自白
いつもありがとうございます。
舞踏会はすでに終わり、エントランスに雑談しながら、馬車を待つ人がパラパラといるだけだった。
使用人達も後片付けに手を取られているのか、ほとんど見かけない。
エントランスからは随分と離れた部屋にジークと護衛として付いているミハイルと、そしてわたしが通された。
既にユーデステル伯爵が部屋で待っておられた。
「ユーデステル伯爵、今日はご招待いただきありがとうございました。そして、突然のお願いで申し訳ありません。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ソファにお掛けください。」
ユーデステル伯爵は、舞踏会は終わったのにいまだに仮面をつけているわたしが気になるのか、チラッとこちらを見られる。
「今夜は舞踏会は楽しまれましたか?」
ユーデステル伯爵はほっそりとした方で50代辺りの年齢だろうか。ご苦労が多いのか少し頭のてっぺんの髪が薄い。ダナン宰相がでっぷりとしたお腹を蓄え、ギラギラしているのとは真逆だ。
「はい。仮面舞踏会はこれまた趣があって、なかなか面白いですね。」
ジークはいつもの愛想良い感じで巧みに応対している。
「フォンデル家のジークフリート様が、わざわざ直々にお話があるとはなんでしょうか?」
「ユーデステル伯爵、いまからお話しすることには正直にお答えて頂きたいのですが、よろしいですね。」
「…なんのことですか?」
ユーデステル伯爵が訝しそうにしている。
「わたしがセイサラ王国のダナン宰相の護衛騎士をしていたのはご存知でしたか?」
ジークがはっきりゆっくり低い声で話し始める。
「護衛騎士をしている時に、このお屋敷にダナン宰相が訪ねることがありました。長い地下通路を通って、ある部屋の前まで護衛しました。インクの匂いが立ち込める部屋です。そして、必ずここのワインを買って帰るのですが、ダナン宰相のお屋敷に注文したワインが着く頃には、なぜか蒸留酒になっているのです。なにか、ご存知ないでしょうか?」
ユーデステル伯爵の顔色がみるみる悪くなってくる。
「そうだったんですね。わたしにはなんのことだかさっぱり…。」
いまにも消えそうな声で否定する。
「では、これはどうでしょうか?」
ジークが印刷機が置いてあった部屋で袋に詰めていた物を取り出し、目の前のテーブルに並べる。
「これはセイサラ王国の5ヤーロ紙幣の原版とその原版で刷られた偽札です。わたしはこれを先ほど、地下通路にある部屋から発見しました。伯爵はなにかご存知ですよね。」
ユーデステル伯爵はじっと原版と偽札を見つめたままだ。
「そして、これがワインセラーにあった蒸留酒と入出庫管理のノートです。」
ジークはまた袋から取り出してテーブルに並べた。
「…これは…。」
ユーデステル伯爵はノートを手に取ると、それをギュッと両手で握りしめた。
「わたしとこの方にわかるように説明して頂けますよね。」
ジークがわたしの方を見る。
「ジークフリート様、この方は一体…」
わたしはジークの目を見て、確認をした。
いまが仮面を取るタイミングだと。
紐を解き、仮面を取る。
ユーデステル伯爵が息を飲む。
「ス…ステファニー王女であられますね。」
わたしは声を出さずに頷く。
「ユーデステル伯爵、ここに王家の方であるステファニー王女が来られている理由はわかりますよね?」
ユーデステル伯爵が僅かに頷く。そして、項垂れた。
「王家の方の前で嘘を言えば、反逆者となりますよ。これらのことを正直に説明してください。」
伯爵はまだ押し黙ったままだ。
「……。」
「ユーデステル伯爵!!」
ジークがテーブルに手をつき、詰め寄る。
ユーデステル伯爵がビクッとなり、腹を括ったのか、大きく溜息をついてから、虚ろな表情で語り出した。
「最初はわたしの投資の失敗でした…。いま思えば、ダナン宰相に嵌められていたのかも知れません。多額の借金を背負い、ワインの製造と領地経営だけでは、どうしようもなくなっていました。そんな時です。セイサラ王国のダナン宰相に声を掛けられたのです。「印刷機を置ける場所を探している」と。自分の領地や国内には置けない印刷機だと。置かせてくれるなら、蒸留酒の大型機械をワイナリーに入れ、それで製造した酒はすべてダナン宰相が買うと。わたしにはこの提案が渡りに船でした。」
ユーデステル伯爵は、嘘は言ってないのだろう。血の気のない顔からそんな余裕がないのがわかる。
「偽札は、自分の国や領地で使わないのはセオリーだからな。ダナン宰相がニシアで製造しようと場所を探していたのは理解できる。坑道跡が目をつけられたんだろう。蒸留酒は、大型機械を入れた時に免許を申請すれば、ユーデステル伯爵ならすぐに許可が取れて公的に蒸留酒を製造できたのではないですか?」
「おっしゃる通りです。後悔しても遅いのですが、あの時に蒸留酒の製造の許可申請をしていれば、こんなことにならなかったんです。欲が出てしまったんです。蒸留酒に掛けられる高い税金を払いながら真面目にコツコツと製造していれば良かったのに、高い税金を払うことを回避し、セイサラ王国で蒸留酒を売ってもらうとダナン宰相に払う手数料を差し引いても、大きい利益が出る。これは密造酒になると分かっていてもやってしまったんです。」
ユーデステル伯爵が密造を認めた。
今日もありがとうございました。