フィリップという人
今日は朝から、あれから一晩で覚え切った貴族年鑑を片手にターナさんと情報の擦り合わせをしている。
ニシアでは豊穣の女神を崇拝する宗教の復活を望む一派が、貿易で得た豊富な資金力を背景に最近は台頭してきているらしい。
そう言えば、ニシアに着いた港では王都とはいえアマシアよりずいぶんと大きな市場があったし、たくさんの見たこともない船も出入りし、大変賑わっていた。
貿易の景気が良いのは間違いなさそうだ。
そうしていると部屋の扉がノックされて、フィリップ様がおひとりでいらっしゃった。
これも昨日の打ち合わせのうちのひとつ。
体調不良で伏せっていたステファニー王女殿下が、だいぶ回復をして起きられるようになったのでフィリップ様がお見舞いするという通常の婚約者同士の演出だ。
実際、お姉様が風邪で寝込んだ時もこうして、フィリップ様が毎日お見舞いにいらしていたと、ターナさんから聞いている。
フィリップ様から舞踏会でのふたりの行動予定や挨拶について、教えていただく。
基本は「まだ体調が悪く声が出ない」という方針なので、フィリップ様の横でニコニコして、話しかけられたらゴホゴホと咳をして、舞踏会を乗り切ろうという作戦だ。
「子ども騙しのようなこの作戦、本当に上手くいくでしょうか?」
不安になりながら質問をすると、フィリップ様は優しく笑った。
「私が会話の主導権を握ってリアーノ嬢には話しかけられないように仕向けるのでリアーノ嬢は隣でニッコリ笑っているだけで大丈夫ですよ」
フィリップ様は優しく微笑まれたけど、笑顔の下にはかなりの計算がありそうだ。
只者ではないな。
さすが、あのお姉様の王配となられる方だし、ジークのお兄様だわ。
器の大きさが違うことを実感する。
「フィリップ様、お姉様の捜索の進捗状況はいかがですか?」
その質問をするとフィリップ様の顔が曇り、首を小さく横に振られた。
「今日はジークも城下に出て、手掛かりを探してくれているよ。私は古参の貴族と繋がりが深くて知っている顔も多いからそちらの筋を当たってみたけど、怪しいところも目新しい情報もなかった。ジークは商人や新興貴族に知り合いが多いから、そちらになにか情報があれば良いんだが」
フィリップ様の瞳が窓の外に向けられ、ひどく辛そうな表情をされた。
「あの日… ステファニーがいなくなった日。私とステファニーは小さな言い合いをしたんだ。私はあの時すぐにステファニーの誤解を解いてやらなかったことをずっと悔やんでいる」
フィリップ様が沈痛の面持ちで話し出した。
ジークからお姉様とフィリップ様が小さな喧嘩をして、お姉様が飛び出されたことだけは聞いている。
「わたしが聞いても良い話でしょうか?」
フィリップ様が頷く。
「彼女は最近、護衛も付けずに城下に行くことが増えたんだ」
増えた?違和感を覚える。
「あの時も勝手に外出するのを見つけたのでステファニーを止めたら、私とステファニーの結婚は政略結婚だから体裁を保つために止めているんだろうと。私はステファニーを愛しているフリをしていると」
「フィリップ様はなんと?」
「いまはそういう話をする時じゃないだろうと言ってしまったんだ」
ーーーああ…それは、非常に不味いやつ。
一瞬、顔を歪めてしまった。
慌てて取り繕うとしたけど、フィリップ様にはしっかり見られていた。
「ふふふ。いいですよ。その表情豊かなところがリアーノ嬢だ。リアーノ嬢はそのままでいてくださいね」
フィリップ様はそうおっしゃるけど、思ったことそのままが顔に出るのは、ステファニー王女殿下の身代わりをしている時は良くない。
気をつけなければと気を引き締める。
「申し訳ありません。顔に出てしまいました。身代わりで表に出る時は気をつけます」
フィリップ様は笑いながら頷かれる。
リアーノ嬢はセイサラ王国の港町で平民として育った。
そんなリアーノ嬢にステファニーと双子で顔が似ているだけで急遽、身代わりをお願いすることになったが正直不安でしかなかった。
そんな彼女に王女であるステファニーの身代わりが務まるのかと。
しかし、昨日の応接室に入ってきた時は驚いた。
婚約者の私が一瞬だがステファニーが戻ってきたのかと錯覚するほど、立ち振る舞いもドレス捌きも見事だった。
聞けば、ドレスを着たのはまだ3回目だと言うのだから驚いた。
リアーノ嬢は柔和な雰囲気の中にもしっかり芯がある人だ。
実際に勘が良いし聡い。
ダン様がお育てになっただけのことはある。
すべての基本がしっかり出来ているのだ。
いまもあれだけの会話で「貴族は人前で感情を出さない」を理解された。
まるで真綿が水を吸うかのようだ。
そして、素直であり自ら非を認めることが出来る人だ。
昨晩のうちに図鑑のように分厚い貴族年鑑も丸っと覚えてしまっている。
リアーノ嬢なら、舞踏会で上手く身代わりを務めてくれるだろう。
「フィリップ様?」
「ああ…すみません。私はステファニーと最後に交わした言葉が「愛していないとは言っていない」なんです。最低ですよね」
淋しそうに苦笑いされた。
フィリップ様にこんな表情をさせるなんて、お姉様は罪作りな人ね。
「お姉様はその後に続くはずだったフィリップ様の言葉を聞かずに飛び出されたのでは?」
「!!!なぜ、それを」
フィリップ様が驚いた表情をされる。
「さっき、誤解を解かなければならないとおっしゃっていたので、本当はそのあとは愛の言葉を口にされるおつもりだったのではないかと察しました」
「リアーノ嬢には敵わないな」
フィリップ様の顔が少し赤い。
「フィリップ様、早くお姉様を見つけましょう。その先の言葉を必ずお姉様に伝えてくださいね」
わたし達の後ろで会話も聞いていたターナさんも深く頷いていた。
読んでいただき、ありがとうございました。
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