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教会と叙事詩

 時は少し遡る。

 3か月ほど前だった。初冬の暖かい日。

 少し時間ができたので、いつものように平民の装いをして、ひとりで王都を散策していた。

 わたしの名誉のために言い訳すると、この散策も立派な「視察」である。

 決して、趣味とか遊びでない……としておきたい。

 この、ひとりで散策が婚約者であるフィリップに見つかると過保護なぐらいいつも心配をして説得に大変なのだが、その日はフィリップにも見つからず、すんなり王城から抜け出すことが出来た。

 

 王都のはずれの古い教会。

 以前からこの古い教会は長いこと廃墟だった。

 ニシアでは教会が廃墟になっていることは、そう珍しいことでもない。

 

 ニシアでは宗教らしい宗教はないのだ。

 ずっと昔は宗教があったらしいが、大きな宗教戦争を境になくなったらしい。

 だから、教会の廃墟が多いのだ。

 古い禁書になっている叙事詩の本にも書いてあった。

 

 だから、ニシアはこの世にある全てのものに命が宿っており、その全てが神であるという考え方だ。

 つまり、道に転がっている石も、その辺に生えている草木も全て生命が宿っており、神なのだ。

 

 そんな宗教観のニシアで廃墟になっていた教会が、ここ最近、誰かが手を加えて住みだしたようだった。

 

 わたしはその古い教会の建物の歴史的価値が気になっていたので、手を加えた者がどんな人物なのか俄然、興味が沸く。

 そんなことを考えながら眺めていたら、ちょうど住民らしき者が教会から出てきたのを見かけ、すかさず声を掛けた。


「こんにちは。ここは教会ですか?」

 痩せ気味で目がギョロっとした中年の男は、突然わたしに声をかけられたにも関わらず、柔和な笑みを浮かべた。

 

「そうですよ、お嬢さん。最近、この古い教会を様々な人が集えるように買い取って修理したんですよ」


 そう説明されて、思わず建物をまじまじと見上げると屋根もしっかり修理され、割れていた窓も交換されて綺麗になっていた。

 

「中を見せていただいても?少し、お祈りとかもできます?」

「もちろん。どうぞ中にお入りください」

 ギョロ目の男は躊躇することなく、教会の大きな木の扉を開けて中に招き入れてくれた。


 中は外国によくある教会とは様子が少し違い、前方にある祭壇らしき場所に、大きな絵画が掲げられており、美しい女神が描かれていた。

 私はその美しい女神の絵画のことを詳しく知りたくなり、痩せ気味のギョロ目のその男に質問を幾つかぶつけると、わたしが宗教に興味があると勘違いしたのか、熱心に語り出した。

 

 400年ほど前、この大陸には豊穣の女神が降臨されており、その女神を守る集団があった。

 その集団は豊穣の女神を守るために権力も民への求心力も財も全てを持っており、王族と同等の立場でもあった。

 しかし、とある年に干ばつが酷く、飢える者が出てきた。

 いままで女神を守るその集団を良く思っていなかった王族は、干ばつは豊穣の女神の力が偽物だからだと言いがかりをつけ、飢えに苦しむ民の怒りの矛先を豊穣の女神に向けさせた。

 そして、干ばつに苦しむ各国の王族達が団結して、豊穣の女神を祀る全ての教会を破壊し、その豊穣の女神を守る集団の権力や財を取り上げ、信者で集うことや布教さえも禁じた。

 権力や財を失った集団はみるみる衰退し、長い年月とともに多くの人に豊穣の女神は忘れられていった。





「あの娘は帰ったのか」

 奥の部屋で様子を伺っていた司教がステファニーが帰ったのを確認して、出てきた。

「ええ。声を掛けられた時は驚きましたけどね。この古い建物に興味があっただけなようなので安心しました」

 

「ふーん」

 司教は曖昧な返事をしながら、噂話やお化粧の話ではなくて、建物の歴史などに興味がある変わった娘が世の中にはいるもんだと不思議に思う。

 昔と違い、最近は若い娘も学校に行くようになった所以だろうか。

 

「彼女は母が病に伏しているようで祈りの場を探していたというのもあるようですね」

「その娘の身元は?」

「身なりは中流の商家のようですが詳しいことは」

「そうか。まぁ使えそうだな」


 我々の目的はただ一つ。

 この大陸にある全ての国を征服し、我々の教団を頂点とした宗教権力の復権だ。

 いまは宗教的秘密結社だが、これから信者をもっと増やし献金も増やす。

 我々は400年前の豊穣の女神を守っていた集団のように、いやそれ以上に全てのものを支配する宗教集団に返り咲くのだ。

 そして今は少しずつそれを実行出来る力をつけつつある。

 伝統ある宗教がこんなに衰退したのは王権に害されたからであり、奴ら王族達を400年前の我々と同じ目に遭わせてやる。

 俺は栄華を極めた400年前のように戻せと女神からの啓示を受けたのだ。

 武力で大陸を征服し宗教権力の復権をせよと。

 


♢♢♢


 わたしは、ギョロ目男が伝説と言って話す話が、途中から心にひっかかるものがあった。

 わたしが知っているそれとは全くの別物だ。

 急ぎ王城に帰り、もう一度叙事詩を確認し、図書室で消えた宗教について調べることにした。

 そしてあの者達についても。


 確認すればするほど、叙事詩に出てくる宗教集団と、あの古い教会の者たちが似通っている気がする。

 まさか。

 でも王族を敵視するような、ヒリヒリとした嫌な感じがする。


 わたしの知る叙事詩はこうだった。

 400年ほど前、この大陸には2大勢力の宗教集団があった。

 その頃は王族と同等の立場であり、2大宗教集団は権力も民への求心力も財も全てを持っていた。

 その2大宗教集団は崇拝する女神が一緒なのにちょっとした解釈の違いで大変仲が悪く、干ばつの年にとうとう騒動が起き、そのうち紛争となった。

 それがどんどん各地に広がり、大陸全土を巻き込んで大きな宗教戦争に発展をした。

 その大きな宗教戦争に各国の王族が団結して介入、そして鎮圧。

 全ての教会を王権で破壊し、宗教集団の権力や財を取り上げ、信者で集うことや布教さえも禁じた。

 それは無駄な争いから民を守るためだった。

 権力や財を失った宗教集団はみるみる衰退し、多くの人に忘れられていった。

 そして、この世にあるすべてのものが神となったのだ。

 

 

 とりあえず、この禁書である叙事詩を王立図書館から持ち出した。

 この説明できない違和感。

 

 真面目で心優しいあの子なら、どう思うだろう。

 

 ふと、長い時を経てようやく会えた双子の妹の意見を聞いてみたくなった。

 いつもなら、間違いなくフィリップに相談をしている。

 でも、わたしの婚約者であるばかりに、未来の王配ということでここ最近は特に忙しそうに仕事をするフィリップを見て、違和感を感じるだけで相談をすることに躊躇してしまった。


 彼にこれ以上の負担をかけることはできない。

 

 そして、いまはまだ違和感や直感だけだが、なにかが起こりそうな予感がする。

 それを信じてわたしに出来ることをしておこう。


 あれから、執務の合間の時間を見つけてはあの教会に午前中を中心に足を運び様子を見ることにした。

 通ううちに気づくことがあったからだ。

 

 午前中を中心に通ったのは、午前中に司教っぽい男の講話とちょっとしたお茶会の時間があったのだが、その参加者達の一部の者の様子が明らかに少しずつおかしくなり始めたのだ。

 主催者である司教っぽい男となにかを取引をしている姿をよく見かけるようになった。

 

 そして、講話の後に出されるお茶やクッキーになにかが混ぜられていることにも気づいた。

 わたしは少々の毒物などには免疫があるし、薬草の類いには敏感だ。

 

 幻覚草か。

 ますます怪しい。

 

 そして、あの日も参加しようとしてフィリップに見つかり、少し言い争いをしてそのまま飛び出して、このザマだ。

 

 船に押し込まれ攫われてもう随分と日にちが経った。

 今ごろ王城では静かに且つ、物凄い緊張感でわたしを必死に探している頃だろう。

 わたしの日にちの感覚が間違っていなければ、そろそろ友好国の王族へのフィリップのお披露目の舞踏会だ。

 

 フィリップ、本当にごめんなさい。

 こんなことになるなんて。

 あの時、あんなつまらない言い争いで飛び出すんじゃなかったといつも寝る前に思い出す。


 もっとわたしが懸念したことを早い段階から貴方に相談しておくべきだった。

 今となっては、どれだけ激しく反省と後悔をしてもどうにもならない。

 国民を再び、戦争の渦に巻き込まないためにも、わたしにしかできない好機だと信じ、ここで闘う。

 だからフィリップも貴方らしく、冷静にこの難局を乗り切っていると信じている。


 きっと、あの真面目で心優しい妹も一役買っているに違いない。


 わたしが送った叙事詩の真意に気づいてくれることを信じて。

読んでいただき、ありがとうございます。

ポツリポツリですが更新していくので、楽しみにしていてください。


★「続きが早く読みたい」と思われた方や面白いと思われた方、ブックマークや下記の評価をどうぞよろしくお願いします!

作者のモチベーションが上がります。



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