孤児院にて
今日は生憎の空模様で曇天です。
わたしの心も同じです。
「あの… ライラさま、少しよろしいですか?」
孤児院訪問までには時間があるので、事務室で同行準備をしながら、ライラさまを呼び止める。
「どうしたの。不安そうね。リアーノ、大丈夫?」
「いえ、全然大丈夫じゃないんです。わたし、貴族の男性と免疫がないんですが、レナード殿下とどう接していいかわからなくて。あんまりお話しをしなくて、ついて行くだけの感じで良いですか?」
「あら、そうなのね。心配しなくて大丈夫よ。レナード殿下は見ての通りお優しいし、きっと大丈夫よ。リアーノ、がんばってね。」
ライラさまの満面の笑みに励まされる。
レナード殿下とは、一緒の馬車に乗せていただいた。わたしの正面に座っておられる殿下は、眼鏡のブリッジを触りながら、真剣な眼差しで書類に目を落としている。
麗しい…
「リアーノ嬢は、アマシアの出身だったかな。アマシアも王都と一緒で記念式典に向けて、賑わっているらしいね。」
「はい。そうなんです。いつもより、たくさん船も来るので人が多いですよ。」
レナード殿下、やっぱりお優しい。
書類を見ながらも、緊張しているわたしを気遣って、お話しをしてくださる。
「リアーノ嬢は、アマシアで好きな場所はあるかい?」
殿下が書類から、顔を上げられる。
「それはすごくオススメの場所がございますよ。地図ではわかりにくいのですが、港から少し外れたところに小さな砂浜がありまして、人があまり来ないので砂浜を独占です。」
「それはいいね!ぜひ一度は行ってみたい。」
レナード殿下が面白そうして話にのってくださる。
見た目が麗し過ぎて近寄りがたい雰囲気だったけど、お話しをしてみると意外にお話しをしやすい方なんですね。
孤児院では、可愛い子ども達の歌や劇の発表があり、最後にレナード殿下からお礼のカードを渡して無事に終了。
もう帰る段階になった時に、子ども達から、かくれんぼうのゲームのお誘いがあり、レナード殿下もわたしも少し参加させてもらうことになった。
「では、20秒数えますのでお庭の中なら、どこに隠れてもいいですよ。」
院長先生が鬼役を引き受けてくださり、子ども達がキャッキャ言いながら、蜘蛛の子を散らすように走って行く。
近衛騎士さまは、お庭に不審者が侵入して来ないか、見張られていますので、わたしはレナード殿下の同行ということもあり、殿下から少し距離を取りながらも、行かれる方について行く。
「リアーノ嬢、こっちに」
グッとわたしの手首を掴まれた。
「えっ、ええ。」
咄嗟のことに戸惑いながら、物置の影に2人で隠れる。
殿下はまだ、手を離してくださらない。どうしたらよいものかと、一瞬困っていると、レナード殿下は悪戯っ子の目をして、こっちを見られた。
眼鏡の奥の綺麗な黒い瞳と目が合う。
…あれ? うーん…
この瞳を見たことがあるようなーーー
どこでだっけ… 気のせい…??
院長先生がウロウロする足音や子ども達の見つかっちゃったーという元気な声が聞こえる。
しばらくお互い見つめ合い、視線を逸らすタイミングを逃す。
その時だった。
ピカッと光った瞬間、酷い地響きとともに雷鳴が…
「キャアアアーーーー」
思わず、大声で叫んでしまう。
「!リアーノ!!大丈夫だから!」
殿下がすかさず、掴んでおられたわたしの手首を自分の方にグッと引き寄せられ、弾みでわたしは殿下の胸に当たる。
「…殿下、…すみません。」
レナード殿下のもう一つの手が、わたしの背中に回され、抱き寄せられる。
「…雷、苦手だったよね。」
耳元で小さく呟かれる。
(…んん。そうだけど…。あれ?)
強い風が吹いたと思ったら、ポタッポタッと大粒の雨が降ってきた。
殿下が濡れてしまう!
「レナード殿下、雨に濡れてしまいます。建物に戻りましょう。」
「そうだな。みんなが風邪をひいてしまう。かくれんぼうは中止だな。」
なにもなかったように、早歩きで行かれる。
さっきのはなんだったんだろう…
とにかく、次にピカッと光る前にここは建物に避難です。