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守るもの



「…アッサム…」

 胸が張り裂けそうで辛い。

 意味はわかるよ。

 アッサムの気持ちがすごくうれしい。

 声をあげて泣きたくなるほど、うれしい。

 思わず、わたしを抱きしめているアッサムの腕を強く握ってしまう。


 でも…

 アッサムは身代わりでもなんでもなく、紛うこと無きセイサラ王国の第二王子だ。

 記念式典がくれば、国民に病気から回復して健康である第二王子として周知される。

 わたしの気持ちを優先してはいけないことぐらいわかる。

 アッサムがその名前を捨ててまで覚悟したこと、そしてレナード殿下としての前途有望な未来に…

 

 ジークが仮面舞踏会の時に「アッサム殿下」と言っていたことが思い出された。

 そういうことだったんだ。

 ジークはもうすでにあの時にはわかっていたんだ。

 だから、あんな付き合うだの婚約だの嘘をついてまで、わたしを守るためにニシアに連れて行ってくれようとしたんだ。

 なんだか、いろいろなことがストンと腑に落ちた。


 「…アッサムは第二王子よ。わたしは食堂の養女。一緒にはいれない…よ…」


 ようやく、言葉が出た。

 それが現実だ。


 すべてを包み込んでくれるアッサムといるのは安心できて心地いい。

 兄のようなアッサム。一緒にいて当たり前だったアッサム。

 当たり前過ぎて、自分の気持ちに少しも気づいていなかった。

 でも、ここ何ヶ月かは「レナード殿下」として一生懸命のアッサムに、気持ちを素直に伝えてくれるアッサムに惹かれ、自分の気持ちにようやく気づいた。

 

 ずっとそばにいれるなら…

 離れたくない。

 どんな苦労をしても…

 でも、アッサムにその苦労をさせる?

 きっと平民のわたしといれば、アッサムいえ、レナード殿下は非難されるだろう。


 

 記念式典が終われば、わたしはいまの仕事が終わる。

 そして、アマシアに帰るか、ニシアに行くかを考えなければならない。

 セイサラ王国の第二王子となったアッサムに平民のわたしは会えることはもうないだろう。


「リアーノ、愛している。」


 アッサムが耳元で囁いた。

 涙が溢れそうだ。

 わたしは後ろから抱きしめられている腕を解き、アッサムのほうを振り向こうと身体を捩る。

 

 アッサムの顔が見えた。

 黒い瞳と目が合う。

 真っ直ぐにアッサムを見据える。


「わたしもよ。アッサム、愛している。」

 

 アッサムの両頬を手で覆い、わたしから唇を重ねる。何度も何度もどちらからともなく、唇を重ね合う。


 これ以上ないほどきつく、痛いほど抱きしめ合った。


 アッサムの胸の鼓動がはっきり聞こえる。

 この音を忘れない…

 しっかり覚えておきたい…


 ずっとこうしていられれば、どんなに幸せだろうか。


 でも… 強い決意が芽生えている。

 次はわたしがアッサムを守る。

 わたしが唯一アッサムにしてあげられること。



 それからは記念式典まで何日も残されていたわけではなかったので、準備に追われる日々を過ごし、レナード殿下も会議や式典関連の打合せの連続の日々で執務室で会えることはほとんどなかった。

 

 夜になれば、あの倉庫の屋根に行きたいと強く思う自分がいたが必死の思いで止めた。

 あの夜からは一度も行っていない。

 もし、あそこにアッサムがいたら…

 逢いたい。逢いたいよ。

 でも逢えば、まちがいなく決意が揺らぐ。

 枕に顔を埋めて、嗚咽を堪えた。

 


 明日はいよいよ記念式典。

 わたしの仕事も明日の記念式典の受付の係を担当して終了となる。

「リアーノ、出席予定者のリストはこのままでいけそう?」

「はい。もう変更はありません。そのリストが最終です。」

「じゃあ、これで準備も終わりね。」


 ライラさまとの仕事は楽しかった。

 わたしとライラさまは休憩がてらお茶をすることにした。

「それにしても、いよいよ明日ね。その前にリアーノには報告しておかないといけないことがあるの。」

 お茶をひと口、口にしてからライラさまが満面の笑顔だ。

「報告ですか?気になりますね。」

 ピンっときている。

 わたしは思わず、ニヤッとライラさまを見た。

「ええっ!もしかして、リアーノは気づいているの?」

「もちろんですよ。ダーリア殿とのことですよよね。」

 もう、耳まで真っ赤になっているライラさまが可愛い過ぎる。

「そうなの。ダーリア殿と婚約しました。そして、もう一緒に暮らしています!」


 (一緒に暮らしている!それは想定外!!!)


「お、おめでとうございます!ご婚約が決まったんですね!」

 思わず、前のめりになってしまった。


「リアーノが気づいているとは思わなかったわ。」

 ライラさまが顔を真っ赤にしながら、少し唇を尖らしている。

「おふたりの間にはハートが飛んでいましたから。わたしでなくても、室長はずっと前から気づいていたと思いますよ。」

「ええっ!そうなの〜!」

ライラさまが赤くなったり、青くなったり。

「リアーノは鈍いから、絶対気づいていないと思っていたわ。」

「に、鈍い?わたしがですか?」

「自覚ないの?リアーノは相当鈍いわよ。」

 ライラさまがクスクス笑っている。

「ほら、レナード殿下だって…あんなにあからさまに…。 まさか、レナード殿下の気持ちにも気づいていないということはないんでしょう。」

 レナード殿下の気持ちにも?

 生温かい目でライラさまが見てくる。


「はい。それは…。」

「レナード殿下とは幼馴染なんでしょう。リアーノはどうなの?」


「それは…。」

 返答に詰まる。

「リアーノ、わたしだってあなたとレナード殿下を見ていたらわかるわよ。あなたもレナード殿下を… いえ、アッサムを…」

「…ライラさま。それ以上は…。」


 ライラさまの表情がみるみる曇る。

「ねぇ、まさかリアーノ、あなた…。」


もう、なにも探られまいと目を伏せる。


「リアーノ、聞いて。あなたがここに来るまでのレナード殿下がどんな様子だったか知っているの?記念式典でのあの発表が決まってここに来てから、なにかに取り憑かれているかのように仕事ばかりしてそれは酷かったわ。本当に過労で倒れてしまうんじゃないかと心配したんだから。」

  

 ライラさまが肩で呼吸するのがわかる。

「でもね… あなたが来てから、レナード殿下は変わったわ。笑うのよ。そして、あなたに必死なんだから…。この人にこんな表情をさせる子がいたんだと、みんなうれしかったんだから!」


 ライラさまの顔を見れない。

「リアーノ、身分を気にしているの?そんなもの、レナード殿下ならなんとかしてくれるわよ!あなたが側にいないと、他に誰がいるっていうの…。」


「…ライラさま、ありがとうございます。わたしはアッサムのことを愛しています。」

「なら!」

「だから、なんです。これからのことを考えるとわたしが側にいるよりも、後ろ盾のある高位貴族のご令嬢が側にいた方がいいに決まっているんです。」

「リアーノ!!!」

「もう、決めたんです。」

顔を上げ、ライラさまを見る。ライラさまが悲しそうにしているのが心が痛い。


「明日、記念式典でのアッサムの晴れ姿を目に焼きつけて、アマシアに帰るつもりです。室長がここに残ることをご提案くださったんですが、お断りさせていただきました。」

「…どうして…。」

「次はわたしがアッサムを守ります。ずっと幼い頃から守ってきてもらったことがあるんです。だから… これからはアッサムの未来が良いものであるようにわたしが彼の未来を守ります。」


本日も読んでくださり、ありがとうございます。


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