祈り
夜の街道を馬で走り抜けて、あっという間に王都サハに着いた。
今宵は冷えるものの、まだ月が明るくてよかった。
寝る支度をするような時間なのに、事務室には小さな明かりが灯り、事務室の扉を開けるとダーリア殿とライラ嬢が心配顔で待っていた。
夜食の差し入れを持ってきたとナンシーさんまでいるではないか。
「「「おかえりなさいませ。アッサム殿下」」」
みんなが一斉に立ち上がり、駆け寄ってくる。
「みなさん、こんな時間までありがとうございます」
いつのまにか、安心できる場所になったこの事務室と執務室。
緊急事態発生でここに戻るまで気を張っていたが、いつもの面々の顔を見たら、ホッとした。
「みんな、おつかれさん。さあ、我々もいまからがんばりますか」
後から続いて入ってきたホーシャック室長が面々を見ながら、満面の笑みだ。
「我々も?」
すかさず、ライラ嬢がホーシャック室長にツッコむ。
このあたり、相変わらずライラ嬢は鋭いと思う。
「そっ、我々も。アマシアでもいろいろあってね。まずはそちらの報告を聞こうか」
「状況はかなり悪いですよ」
ダーリア殿が上がってきた報告をまとめてくれていたようだ。
ダーリア殿がこの言い方をする時は大概、本当に悪い時だ。
だんだんとわかるようになってきた。
主に火薬を製造をするエシオにある国営工場。
そして、投擲弾などの兵器も製造している。
このあたりの近隣の国々とは平和条約を交わしており、やたら滅多に兵器を勝手に製造することはできない。
クーデターなどに対応できるだけのあらかじめ決められた量だけを毎年、生産をすることを許されているし、もちろん武器を輸出することも、輸入することも禁止だ。
その原材料が盗難にあったのだ。
この盗難を放置し、盗難先での使用方法によっては、平和条約を交わした国々とのパワーバランスが崩れることもあり得る。
早急に盗難された火薬の原料を見つけ出さねばならないし、各国への報告も急がれる。
「まずは盗難された原材料の正確な数量は把握できていますか」
「ここに詳細があります」
渡されたか書類に羅列された数字を見る限り、相当な量で恐ろしいことになりかねない。
「すべての鉱山に発破で使用する火薬の入出庫の調査をかけてください」
「「「鉱山?」」」
皆が怪訝そうに聞いてくる。
「ええ、鉱山です。なんだか嫌な予感がします。鉱山で使用する火薬は本当に厳重に管理できているのでしょうか?」
一同が嫌な想像をして、黙る。
「まずは、早急に鉱山に連絡をとり、そして調査に行く文官の手配。鉱山の方には火薬の盗難の件は伏せておいてください。適当に在庫の調査とでも言っておいてください。それから、街道にある橋での荷物検査には近衛騎士ではなくて、第2騎士団に派遣の依頼。近衛騎士は王城と王都の警備の強化をしてもらいます。そして我々の「仲間」特殊部隊に裏の調査をお願いしましょう」
矢継ぎ早にアッサム殿下が指示を飛ばす。
「まずはわたしとホーシャック室長で陛下と皇太子殿下に報告ですね。エシオの国営工場と各国への対応もそこで相談します」
「わかりました。すぐに手配します」
ダーリア殿が大きく頷く。
「そうだ、ライラ嬢。これを」
防寒着の胸ポケットに入れていた預かりものをライラ嬢に手渡す。
「リアーノからです。お土産も渡したかったようなのですが、わたしの急な帰都で準備する時間がなく、手紙だけで申し訳ないとの伝言です」
「まぁ!リアーノから!」
難しい顔だったライラ嬢の顔が渡された封筒を見て、急にパッと明るくなる。
「後でゆっくり読みます。いまリアーノは?」
ホーシャック室長と目が合い、確認し合うように頷いた。
「リアーノは今夜ニシアに向かいました」
その場にいた皆の動きが止まり、息を飲んだのがわかった。
ライラ嬢が時が止まったような表情をしている。
「そんな顔をしないでください。ジーク殿が一緒なので心配はありませんよ」
「お言葉を返すようですが、それが1番危険なのでは?」
ライラ嬢はジークがリアーノに想いを寄せていることを以前から気づいている。
きっと、わたしがリアーノを手離したと勘違いしたに違いない。だから、なおさら真剣な表情だ。
「ええ。もちろんよくわかっています。それでもいまはジーク殿にリアーノを託すのが1番安全です。ニシアもいまは大変なことになっています」
事務室にいる面々にニシアの状況を報告した。
ライラ嬢は、なんとも言えない表情をずっとしていた。
そして、それぞれが皆、重い空気の中、慌ただしく動き出す。
陛下と皇太子殿下との話し合いは深夜まで続いた。
そして、ようやく私室に戻ってこれた。
灯りが煌々と灯り、暖炉に火が入っていて部屋は暖かい。突然の帰都にも関わらず、こんな深夜まで待っていてくれた使用人の心遣いがうれしい。
それでも、この部屋が無機質に思えるのはなぜだろう。
昨夜、ベランダでリアーノに会えたことも、今日は一緒にランチをとり、アマシアの砂浜でこの手でリアーノを抱きしめたことも、手を繋いで港町を歩いたことさえも幻だったように思えてくる。
大袈裟な立派な椅子に座り、ポケットからリアーノに渡されたシーグラスを取り出し執務机におく。
そして大きな執務机に肘をつき、両手を合わせ組む。
その両手に額をつけ、そっと祈る。
俺が行くまでどうか無事でいてくれ。
読んでいただき、ありがとうございます。
新作を書き始めました〰︎
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