記念式典
ジークに続いて来賓室に入っていく。
会話が途中で止まり、一斉にこちらに視線を向けられた。
応接セットの前で立ち、ジークが紹介してくれる。
「お待たせしました。リアーノです。」
心が震える。
3人が目を見開くのがわかった。
深いブルーの色でまとめられた正装姿の男性の方が声を掛けてくださる。
「…リアーノなんだね。」
わたしはカーテシーをする。
「ご紹介に預かりましたリアーノでございます。」
深いブルーの正装姿の男性の横に座っておられた綺麗な水色のドレスの婦人が手で顔を覆い、「ああっ…」と声を漏らされる。
「リアーノ、ニシア国の陛下ご夫妻であられるよ。」
ジークが恭しく紹介してくれる。
陛下が立ち上がり、わたしの手を取り引き寄せられた。
「会いたかった。」
わたしの手を掴んでいる陛下の手に力がこもるのがわかる。
わたしの瞳と同じ紅茶色の瞳と見つめ合う。
王妃様も立ち上がられた。
「リアーノ!!」
ふわっと抱きついてこられた。
大きくて柔らかくて、いい匂いの王妃様。
「リアーノ、リアーノ…」
王妃様は涙声だ。
立ち尽くすわたしに陛下は、まだ手をぎゅっと握られ、優しく微笑まれた。
温かい眼差し。
わたしの瞳がみるみる潤み出す。
ひとすじの涙が溢れ落ちた。
「…ずっとおふたりにお会いしたかったです。」
ポロポロと涙が頬を伝う。
「あ、あの… わたしの命を守るためにおじいさまに預けてくださったこと、大変感謝しております。」
言えた。言えた… 一番伝えたかったこと。
「…リアーノ、手離してごめん…ね…。」
王妃様がわたしの肩でエグエグ泣きながら、言われる。
「なにもしてやれなくて、悪かった。」
陛下の紅茶色の瞳も潤んでいる。
わたしは頭を横に振る。それだけで精いっぱいだった。
しばらく無言のまま涙だけが零れ落ち、お互い声にならなかった。
反対側に座っておられた男性も立ち上がってうれしそうにずっと一部始終を見守ってくださっていた。
少し落ち着いたところで、横のジークを見る。
「父だよ。」
この方がフォンデル公爵。
「あ、あの… 公爵様。おじいさまから聞きました。わたしの命を危険を冒してまで救ってくださりありがとうございました。そして、この度は別邸の方では滞在もさせていただき、ありがとうございます。」
ペコリとお辞儀する。
白い髭を豊かに蓄えておられるフォンデル公爵も優しく微笑まれた。
「いえいえ、リアーノ様が立派にご成長されてなによりです。そして今回はお構いもできずで。愚息がお世話になりました。」
「いえいえ、わたしの方がジークフリート様にお世話になりっぱなしでした。」
ふふふと微笑み合う。
「父上、あまりリアーノに変なことを言わないでくださいよ。」
「お前はなに妬いているんだよ。」
「もう、いまそういうのじゃないから。」
普段はしっかりしている印象のジークが、公爵様の前では子供っぽく拗ねているのが意外だ。
扉がノックされる。
「みなさん、そろそろお時間ですよ。」
おじいさまが顔を出された。
「ダン!俺はまだまだリアーノと居たいんだが…」
「それはこれから時間がたくさんあるからいまは我慢してください。陛下、まずは大人しく式典に出席してください。」
「ええーー ダンはいつも意地悪だな。」
なんだか、陛下とおじいさまの関係って…昔からの知り合い?そういえば、おじいさまは特殊部隊だったんだ。
「陛下の親戚で師匠らしいぞ。」
ボソッと横でジークが耳打ちしてくれた。
師匠?? 親戚? なんの?
これも今後ゆっくり聞き出さねば。
記念式典が厳かに始まった。
わたしは涙の跡を拭いて、なにもなかったように受付に戻る。
ライラさまが受付の片付けを終えて、待っていてくださった。
「ライラさま、途中で席を外してすみませんでした。」
「大丈夫よ。無事に受付は終わったわ。」
ライラさまが少し心配顔だ。
「リアーノ、大丈夫?目が赤いわ。泣いたの?」
ライラさまには本当のことは言えないのが心苦しいがいまは仕方ない。
「はい、大丈夫です。向こうにおじいさまがおられました。」
「…そうだったの。わたしはフォンデル様が来られたから、てっきり… ま、いいわ。」
「??」
「式典、始まったわね。わたし達も中に入りましょう。」
大広間に入って、一番後ろの壁に沿ってふたりで並び立つ。
壇上には、レナード殿下が皇太子殿下の横に並んで座っていた。
金の装飾が施された真っ白い正装姿が黒髪と黒い瞳をより一層引き立たせる。
相変わらず麗しい姿に見惚れてしまう。
この姿を目に焼きつけておこう。
遠い人となる幼馴染の、そして愛する人の晴れ姿を。
アッサムはレナード殿下になるんだ。
ひとすじの涙が頬を伝う。
記念式典も残すところは陛下の挨拶で終わりだ。つつがなく終了だと思われた時だった。
「みなさまにお話ししなければならないことと、紹介したい者がいる。」
そう陛下が言うと話がはじまった。
建国300年間、ずっと秘密にされていたある伝説がセイサラ王国の王家にはあった。
双子は不吉である。
なんの運命か、レナードは実は双子であった。
大広間は水を打ったようにしんと静まりかえり、誰もが王の話を聞き入っている。
皇太子殿下とレナード殿下は顔を見合わせている。
双子の兄の方のレナードは、みなさまもご存知のとおり、病弱で外に出ることもままならなかった。
もうひとりの双子の弟の方は生まれてすぐに不吉だと言われ、人に預けられ、王家とは遠い土地で暮らしていたと。
6年前、レナードは亡くなりました。
大広間にいる人が息をのむ。
レナードの死を公表せず、レナードの身代わりとして双子の弟を王都に呼び寄せた。
レナードの身代わりを完璧にこなす双子の弟。こんなことは間違っているのに自身は悩みながらも文句ひとつも言わない。
「アッサム、ここに。」
陛下がレナード殿下の方を見て、呼んだ。
レナード殿下が戸惑っていて、立ち上がらない。
隣の皇太子殿下が立ち上がり、レナード殿下の手を取り、陛下のところへと促す。
ようやく皇太子殿下に手を引かれ、陛下の横に立つレナード殿下。
「わたしの息子のアッサムだ。」
黒髪の麗しい殿下が陛下と並び立つ。
「いままですまなかった。アッサムを苦しませてしまった。」
陛下がアッサムを抱擁する。
驚きながらも、陛下より少し背の高いアッサムも陛下を抱擁する。
目の前に起こっていることが信じられない。
なにが起こっているのか…
ライラさまを見ると、ライラさまも信じられないといった表情で見返してくる。
古いことには意味があり大事にしないといけないこともある。
でも、これからは古いことも大事にしつつも古いことに囚われず、時代の移り変わりに合わせ、これからの新しい時代に合わせて出発していきたい。
新しいセイサラ王国に期待して欲しい。
大広間の人々が総立ちになり、割れんばかりの拍手が広がる。拍手が鳴り止まない。
セイサラ王国は双子の秘密を公表した。
それと同時にアッサムは「アッサム殿下」として、認知されることになった。
レナード殿下のお別れ会は後日、行われることも発表された。
本日もありがとうございました!