指輪のサイズを知りたい
「お嬢様、よかったら試しにこの指輪を嵌めてみませんか?」
「ありがとうございます。でも、わたしはここで待たせていただきますね」
勧められるがままに指輪を試して、断れない雰囲気になっても困る。
まず、持ち合わせがないし、こんな高級店での品物はひとつひとつが高そうで一番安いものでも、きっと払える見通しも立たない。
「そう、仰らずに。試してみるだけで大丈夫ですよ」
素敵な女性店員さんにそう言われて、無下に断ることも出来ず、ガラスケースから出てきた指輪を試してみることになった。
「どの指に嵌めてみられますか?嵌める指ひとつひとつに意味があるのはご存じですか?」
「そうなんですね。嵌める指によって、ひとつひとつ意味があるのは知らなかったです」
王道の左手や右手の薬指に指輪を嵌める意味はもちろん知っている。
友達との女子トークで、恋人にどのような場面で指輪を渡してもらったとか、この手の恋話は必ず盛り上がる。
さすがに18歳ともなると、婚約者がいたり、結婚している友達も多い。
初めての経験にドキドキしながらも、女性店員さんが次から次へと様々なサイズの指輪や宝石が付いているものがどんどん出してきてくれて、結局いろいろな指で試してみた。
「盛り上がっているね」
「アッサム!もう用事はいいの?」
「まあね。大体は目的を果たしたよ」
アッサムが女性店員さんに軽く会釈をする。
「気に入ったものがあったのかな?」
「どれも甲乙つけがたいぐらい素敵だったわ」
アッサムが出していただいたずらりと並んだ指輪をチラッと見る。
「リアーノは好きな宝石とかあるのか?」
「ううん。特には」
スカートのポケットに入れたままになっていた先ほどの青色のシーグラスを取り出す。
「宝石はまだまだわたしには早いわ。いまはこれで十分よ」
親切にしてもらった女性店員にふたりでお礼を言って店を後にした。
「お疲れ様。ありがとうね。助かったよ」
「あっ、オーナーもお疲れ様です」
エプロンをつけた作業着姿ではあるが、いかにも紳士といった雰囲気を纏った白髪交じりのオーナーが奥から出てきて、女性店員に労いの声をかける。
「使命はしっかりと果たせましたよ。先ほどのお嬢様の左手の薬指にぴったりのサイズはしっかりわかりましたよ。彼女の指に合う指輪が欲しいけど渡すまで内緒にしたいから、こっそりサイズを調べてほしいだなんて素敵な依頼ですね。お嬢様は彼氏さんに愛されていますね」
オーナーが外を歩いているふたりを窓から眺めながら、掛けていた眼鏡を外し、うれしそうに微笑む。
「そうだね。あのふたりが幼いころから知っているけど、やっとと言ったところかな。大事な指輪を昔馴染みだからと俺に託してくれるなんて職人冥利に尽きるよな。アッサムも義理堅いんだから」
「ところでオーナー、彼氏さんからはどんなデザインの指輪の注文があったんですか?」
「ああ、それは何年もかかる壮大な計画のデザインだよ」
「それ、すごく気になりますね。さあ、お茶でも入れますね。あとでこっそり教えてくださいね。」
宝石店が幸せの暖かい空気に包まれた昼下がりだった。
石畳のメインストリートが終わり、隣町へと続く海沿いの道をふたりで手をつなぎながら歩く。
「ねぇ、次はどこに行く?アッサムは久しぶりのアマシアでしょう。どこか行きたいとこがあれば付き合うよ」
アッサムがうーんと言いながら考えていたが、行きたいところを思い出したようだ。
「岬に行こうか。岬の先端から久しぶりにアマシアの夕日をみたいかな」
黒い瞳を輝かせながら、アッサムが岬の方を指をさす。
(岬!!)
「わたしも友達から噂を聞いて、行ってみたかったの!景色が素敵なんでしょ!」
(その噂が、岬の先端に善意のベンチが置いてあって、それに恋人同士で座るとふたりに幸せが訪れるというジンクスがあるんだけど、アッサムは知っているのかな)
ん?いま、「久しぶりに」って言ったよね。
恋人たちに密かに人気のある岬に久しぶりねぇー。なんか気になるっ!でも聞けない。
「そういえば、アッサムはいつまでアマシアにいられるの?」
とりあえず、もやっした気持ちを切り替えるために話題を変えてみる。
「一週間ぐらいの予定だよ。その間はホーシャック室長やダーリア殿とライラ嬢ががんばってくれているよ」
ライラさまとは、ダーリア殿とライラさまの結婚式以来でお会いできていないけど、お互いの近況を手紙でやり取りしている。
記念式典や準備でライラさまとあれやこれやと奮闘したことが、たった半年前なのに懐かしい。
「あとでライラさまにお土産を買いに行ってもいい?アッサムからお土産とカードを渡してもらっても良いかな?」
「いいけど、リアーノが直接渡せばいいじゃないか。そろそろ王都で一緒に暮らしてみないか?」
「えっ?」
目を見開き、アッサムを見つめてしまった。
さらっと発言したアッサムは照れているのか目を合わせてくれない。
「ごめん。さっきの発言、忘れて。俺の願望だから。さぁ、ここから岬の先端まで上り坂だ。がんばるぞ」
さっさと誤魔化され、つないでる手をグイっと引っ張られ、アッサムに引っ張られながら坂道を登りだす。
つないでる手がどちらともなく熱を持つのがわかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
今回はちょっぴり甘い。
アッサムが注文したデザイン、気になるでしょう!
どんなものかはお楽しみに。
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作者のモチベーションが上がります。
アッサム:「新しい眼鏡を作ろうかな」
オーナー:「どんなものを作ろうか」
アッサム:「サングラスが欲しい」
オーナー:「………似合い過ぎるからやめとけ。
イメージ商売だろ」
アッサム:「……ですよね」
きっと、宝石店奥の部屋でこんな会話があったとか、なかったとか。