麗しい眼鏡貴公子
セイサラ王国の王都サハは、わたしが住む貿易港アマシアから内陸部へ馬車で2時間ほどのところ。
城下町で白い壁と赤い屋根の建物が連なり、石畳の街は大変美しい。
そんなに遠くではないけど、わたしはおじいさまに連れられて、何回か来たことがあるだけだ。
もちろん、そんな距離を毎日通うことはできないので、わたしは王宮の寮に入ることになりましたよ。
初めての一人暮らしです。
あれから、1週間ほどで準備を済ませて、慌ただしく王都入り。
今日は初仕事日です。
かなり緊張しています。昨晩はよく眠れませんでした。寝坊しないかが心配でね。
深緑のふわっとロングスカートに白ブラウス。この制服を着ると気持ちもピリッとして、なんだか背筋が伸びますね。
王宮の中に事務室があるってことだけでも緊張するのに、指定された部屋の前に行くと、そこだけが荘厳な扉で、金の取手がついている仰々しい扉が待ち構えていました。
…これーー
わたしにこの扉を開けろというのか… 扉が威圧してくるのを感じるわ。
恐る恐る、そおーと開けてみる。
廊下と左手にカウンターが見え、その奥に事務室が見える。
「…すみません。本日から…」
「待っていたわよ!リアーノ嬢でしょ!」
同じ制服の中年の女性がカウンターに駆け寄ってきてくれる。
「わたしはライラ。よろしくね。」
「リアーノ、よく来たね。」
後ろの方から、恰幅のいいホーシャック公爵がゆっくりやってくる。今回はホーシャック公爵の縁戚ということになっている。
「ホーシャック公爵!この度はお声かけいただき、ありがとうございました。これから、しばらくお世話になります。よろしくお願いします。」
何度か食堂に来てくださっていたので面識はあるものの、今回のお話しをいただいてからは、はじめてお会いするので慌ててご挨拶をさせていただく。
「では、この事務室のメンバーを紹介するね。」
ホーシャック公爵自ら、紹介してくださる。
「そこの背の高い男性がダーリア殿。そして、この女性がライラ嬢。この事務室はわたしが室長をやっていて、3名だけだよ。人数も少ないし気楽にやっておくれ。そして…あちらの方にもご挨拶に行こうかな。」
チラッと廊下の先に視線をやられる。
背の高いゴツい感じのダーリア殿もライラ嬢もなにやらニヤニヤされている。
訝しく思いながらも長い廊下をホーシャック公爵の後を遅れないようについていく。
奥のお部屋の扉を恭しくノックされる。
「ホーシャックです。」
「ああ… 入ってください。」
若い男性の声が聞こえる。
応接セットの向こうの大きな執務机に眼鏡をかけた長い黒髪を束ねた男性が座っていた。
(うわー なんて綺麗な…方かしら)
スラッとした鼻筋に、優しそうな綺麗な黒い瞳の美形が眼鏡の奥からこちらを見ている。肩幅が広そうなのは見てとれる。束ねた長い黒髪がサラっと、揺れる。
「先日、お話しをさせていただいていました、招待状やイベントカード関連担当になるリアーノ嬢です。」
「リアーノ嬢、こちらは第二王子のレナード殿下だよ。」
「あ、あ…リ、リアーノと申します。よろしくお願い申し上げます。」
この国は、実力主義なところもあり、王族や貴族を除いて、あとは平民といった感じであまり身分のことでは厳しくないけど、この方はあまりにもの雲上の存在。
その方が突然、自分の目の前に現れて、声が思わず上ずる。
確か、小さい頃に大きなご病気をされてからはあまり外に出られていないという噂でしか存在を知らない。
こんなお綺麗なお方だったんだ。
「リアーノ嬢、よろしく頼むね。」
「はい!」
うわああーー お話ししてしまったよ。
退室する時は上手く歩けていたのだろうか… あまりにもの緊張にそのあとの記憶がないわ…。
わたしの仕事の担当は、記念式典の招待状の作成他、日常に行われる小さなイベントのカード類の作成と第二王子のお茶のお世話等らしい。
普通、第二王子みたいなご身分であれば、女官がついているはずなのに、執務室が狭いから待機させられないといった理由で、女官がいないらしい。必然的にライラ嬢とわたしでお世話をすることになる。
「リアーノ、招待状の作成の進捗状況はどう?」
「今日は午前中に5枚仕上げましたよ。なかなかいいペースで進んでいますよ。」
「さすが、評判のリアーノね。わたし、リアーノをカードを見たくてとっても楽しみにしていたの。この飾り字、とっても可愛くて大好き!」
ライラさまは、わたしより少し年上の男爵家のご令嬢なのにとっても気さくな方だ。この方が先輩でよかったとホッとする。
「リアーノ。いま、いいかな。」
「はい。ホーシャック室長!」
この事務室では室長と呼ばせてもらっています。
「お願いがあるんだけどね。レナード殿下が孤児院の訪問を明日される予定なんだけど、同行を頼むよ。」
「…同行ですか。わたしでよろしいんですか?」
「ダーリアが同行予定だったんだが、御前会議が入ってしまってね。それに孤児院のみなの前でお渡しするカードは、リアーノが作成したんだろう。」
「はい。用意は出来ております。」
「では、頼むね。孤児院は小さい子が多いし、若い女性が同行の方が笑顔を見せてくれるだろう。もちろん、近衛騎士が一緒に行かれるから、大丈夫だよ。」
なにが大丈夫なんだろう。安全面かな…
それはともかく、いや… あの綺麗な美形のレナード殿下の同行だなんて、緊張するに決まっているじゃないですか。呼吸が出来なくて、意識が飛びそう…
いや、ここは仕事。割り切ってお引き受けしなければ。
「…はい。承知しました…。」
ーーうう、困りました。
まず、わたし。年頃の貴族男性とお話しする免疫が全くない。ご無礼なことをしてしまったら… 不安が頭をよぎる。
アッサムも年頃の男性だけど、アッサムは幼い頃から一緒だったし、兄のようであり、友達のようであり、アッサムはアッサム。
食堂のお客様は大体が逞ましい海の男達で、レナード殿下とは、真逆の生き物だ。
あ…あ、どうしたらいいんだろう。