し絵のページにリコリスの花の栞が挟まっていました」
「リコリスの花か。色は?」
「赤です」
「独立、情熱…か」
花言葉をご存知であったことだけでも驚いたのに、フィリップ様はこれだけですぐにわたしが言いたいことを掴んだようだった。
「ありがとう。助かった。探し物を古い教会を中心に探してみるよ」
「それは良かったです。それと…」
小さい違和感を伝えるべきか、言葉を飲み込む。
「なんでもいいよ。なにか思ったことがあれば聞きたい」
わたしが言いかけてやめたことに気づいて、フィリップ様は優しい瞳を向けられた。
「アマシアよりも賑わう市場や見慣れない船があるのはニシアの王都の港なら当然のことなんですが、なにか小さな違和感が…それが何かまでは」
「…港、市場に船か。わかった。ありがとう」
「いえ。大したお手伝いも出来ずで。あのこのことはジークには」
「私から伝えておく」
「よろしくお願いします」
わたしがフィリップ様の足を踏まずにこれだけの長い会話をしながら踊れるのも、フィリップ様のリードがすごく上手いからだ。
アマシアの実家の食堂での、おじいさまやおばあさまの古い知り合いやアッサムやその両親達と集まって自分達で音楽を奏でて、愉快で楽しく踊るダンスパーティーとはまた違う。
今ごろ、アッサムはどうしているのか。
フィリップ様と踊りながら、アッサムと踊ったアマシアでのダンスを思い出した。
「アッサム殿下の気持ちが少しわかった気がするよ」
「えっ?」
「私の義妹はすごいってことだよ」
「?」
意味がわからなくて、へへっと愛想笑いをする。
「アッサム殿下も大変だな」
そう言うと、フィリップ様はわたしを見て目を細められた。
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