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交差する思い

 あれからすぐに自室にもどり、旅支度をする。

 机の上に置いていた本も取る。

 お姉様がわざわざ送ってきて貸してくださった禁書である叙事詩の本。そして、挟まったままになっていた赤い花の押し花の栞を大事に布に包んで鞄の奥に入れる。

 お姉様が見つかったら、直接お礼を言おう。

 

 わたしは船でニシアの王都カイックに向かうらしい。しかも今夜に出発するらしいが、そんなことができる船がこのアマシアにあるのだろうか?


 その時、誰かが部屋のドアをノックした。

 開けるとジークだった。


「どうしたの?準備はもうすぐでできるわよ」

「急がせて申し訳ないな。ところでこれを着て欲しいんだ」

 少し申し訳なさそうにしているジークから服を受け取る。


「これって…」

 予想外の服に深刻な状況なのに思わず笑ってしまった。

「リアーノに悪いなって思うんだけどね。キーモンさんから」

 そう言って、ジークもすっごい悪い顔をして笑っている。


「わかっていてこれなんだ」

「まぁ、怒らず着てよ。リアーノを守るためだし」

 そう言って、またジークは可笑そうに笑う。 

「わかったわ。これを着ればいいのね」

 まったく、これでも成人女性なんだけどなぁ…

 この服って…

 

「最後の仕上げの小道具があるんだけど、それは船に乗る前に渡すわ」

 (まだ、他にあるのね)



 コンコンコンと次はベランダの窓がノックされる。

 きっと、アッサムだ。


「ジーク、ごめん。きっとベランダにアッサムだわ」

 そう言って、ベランダの窓を開けると、やっぱりアッサムだった。幼馴染だけにわかる少しムッとした顔をしている。

 (なんか、機嫌が悪い?)


「いま、ジークが来ていて。これを持ってきてくれたの」

 渡された服を見て、アッサムが少し驚いている。

「これって…。俺の少年の頃の服だよな。兄貴がゴソゴソしてたのはこれか」

 アッサムがクスッとなにかを思い出したのか、珍しく思い出し笑いをすると少し機嫌がなおったようだ。

 

「変装してニシアに行かないと行けないの」

「そうか、着替えるなら出直そうか?」

「アッサムのほうが急ぎでしょう」


 わたしたちのやり取りを見ていたジークが声をかけてくる。


「リアーノ。俺は邪魔だから下で待ってるわ。アッサムやリアーノはこうやって行き来していたんだ。気心の知れた幼馴染ってのはいいな」

 ジークがうらやましそうに言う。

「ジークも幼馴染ぐらいいるだろう」

 アッサムが声をかける。

「いるはいるけど、ややこしい男ばっかりなんだよな。女性はこっちからごめんだし」

 ジークはそういうと苦笑いしながら片手をあげて、下に降りっていった。

 公爵ご子息ってのは色々大変そうだと、つい思ってしまった。


 預かった服を置いて、アッサムが待つベランダに出る。

「寒っ」

 今夜も夜はよく冷える。

「アッサムは朝を待たずにもう出るの?」

「うん。いまから出た方が目立たないしな。それにリアーノももう出るんだろう」

「夜の海に出るなんて、狂気の沙汰だわ」

「まあ、船長は腕がいいから大丈夫なんじゃないか」

 アッサムがなんだか余裕そうに笑う。

 

「船長って知っている人?」

「よく知っている。あの男なら大丈夫だよ。むしろ、あいつにしか任せられない。リアーノは楽しみにしていなよ」

(アッサムがそこまで褒めるなんて相当に腕の良い人物なのね)


「リアーノ、荷物は少なめだ。身元がわかるものは絶対に持っていくなよ。名前が書いてあるパンツはダメだぞ」

 そう言うと、いつもの悪戯っ子のような笑顔でアッサムが微笑んだ。

「そして、よく聞いて。身代わりは常に危険であることを忘れるな。ステファニー王女殿下が行方不明になっている理由もいまはわからない。絶対に周りに気を許すな」

 アッサムの表情が硬くなった。きっと、レナード殿下の身代わりをしていた数年間はいろいろあったんだろう。その間のことはアッサムはいまでもあまり話したがらない。

 

「うん。ありがとう。しっかり覚えておく」

 それでもアッサムが少し心配顔だ。

「こっちを早く終わらせて、なんとしてでもリアーノに逢いに行く」

「わたしもお姉様が見つかるまで精一杯身代わりをがんばるわ。出来れば、わたしもお姉様を探せたらいいのだけど」

 そして、このお姉様の身代わりをすることで、少しでもアッサムが「レナード殿下」をどんな気持ちで身代わりをしていたのか、わかるといい。

 

「無理はするな。迷ったら…」

「「立場の違う5人に相談」」


 ふたりの声が重なり合う。

 アッサムの綺麗な黒い瞳とわたしの瞳の視線が重なり合う。

 アッサムがわたしを抱き寄せ、なにかを少し考えている。

 そして、いつもどおり頭をポンポンとした。

「わかっているのなら、良し!」


 わたしはポケットに入れたままのものを思い出した。

「アッサム、これを持っていて」

 ポケットをゴソゴソして取り出したのは、深い青のシーグラス。


「アマシアの海の色と一緒なの。お守りよ」

「気に入っていたんじゃないのか?」

「いまはアッサムに持っていて欲しい。ほら、身元がわかるものを持っているのはよくないんでしょう。でもこれならアッサムも大丈夫でしょう。それに…時々、このアマシアの海と同じ深い青色のシーグラスを見て、わたしを思い出して。だって、王都サハは綺麗なご令嬢だらけでしょう」

 恥ずかしくって、アッサムの顔をまともに見れなくて、下にうつむいた。

 独占欲丸出しで恥ずかしいけど、でも王都の綺麗で積極的なご令嬢達を想像すると、令嬢達よりいろいろと随分と劣っているわたしは、アッサムの気持ちを引き留めておく魅力が少なく、アッサムを信じているけど、不安がないと言えば嘘になる。

 

早く受け取ってほしくて、チラリとアッサムを見る。


「お守り兼、首輪ってとこだな」

 アッサムが嬉しそうにしてシーグラスを受け取ってくれてシーグラスを見つめている。

 その笑顔をずっと見ていたかった。


 そのあとはいつも通りに「おやすみ」と言って別れた。

 

 

「真下にいるんだろう。盗み聞きとは感心しないな」

「なんだ、バレていたのか」

 軒下から、ジークが出てくる。


 アッサムが足音もなく屋根を歩き、適当なところで静かに地面に降り立つ。

 

「ジーク、俺に話があるんだろう」

「そこまでわかっているんだったら、話が早い」

 ジークが少し言いにくそうにするが、ジークが俺に言いたいことはわかっている。

 

「リアーノのことだろう。もし万が一、ステファニー王女殿下がこのまま行方不明だった場合のこと。そんなことを考えたくもないけどな」


「俺がリアーノに身代わりを頼んで、こんなことを言える立場じゃないんだが、本当にリアーノを行かせて良かったのか。長年「レナード殿下」の身代わりを続けたアッサムならわかるだろう。どんなに陛下達がリアーノを大事に想っていても、政治は時に非情だ。「身代わり」がそのまま本物になってしまうこともあるんだ。そうなった場合、リアーノは俺の兄様と一緒にならないといけないんだぞ。アッサムがもう二度とリアーノに触れることも抱きしめることもできなくなる可能性もあるんだぞ。俺個人としてはニシアに連れて行きたくない」

 ジークがいつになく真剣だ。

 よほど、ステファニー王女殿下の捜索状況は良くないのか。

「わかっている。リアーノはステファニー王女殿下が必ず見つかると信じきっているから、そのことを全くわかっていないけどな」

 そんな真っ直ぐなところがリアーノらしいんだけど。

「その時は、無理矢理でも俺がリアーノを掻っ攫うよ」


 余裕の微笑みをするアッサムに、ジークが少し呆れたように苦笑いする。

「アッサム、俺を信用するなよ。リアーノと兄様が一緒になるぐらいなら、俺だってリアーノの婚約者に名乗りを挙げられる公爵家の子息の立場にいることを忘れるな。早くそっちを片付けて、早くニシアに来いよ。俺もいつまでも「いい人」をやる気はないぞ」

「それは脅しか」

「さあな。お互いやるべきことをするだけだ」

 さっき、リアーノに渡されたまま握っていたシーグラスをぎゅっと握る。


 ホーシャック室長が食堂から出てきた。

「時間だ。行ってくる。ジーク、リアーノを頼んだぞ」

「アッサム、リアーノを泣かせるようなことはするなよ」

「しっかり心に刻んでおくよ」

 

 ジークの「戦友」は防寒着の襟を立てながら、憎たらしいぐらいの余裕な笑みを浮かべると、あっという間に闇夜に駆けていった。


読んでいただき、ありがとうございます。

今回はちょいと長め。

いよいよ出発ですね。

作者的にはもう少し、リアーノとアッサムの街デートを書きたかったのですが、これはまた別の機会ですね。


★「続きが早く読みたい」と思われた方や面白いと思われた方、ブックマークや下記の評価をどうぞよろしくお願いします!

作者のモチベーションが上がります。


アッサム:シーグラスって知らんか?

ジーク :全く知らん。コップなん?

アッサム:波打ち際とかに落ちてるガラスの破片やで。

ジーク :落ちているもん拾ったら、家の者に怒られる。

アッサム:……。ほんまに公爵家ご子息なんやな。


こんな大阪弁のやり取りはなかったはず。





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