恋の話
リアーノがザッハへと出発してから、3日目の朝だった。
王都にいる時は眠りが浅いことが多いが、ここ2、3日はより眠りも浅く、少しの物音で目が覚める。昨日は私室の前を通る使用人の足音で目が覚めた。
眠りが浅い理由はわかっている。
今朝は私室のバルコニーにきた鳩の羽音で目が覚めた。
鳩… もしやと思い、ガウンも羽織らず、バルコニーに慌てて出ると、一羽の伝書鳩がクルックと鳴いていた。
必要なことだけが書かれた紙切れとリアーノが模写したであろう書簡が鳩の背に取り付けられた筒に入っている。筒はダン爺のものだ。
ダン爺は無事に合流できたんだな。
ダン爺がいれば安心だ。少しホッとした。
急に決まったジークとリアーノのザッハ行きをダン爺にすぐに知らせて、行って欲しいとお願いした。
そこはさすがの特殊部隊長のダン爺。
ジークの計画の実行の舞踏会の日に間に合ったんだな。
必要な報告だけが書かれた紙切れからは、密造酒製造をしていたユーデステル伯爵を捕らえたこと、ダナン宰相の偽札の印刷機を発見して、原版と偽札を差し押さえたこと、ステファニー王女殿下の尽力があったことがダン爺の字で記されていた。
もう、リアーノは自分の出生の秘密を知ってしまっただろうか。報告には書かれていない。ステファニー王女殿下と会ったのなら、双子であったことに気づいたかも知れない。
ダン爺は説明したのだろうか…
いまはいろいろ気にはなるが、まずはやらなければならないことをしよう。
ジークはニシアの懸案事項を解決した。あとはこちらが偽札の黒幕を捕まえることと密造酒の販売差し止めだ。
ダナン宰相がニシアで起こったことに気づくまでにそう時間はない。急がなければ。
あれからすぐにホーシャック室長とダーリア殿に連絡をした。
俺は執務室に急ぎ、みんなが揃うのを待つ間にニシア国のステファニー王女殿下にお礼状を書く。ステファニー王女殿下にはいままでお会いする機会がなかった。リアーノの双子の姉であるステファニー王女殿下とは一度はゆっくりお話しをしてみたいものだ。
ホーシャック室長とダーリア殿といつも護衛についてくれる近衛騎士と打ち合わせをする。
二手に分かれることにした。
イリ商会とダナン宰相の屋敷にある密造酒の差し止めをホーシャック室長と近衛騎士が、偽札の偽造の黒幕を捕まえるのをダーリア殿と俺が行くことにした。
「ライラ嬢は予定通りだろうか?」
王立銀行に向かう馬車の中はダーリア殿と2人だ。
王立銀行に潜入してくれているライラ嬢とは打ち合わせができていない。
「大丈夫ですよ。今朝、レナード殿下から連絡をいただいた時にライラ嬢には動きがありそうなことは伝えてあります。」
ダーリア殿が満面の笑みで答えてくれる。なんだか、ピンク色の雰囲気をダーリア殿が出している。目には見えないハートを飛ばしまくっているではないか!
「…ダーリア殿、野暮なこと聞くが今朝はもしやライラ嬢と一緒だったかな?」
ニヤッとダーリア殿を見る。
ダーリア殿がわかりやすいぐらいに顔が真っ赤になる。
(ああ…やっぱり。)
「はい。婚約も整いました…。」
顔を真っ赤にして、背の高いダーリア殿が背中を丸めて小さくなっている。
「それはご婚約の成立、おめでとうございます。良かったですね。」
「はい。結婚式は記念式典が終わってからの予定ですが、新居も整ったので一緒に住んでいます。」
(なんとも、うらやましい…。ほぼ新婚じゃないか!)
「いまは職場でも会えないし、一緒にいられる貴重な時間ですね。でも早くダーリア殿とライラ嬢の晴れ姿を見たいです。」
ダーリア殿が破顔だ。
「…レナード殿下は… どうされるんですか?…あっ、いや… すみません。出過ぎたまねでした。気にしないでください。」
ダーリア殿が慌てて否定する。
「…いいですよ。ダーリア殿と恋の話をしてみたかったので。」
思わず、ふたりとも目が合ってクックッと笑ってしまう。
「そうですね。時にはお互い、想う相手を潜入の危険から遠ざけたくて必死でしたよね。」
ダナン宰相の屋敷に潜入する時の話し合いを思い出し、思わず笑ってしまった。
「…わたしの恋はお互いの立場が邪魔をして、いろいろ難しいです。好きだけでは一緒になれないのはわかっています。だから、ここ数年はアマシアとサハを行ったり来たりして、ホーシャック室長にはわがままを聞いてもらっていたんです。これでもリアーノにわたしの気持ちに気づいてもらおうと必死でしたからね。でも、そろそろ結論を出さないといけないのはわかっています。ダーリア殿だけでも成就して良かったです。」
ダーリア殿はリアーノの状況も把握しているだけに、悲しそうな瞳をし、その先のかける言葉を探しているようだった。
ダーリア殿もこの恋は難しいと思うよな。
それからまもなく王立銀行に到着した。
本日もありがとうございました。
次はやっと黒幕登場!