赤い花の栞
読んでいただきありがとうございます。
いよいよ明日はフィリップ様のお披露目の舞踏会だ。
「身代わり」の本番でもある。
明日の舞踏会を控え、城内は異様な盛り上がりと慌ただしさになっていた。
まだこの城に来てから何日も経っていないが、城内が通常運転でないのはよくわかる。
昼間は次から次へと各国のご来賓のご到着があり、その都度、陛下達とお出迎えをした。
もちろん、わたしは陛下達の後ろに控えてニッコリとご挨拶をするのみ。
ご来賓の方々はわたしがステファニー王女殿下の身代わりであることに一切気づかれることもなく、幸先の良いスタートとなった。
ただセイサラ王国の陛下の名代としてお越しになられた皇太子殿下はわたしに目配せをしてから、わざと騙されてくださった。
初めてお会いしたアッサムの本当の兄。
やっぱり血の繋がった兄弟だけあって黒い瞳など、どことなくアッサムと雰囲気も似ている。
こう見ると、皇太子殿下は気品に溢れ、どちらかというと「レナード殿下」に近い気がした。
皇太子殿下は、きっとアッサムから事情を聞いているのだろう。
もちろん、ニシアとセイサラ王国の王族は懇意にしているのでわたしがここにいることは、おじいさまからも報告がされているのだろう。
陛下達もそのことには気づいているようだが、みんなおくびにも出さない。
やはりそういうところは王族同士だなと妙に感心してしまった。
「やっと、部屋に戻って来れたー」
身代わりの緊張から解き放たれて、部屋に入った途端にソファに傾れ込んだ。
「リアーノ様、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。すぐに復活します」
そう言いながらもソファでぐったりしていると、机の上に置きっぱなしになった本に目がいった。
お姉様が送ってきてくださった禁書である分厚いあの叙事詩の本。
ひと通りは読んだので、アマシアを出発する時に鞄に詰め込んだ。
とても貴重な本だし、直接お姉様に返したかったのだ。
ソファから起き上がり、机の上の本を手に取り開けてみた。
開けた拍子にひらひらと挟んでいた赤い花の栞が空中を舞い、床に落ちた。
慌てて、床から拾い上げる。
ふと、思った。
この押し花になっている赤い花はニシアではよくある花なのだろうか。
お茶の準備をしてくれているターナさんの横に行き、栞を見せながら聞いてみる。
「ターナさん、この花を知っていますか?」
「押し花の栞ですね。綺麗ですね。この花は…」
ターナさんが少し難しい顔をした。
「ターナさん?」
「この花を押し花にされるのは珍しいですね。『リコリス』という花ですよ」
「ニシアでは身近なお花なのですか?」
「そうですね。身近ですよ。よく墓地で咲いています。ここだけの話ですがリコリスの球根には毒がありますし、花言葉は…」
ターナさんが言うのを戸惑っている。
「ターナさん、悪い花言葉なのですか?遠慮なくお願いします」
「『悲しき思い出』です」
それを聞いて、「ああ、なるほど」と腑に落ちた。
「ターナさん、大丈夫ですよ。貸していただいた本の内容を指しているのだと思います。わたしの出生の秘密の元になった伝説など悲劇の物語が数多く書いてありましたので」
ターナさんがホッとするような表情をする。
「それはどうされたのですか?」
「お姉様から少し前に送られてきたんですよ」
わたしはふふっと笑いながら、ターナさんに本を見せた。
「ス、ステファニー王女殿下からですか?」
ターナさんが前のめりな感じで聞いてくる。
「そうです。ステファニー王女殿下からですがどうかされたんですか?」
「いつの間に… 執務中にされたのかしら?」
ターナさんはひとりブツブツ言いながら、なにかを考えている。
この本がわたしに送られてきた経緯について心当たりがないようだった。
わたしもターナさんの様子を見て、なにか他に思い出すことはないかと、頭の中の記憶の引き出しをとにかく開けてみる。
「あ…ターナさん、この栞は読みかけのように本の途中で挟まっていたのですが…」
自分で話して、喉の奥にになにかが引っ掛かるような感覚に襲われる。
栞が挟まっていたのは確か…
手に持っていた本を慌てて捲る。
記憶だけを頼りに1ページずつゆっくり捲っていく。
そう!このページ。
古い教会の挿絵のあるページで指が止まった。
「古い教会… 」
ターナさんがお茶を準備する手を止めて、わたしをじっと見ている。
なにかがわかりそうな気がした。
「ターナさん、このリコリスの花言葉、他にありますか?」
「リコリスは花の色でも花言葉が違います。赤い花は「独立」「情熱」「再会」だったと思うのですが…」
この古い教会の挿し絵のあるページの物語は…「宗教戦争」だった。
宗教戦争…ねぇ…
「リアーノ様?」
わたしが難しい顔をして黙り込んでしまったので、ターナさんが心配顔だ。
「押し花… お姉様はこの花のように押し花をよく作られていたのですか?」
「いえ、少しも。押し花は王妃様の趣味…で…」
ふたりで顔を見合わせる。
それだ!
「すぐに王妃様に確認ですね」
「ターナさん、お願いします。わたしはもう一度、このページの叙事詩を読み直すわ」
なにかが動き出す気がした。
読んでいただき、ありがとうございました。
「リコリス」という花は日本では「彼岸花」です。
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☆お知らせ☆
第1章がコミカライズされています。
「幼馴染は隣国の殿下!?〜訳アリな2人の王都事件簿〜」
まんが王国さん他で電子配信中。
作画は実力派の渡部サキ先生!
リアーノやアッサム、ジークに会えます!!
めっちゃ可愛いし、カッコいいですよ〰︎
ぜひマンガも原作もお楽しみ頂ければ、幸いです。