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最終話





 あれから、2カ月。

 わたしはアマシアに戻り、王都に行く前の生活と同じ食堂を手伝う変わりない日常を過ごし、そしてたまにカード作りの仕事をしている。

 以前はアッサムがちょこちょこと仕事の話を持ってきてくれたけど、いまは自分の足で宣伝をしながら、仕事をもらっている。

 いつかはカードを作ったり代筆をする自分の小さな店を持つことを夢に、それに向かって少しずつがんばっている。

 ひとつ、以前と変わったことと言えば、なぜかジークとステファニー王女殿下が食堂に居候していることだ。


「リアーノ、この料理はどこのテーブル?」

「お姉様、タオさんのテーブルにお願いします。」

「了解!任せておいて!」

 どこの国の王女殿下が街の小さな食堂でお給仕をするんだろう…

 ステファニー王女殿下、そう呼ぶと怒られるのであえてお姉様と呼ぶようにしているが、どうやらお姉様は結婚するまでのあと半年の間、ご自分の結婚式の準備の方が忙しいのにも関わらず、姉妹の時間を取り戻しに来てくださったのだ。


「おい、ジーク。出来上がったか?」

「師匠、いい焼き上がりですよ。」

 厨房は厨房で楽しそうにしている。

 ジークはおじいさまの「弟子」を志願したらしい。


 王都サハから帰ってきて、おじいさまとゆっくり話をした。

 わたしはそこでおじいさまのたくさんの秘密を教えていただいた。


 おじいさまはニシア国の先の陛下の王弟だった。若い時に王宮のような息苦しいところでは生きていられないと、さっさと廃位にしてもらい、王家を一人で出て、世界各地を旅をしていたらしい。

 なるほど。だからうちの食堂には、「帰れ!鶏肉へ」のような某国の亡命者が教えてくれた料理が看板料理だったりするのだ。妙に納得してしまった。

 ニシア国の現在の陛下、つまりステファニー王女やわたしの父が幼い時は、短い間だったが剣の稽古の相手や帝王学をおじいさまが教えていたと。いまでも陛下は、おじいさまを叔父や師匠と思っていてくださるらしく困っているんだと目を細めて話してくれた。

 おじいさまは、セイサラ王国のアマシアで古くからセイサラ王国の影として働く一族の長の娘のおばあさまと恋に落ちて一緒になり、食堂を隠れ蓑にセイサラ王国とニシア国を取り持つ両国の特殊部隊の任務をしていると。

 アッサムのアマシアの義両親も同じ一族であるとのことだった。


 聞けば聞くほど、驚くことばかりであった。


 おじいさまは王弟だったから、双子にまつわる伝説を知っていた。

 そして、おじいさまは自分の兄が伝説を信じ、孫娘を殺す命令をしたのは、あれはあれで国を守ろうとしていたんだろうと。リアーノには、本当の両親の元で育ててやることが出来ず、兄に代わって謝りたいと仰った。

 わたしはおじいさまとおばあさまに育てられて、幸せだと伝えた。


 アッサムとは、あの一連の事件後の夜に倉庫の屋根で会ったきりだ。

 2週間に1回は手紙を送ってくれていたが、読むと決意が揺らぎそうなので、読まずに引き出しに大事に入れている。そして、手紙を運んでくれる使者に、もう手紙は送らないで欲しいと、伝言をお願いした。

 市場に集う王家の影もびっくりの情報通のおばさん達によると、アッサム殿下は外交や視察で各国や国内を訪問してはあまりの麗しさに国内のみならず、各国の世の女性の心を鷲掴みにしているらしい。

 王都の貴族令嬢も目の色を変えており、アッサム殿下が出られる舞踏会はちょっとした戦場になっているのだとか。

 面白い話はだいぶ盛られていると推測されるが、アッサム殿下が大人気であることはよくわかる。

 自分のことのようにうれしい。

 でも、遠くの存在になったことを改めて実感する。



 今日はお店の定休日だ。

 前からジークとお姉様が一度は行きたいと言っていた例の港から少しはずれの、わたしのお気に入りの小さな砂浜にピクニックに来た。


「ここがダン様がお話ししてくださっていたリアーノが上陸した砂浜なのね!」

 お姉様がうれしそうに砂浜を駆けている。

「ステファニー様、走られると転けますよ!」

 お姉様の護衛も兼ねているジークが叫ぶ。

 ジークは追いかけるのを諦めて、砂浜に腰を下ろした。

 わたしがお姉様を追いかけ、ふたりで波打ち際で遊ぶ。

「あんな悲しい双子の伝説がなければ、私達はもっと小さい時からこうやって、遊んでいたのよね。」

「そうですね。でも、結果的にここで護衛も付けずに遊べることが出来たので、これはこれで良かったです。」

「そうね。」

 ふたりでコロコロ笑い転げる。

 しばらくふたりで波打ち際で遊ぶ時間はいままでの空白の時間を埋めるかのようにそれは楽しい時間だった。

 砂浜に目をやると、ジークが立ち上がって松林の方に向かって誰かに手を振っている。


「…アッサム!」


(…どうして。)


どんなに遠くにいても見間違えることはない。

あれは間違いなくアッサムだ。

 ゆっくりこちらに向かってひとり歩いてくる。


「やっと来たわね。」

 お姉様が呟く。

「えっ?」

「リアーノ、あなたがアッサム殿下のためを考えて身を引いた理由は理解しているわ。愛する人を想って身を引くことは、なかなか出来ることではないわ。でもね…。」

 お姉様が立ち止まっていまにも逃げ出そうとするわたしの手を握って、砂浜にいるアッサムの方に向かって手をぐいぐい引いて歩いていく。

「あなたの周りには、わたしを含めあなたの幸せを願う人間がたくさんいるのよ。もっと、周りに相談しなさいよ。その点、アッサム殿下は優秀よ。使えるものは全て使って、あんな過密スケジュールの記念式典の日にお父様とお母様をあなたに引き合わせる計画を捻じ込んだんだもの。相当、根回しをしたみたいね。それに今日だって…」

 確かにアッサムは、倉庫の屋根で会った時にそれは調整すると言っていた。

 そうだったんだ。アッサムの尽力があったから…


「ねぇ、リアーノ。あなたは私の妹よ。忘れないで!」


 そう言うと、お姉様がわたしの背中をドンっと押して、近づいてきたアッサムの前に押し出す。


 近づいてきたアッサムが目の前にいる。

「久しぶりだね。リアーノ。」

 レナード殿下の身代わりの時のような眼鏡も長い髪もなく、見慣れたアッサムだ。

 でも、着ている服は上質でやっぱり殿下なのだと思わせる。アッサムの黒髪と黒い瞳によく合った黒いマントも羽織っている。

 それが風になびいて更に凛々しく見え、思わず見惚れる。

 「…。アッサム殿下。お久しぶりでございます。」

 一歩下がって、恭しくカーテシをする。

「リアーノに手紙は送ってくるなと言われたので、来るしかないよね。」

 アッサムの目が笑っていない。

「…それは…。」

「俺のことが嫌いになった?」

 胸が苦しくて声が出ない。


 いまでもこれからもずっと愛している。


 でも、首を横に振るのが精一杯だ。

「ねぇ、リアーノ。身を引いたのは俺のためか?」

 「そうだ。」と、正直に言える訳がない。

 隣にいることは許される身分ではない。

 決死の思いで会わないと決意している。

 俯いたまま、無言を貫き、顔を上げることができない。

 涙が溢れそうだ。


「身分など関係ない。リアーノはリアーノだ。俺の側にいてくれ。俺は二度とリアーノを手離さないと前にも言った。」

 アッサムの腕がわたしを抱き寄せる


 そう… この腕の中が一番わたしが安心の出来る場所。

 アッサムの温もりが心地よい。

 アッサムの温もりで決意が解かされていく。 

 涙が溢れ頬を伝う。


「いろいろごめんなさい。でも、わたしがアッサムの側にいたら… ずっと迷惑をかける。」

「それは関係ない。どんな苦労もリアーノとなら、乗り越えられる。」


 見上げるといつもの優しい眼差しで頭をポンポンとアッサムがする。

 爽やかな潮風が吹き抜ける。

 思わず、見つめ合い微笑んでしまう。

 そして、アッサムがわたしを離して一歩下がり跪いた。


「リアーノ・ニシア嬢、愛している。わたしと結婚して欲しい。」


 アッサム…


「……はい。」


 アッサムが少し照れながら、もう一度わたしを優しく抱き寄せる。

「もう、離さない。」

「…うん。」


 松林の方が騒々しいことに気づく。

 近くで見ていたお姉様が涙を拭って、クスッ笑った。

「みなさん、こっそり見ていたようですね。」


 騒がしい一団が砂浜に向かってぞろぞろと歩いてくる。

 ジークが駆け寄っていく。


「おーい、アッサム!上手くいったか?」

「ダン爺!ありがとう!いい返事をもらえました」

「アッサム、おめでとう!」

 おじいさまが破顔だ。

 おじいさまの横に並んで歩いていた男性達が握手を交わしている。

 後ろに続く女性達がキャーと言いながら、抱き合って喜んでいる。


「リアーノ、あなた達のお父様、お母様達よ。」

 よく見ると、おじいさまの横の男性がニシア国の陛下にセイサラ王国の陛下にアッサムの育てのお父様だ。

 後ろの女性達は、両国の王妃様におばあさまとアッサムの育てのお母様。

 おじいさまが駆け寄ったジークとなにか言葉を交わし肩を抱いている。


 アッサムがうれしそうに笑って、手を振っている。

「アッサムは知っていたの?」

 すごいいたずらっ子の顔をアッサムがする。

「全部俺が考えて、みんなに協力してもらった。」

「ええっ!どこから?」

「ステファニー王女殿下がアマシアに来るところから!」

「ええっ!そんなところから!」

 お姉様が慌てて反論する。

「リアーノ、誤解のないように言っておくわ。わたしはリアーノと過ごしたかったから、アマシアに来たのは私の意思よ!それにアッサム殿下が乗っかってきたのよ!」

「お姉様!いろいろありがとうございます!」

「アッサム殿下にはたくさん貸しも作れたし、良かったわ!」

「貸し?ですか?」

「ええ!ジークが居候してリアーノに接近するのを心配して、わたしになんとかしてほしいって。」

「まあ!」

 3人でジークの方を見る。


 各国の王族が互いに抱き合って、喜んでいる。

「幸せな光景だな。」

「本当に。」


 気づけば、砂浜にはカモメではなく、たくさんの伝書鳩が上空を飛んでいる。

「鳩… いつの時代も平和の象徴でしたね。」

「そうだな。」

 お互い伝書鳩を見つめ、遠い未来を想った。


ありがとうございました。

これで本編は終わりますが、本編で書けていないエピソードをまた書けたらと思っています。

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