再会
「陛下!!伝書鳩が到着しました!」
「おおっ、そうか。」
執務室で、机の上の書類に目を落としていた白髪混じりの陛下が書類から顔を上げ席を立つ。
「思ったより早く決着がついたな。」
従者から筒を受け取る。レナード、いやアッサムからだ。
以前から相談をされていた件だ。
ダナン宰相と副頭取を捕らえたことなどが手短に報告だけが書いてあった。
最大の協力を惜しまないと言ったのに、あいつは近衛騎士をある程度の数を貸して欲しいとだけ言ってきただけだった。
逞しく、頭脳明晰で優しい息子アッサム。
本当の息子ではあるが、幼少期は別々に暮らしていたこともあり、まだ少し距離感がある。
同じことを感じていた皇太子の提案で時々、打ち合わせと称して晩餐の時間を設けているがなかなか難しいものだ。
本当のレナードは病弱で部屋から出られることが少なかったため、レナードが亡くなった今でも身代わりをしているアッサムは「レナード」は病弱設定でも文句も言わずにこなしてくれる。しかし、間もなく行われる建国300周年記念式典では「レナード」の「回復」も発表する。
「アッサム」から「レナード」になることをあいつはどう思っているのだろうか。
ここ数年はアッサムの時とレナードの身代わりと、半々の生活をしていたが、時々その見目麗しい顔に影を落とし思い悩んでいたのは知っている。
いつか、アッサムとゆっくり向き合いたいものだ。
報告の紙を丁寧に筒に戻す。
しばらく、筒を見つめながら、眼鏡の奥の瞳に憂いをもつアッサムに思いを馳せる。
王立銀行からダナン宰相の屋敷までは、そう遠くはない。
王立銀行は王都サハの中心街にあるが、ダナン宰相の屋敷は高級お屋敷街の一角で馬で駆けて行ったら、ものの10分ほどで着く。
早る気持ちを抑えて、ダナン宰相の屋敷に近衛騎士数名と向かう。鞭を持つ手に力がこもる。
門前まで行くと、わたしが来るのがわかっていたのか使用人が待機をしていて、玄関まで丁重に案内をされた。
「レナード殿下、お待ちしておりました。既にホーシャック公爵がお越しです。」
案内された部屋には、ホーシャック室長とダナン宰相の息子がいた。
「レナード殿下、ご無事でなによりです。」
満面の笑みでホーシャック室長が迎えてくれる。
「ホーシャック室長こそ、いろいろありがとうございました。ご無事でなによりです。そしていまはなにをなさっているのですか?」
「おお…そうだった。こちらはダナン宰相のご子息ルートリヒト様だ。今後のことについて、説明をしておったんだ。」
「そうだったんですね。」
「包み隠さずにイリ商会のこともお話しいただいた。」
「わかりました。ご協力に感謝します。このお屋敷にある蒸留酒は?」
「いま、近衛騎士と一緒にリアーノとジーク殿が蒸留酒のある食料庫に行っている。」
「そうですか。心配はいりませんね。」
どうやら、リアーノも無事にジークと一緒に王都サハに帰ってきているようだ。少しホッとする。
ニシア国の双子の姉のステファニー王女殿下に会っていたなら、帰国を引き留められ、もう王都サハに帰って来ないかも知れないとさえここ数日は考えていた。だからダン爺にもニシアに行ってもらったというのはある。
しばらくすると、食料庫に行っていたもの達がぞろぞろと帰ってきた。
「失礼します。」
「おおっ。終わったか。お疲れ様だった。」
ホーシャック室長がご機嫌で皆を迎える。
「あ、あれ?レナード殿!?」
「わたしの方も片付いて、先ほど到着したよ。」
ホーシャック室長と行動を一緒にしていた近衛騎士達だ。その後ろにリアーノがいるのが見えた。駆け寄りたい衝動を抑える。
ホーシャック室長がニヤニヤしながら、こちらを見ているがそれは無視をしよう。
「レナード殿下!!」
ジークがレナードを見つけ、声を上げ早足で近づいてきた。
「ジーク殿!!」
わたしも椅子から立ち上がり歩み寄りながら、自然と右手が出た。ジークの右手と共にがっちり熱く手と手を握りあった。
「ジークフリート殿、ありがとうございました。」
「いえ、レナード殿下こそ、いろいろありがとうございました。」
お互い、目と目で語り合う。
「積もり積もった話しは宴の時にしてくれよ。」
ホーシャック室長が茶化してくる。
後ろでリアーノがうれしそうに笑っていた。
リアーノと目が合う。
リアーノが誰にも見られないようにヒラヒラと手を振った。
うん。と軽く頷いた。
帰城してからも先に戻っていたダーリア殿と打ち合わせたり、陛下と皇太子殿下に報告に上がったり、私室に戻れたのはすっかり日も落ちて宵の明星が輝いていた。
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少し時は遡る。
わたし、リアーノはニシア国での名残り惜しい別れの後は、ジークと共に急ピッチで王都サハに向かった。
馬が持つかなと心配になるぐらい休憩も取らずに山々を越えた。
徹夜の後の移動で身体は疲れているはずなのに、今日の夕方には全てが解決すると思うと自然と眠気は全くなかった。
ジークと急ぎの帰国には理由がある。
もちろん、数々の証拠品を携えているため早くレナード殿下に渡すこと、そしてダナン宰相が追い詰められたら、なにをするかわからないためレナード殿下達に加勢すること。
伝書鳩で連絡を取っている訳ではないが、今日中に王立銀行でなにか起こると考える方が容易い。
王立銀行になんとかたどり着き、ライラ嬢がダナン宰相の護衛騎士に事情を懸命に話し、このまま帰ってほしいと説得していたところでギリギリ間に合った。
ジークはダナン宰相の護衛騎士を説得することに成功した。
仲間だった人達にジークは自分の正体と、今回のニシア国で命じられた任務を誠意を持って説明をしていた。
本来なら仲間に殴られても仕方ないことなのに、みんな黙って聞いていた。他の護衛騎士もダナン宰相に思うとこがあったのだろう。
「そうだと思っていた。」と。
そして、ダナン宰相の命令があれば反逆という罪を犯すところだったのを急ぎニシアから戻り、止めに入った友に感謝をしていた。
わたしはライラさまと再会を一瞬喜んだ後は、固唾を飲んでジークの説得の行方を見守った。
王立銀行の一室ではいま、レナード殿下とダーリア殿がダナン宰相達相手に舌戦を繰り広げているのだろう。
このまま残ってレナード殿下の無事な姿を一目でいいので見たいが、ジークとダナン宰相の護衛騎士と共にダナン宰相の屋敷に戻り、例の食料庫から証拠品として蒸留酒を出す作業をすることになった。
あと少ししたら、レナード殿下がこのダナン宰相の屋敷に到着するらしいとホーシャック室長が食料庫で作業をしている私たちにわざわざ教えに来てくれた。
レナード殿下から伝書鳩が来たらしい。
早る胸を押さえて、地下から蒸留酒を運び出すのを手伝う。
もう少しでアッサムに会える。
門の方がにわかに騒がしくなった。
もしかして、レナード殿下が到着したのだろうか。
ジークがそれに気づくとソワソワしているわたしの方にやってきた。
「レナード殿下が到着されたようだね。ここは早く終わらせよう。」
軽く頷いた。
お屋敷に戻ると、レナード殿下は到着されて部屋に通されていた。
近衛騎士の後ろを歩き、一歩一歩部屋に近づく。
チラッとレナード殿下が見えた。長い黒髪を後ろに束ねて、眼鏡姿で麗しい。
元気そうで良かった。
なんだかホッとする。駆け寄りたい衝動を抑えて、後ろの方で様子を見ていた。
ジークとレナード殿下が固い握手を交わした。
セイサラ王国にとっても、ニシア国にとっても良い方向でこの件は解決していくのだろう。
本当に良かった。
レナード殿下と目が合った。
胸が高鳴るのがわかる。顔も一瞬で熱くなった。
誰にも見られないように小さく手を振る。
気づいたレナード殿下が軽く頷いてくれた。
それだけでなにか安堵した。
寝不足でふらふらのはずのリアーノとジーク。
徹夜でお疲れ様です。