温かい上着
あれから、どうやって事務室に戻ったのかも昼ごはんを食べたのかも、よく覚えていない。なにをやっても手につかなかった。
食欲はあまりなかったが食べないのも良くないので、夕ごはんを食堂で食べ、部屋に戻る前に久しぶりにとはいっても1週間ぶりぐらいだが、あの倉庫の屋根に行こうと外に出た。
季節は確実に一歩一歩冬に向かって進んでいるようで、制服のブラウス一枚では我慢できなくもないが寒い。風でロングスカートがパタパタと風に揺れる。
上着を取りに戻ろうと思ったが面倒だったし、今日は昼間の出来事もあって精神的にすごく疲れていたので、さっさと行って大好きな夜景を見て癒されたらすぐに帰ろうと心に決めた。
一瞬、アッサムに出会うかも知れない…と頭によぎる。アッサムに会いたい。でも…いま会っても気まずいわけではないが… いや、会ったらどんな顔をしたらいいかわからない。
今朝はレナード殿下だったのに、思わず胸を借りて泣いてしまった。
それに昼間にジークに言われたことを話した方がいいのか、いや、そんな報告はいらないかと自問自答して、頭の中をグルグルする。
倉庫群に着いた時、あの大きな木の下に人影があることに気づいた。
胸が高鳴る。
近づくとそれは予感どおりアッサムだった。
レナード殿下の時につけている眼鏡も長い黒髪もない。少し上等な布地のシャツでもなく、アッサムがアマシアでよく着ていた飾りが少ない上着とズボン姿でなんだか随分久しぶりにアッサムに会った気がした。
「アッサム!!」
「やっぱり来たか。」
アッサムがクスクス笑っている。
「やっぱりって… わたしの行動、読まれていた?」
「まあね。リアーノと話がしたかったから、ここに来たら会えるかと思ってね。」
「…わたしもアッサムに聞きたいことがあるの。」
昼間にジークが言っていたことが気になる。直接、本人から聞けと何度も言っていた。
「上に行く?」
「そうね。」
いつものように木を使って屋根に上がる。
家々の灯りがユラユラとしていて今日も綺麗だ。風が吹き抜け、さすがにブラウス一枚では寒いと思う。
「リアーノ、これを」
アッサムが上着を脱いで渡してきた。
「大丈夫よ。」
戻そうとしたのに、アッサムが上着を肩に掛けてくれた。
「ありがとう。」
アッサムの温もりがまだ残る上着がアッサムに包まれているような気持ちになり心地よい。
いつものように並んで座った。
「リアーノ、俺に聞きたいことってなに?」
アッサムが開口一番に聞いてきた。
まだ、心の準備ができていない。
「うーん。先にアッサムから。わたしに話したいことがあるんでしょう。」
とりあえず、話を逸らす。
「ああ…。今日は、いろいろ報告を聞けたから良かったんだけど、リアーノ自身のことを聞けていなかったからね。」
やっぱりアッサムは今朝、執務室で泣いてしまったことなど、いろいろと気にしてくれていたんだ。
「今朝はごめんね。アッサムの顔を見たら、なんだか涙が出てきて…ジークもなにか誤解したみたいだし…。」
「ジークなぁ。なにを誤解したかは想像つくけどな。まぁ、とにかく俺がリアーノにとって安心できる存在であるのは嬉しいよ。」
そう言って、優しく微笑んでくれた。
「もう、リアーノは出生の秘密を全てを知ってしまったけど、今朝、ジークが言ってたように今すぐにでもニシアに行きたいのではないのか心配でね。記念式典までは仕事をやり遂げると言っていたけど本当にそれでいいのか?」
今朝の話し合いで、仕事を終わらせてから考えると言ったのはアッサムが思うに優等生の解答だったんだろう。
優しいアッサムはあの時の答えがわたしの本心だったのか確認しようとしてくれているらしい。
あのとき、わたしの気持ちを尊重すると言われて、アッサムはわたしがいなくなっても平気なんだと悲しくなったこと、本当はアッサムに行くなと言って欲しかったと思っていたなんて、そんな可愛いことは恥ずかしくて言えない。
グッと言葉を飲み込む。
「…いまは… 記念式典までは仕事をやり遂げたいと思っているのは本当よ。」
「…そうか… 。良かった。記念式典まででもここにいる気持ちはあるんだな!」
アッサムの声が少し弾む。
「…アッサム?」
「うん。ごめんな。実はあの時、ジークがリアーノの手を掴んで、連れて帰ると言った時は全身の毛が嫉妬で逆立ちそうだったよ。必死で冷静を装っていたのがバレてなくて良かった。」
アッサムがわたしの方をチラッと見て、また前を見据える。
「リアーノの意見を尊重するって言ったけど、内心はジークと行くなと、ジークを選ぶなと叫んでいた。」
横でバツが悪そうな顔をアッサムがしている。
「嫉妬でどうにかなりそうだった。」
アッサムがあの時、そう思っていてくれたんだと思うと、思わず顔がほころぶ。
「アッサム… ありがとう。わたしも本当はアッサムに行くなと言って欲しかったの。」
横に座るアッサムの方を向く。
アッサムも少し驚きながらわたしの方を見てくれる。
「そうだったんだ。」
お互い、ふふふと笑ってしまった。
「俺は事情を知っているという立場を利用して、近いうちに…記念式典の時にでも、リアーノが出席予定のニシアの陛下や王妃に会えるように機会を作ろうと思っているよ。いろいろ調整は必要だけど。それでも、リアーノがニシアに行くなら、俺が連れて行きたい。」
「…うん。ありがとう。」
素直にアッサムの気持ちがうれしかった。
それからは報告していなかった個人的な出来事をアッサムに話す。
ステファニー王女殿下がわたしにドレス一式を用意してくれたこと、それにまつわる王妃殿下の想いの話やフォンデル公爵がずっと秘密を守ってくれていたこと。
人生初めての仮面舞踏会に行ったことも話した。
そして、わたしは一度は実の親に命をかけて守ってもらったことのお礼を言いたいと思っている胸の内を明かす。
アッサムは頷きながら、ずっと聞いてくれていた。
話しながらも、気がつくと涙が頬を伝っていた。
その度にアッサムが大きな指で涙を拭ってくれる。また、それが涙を誘う。
ずっとずっとこうして、アッサムに守っていてもらっていたのかと思うとまた涙が出る。
どれぐらいの時間が経っていたのだろう。
ひと通り泣いて、ようやく落ち着いた。
「リアーノ、今日はもうだいぶ遅くなったし、冷えただろう。そろそろ帰ろうか。」
上着を掛けてもらっていても、手足が冷たくなっている。
「そうね。帰り… 。」
今日は、泣き過ぎてタイミングを逃すとこであった。
どうしても聞きたいことがあったことを思い出す。
「?リアーノ??」
「…アッサム、聞きたいことがあるの。」
本日も読んでくださりありがとうございました。




