思いがけないお話し
それからは、わたしも日常生活に追われて、気づけばアッサムはあの夜の次の朝には発ったらしく、見かけることも食堂に来ることも、もちろん屋根伝いに来ることもありませんでした。
わたしはアッサムに指示をされていたとおりにベリスタさんのご依頼のカードの仕事を進めて、無事に納品を終えることができましたよ。
わたし、やればできる子!
でも、この納品できた充実感を仕事の話を持ってきてくれたアッサムと分かち合いたかったかな。
ガラン、ガラン。
「いらっしゃいませ!」
ランチタイムのピークも終わって、食堂が落ち着いた昼下がり。
「ホーシャック公爵夫人!」
白髪を美しく結った、少しふくよかで優しい貴婦人。わたしのおばあさまが若い頃から懇意にしていただいているらしく、こうやって時々食堂に来てくださる。
「まあまあ、奥様!」
気づいたおばあさまが慌てて調理場から出てきた。
「あなたとリアーノに少しお話しがあってね。」
「どうぞ奥様、お掛けになってください。」
「リアーノ、お茶をお願いね。」
珍しいこともあるもんだ。いつもはおばあさまとなにやら楽しげに噂話や近況報告をしあっているのに、今日はわたしもだなんて。
「リアーノにお願いがあってね。」
「わたしにですか?」
「いまね、王宮は建国300周年記念式典の準備で大忙しなの。」
そう言えば、王都サハは半年後ぐらいにある記念式典に向けて、かなり活気があるとお客様が話していたっけ。
「うちの息子の部署でお客様への招待状とか様々なカードを作成しているらしいのだけど、激しい人員不足らしくってね。それで誰かいい人材を知らないかって相談されたの。」
ホーシャック公爵夫人がチラッとわたしの方を見て優しく微笑まれる。
「リアーノ、記念式典までの半年、お手伝いに来れないかしら?」
なんとも、思いがけないお話しに思わずおばあさまと顔を見合わせる。
おばあさまは少し考えてから、
「リアーノはどうしたい?食堂のことは心配しないで大丈夫だよ。なんとでもなるしね。」
祖父母に育てられたわたしにとって、祖父母も置いて行くなんて。でも、半年だけなら、やってみたい。王都にも行ってみたい。
「このお話しをお受けします。よろしくお願いします。」
もう少し、よく考えてからお返事をさせてもらえば良かったかな。
迷った時は立場の違う5人に相談をしろってアッサムが言っていたっけ。
アッサムにも相談したかったな。
いつ、帰ってくるかな。
自室のバルコニーでひとり、今日の昼間にあったことを回想してみる。
今日も潮風が心地いい。離れがたい。
ううん。
わたしの決意は変わらない。
半年、がんばってみよう。