もうひとつの仕事
地下から上がると、おじいさまとミハイルも既に蒸留酒についての確認が終わっていた。
紐で縛られている男達も暴れることもなく大人しくしている。
陶器に入った蒸留酒をミハイルが大事そうに抱えていた。
「ジークフリート様、蒸留酒の装置や樽はあちらの方にありました。確認に行かれますか?」
「ダンさんもミハイルもありがとう。いまは確認はこれだけで大丈夫だろう。こちらも偽札の印刷機や原版を発見することができましたよ。」
「…あと、これを見つけました。」
ミハイルがジークにノートをそっと差し出す。そこにはワインと蒸留酒の入出庫管理がびっしり書かれていた。
「ありがとう。これで我が国ニシアもセイサラ王国も救われるな。」
紐で縛っていた男達を解放することになった。
「我々の目的を達成するためとはいえ、手荒い真似をしてすまなかった。もう、ワイン樽を持って、持ち場に戻りなさい。」
おじいさまが紐を解きながら話した。
「ただ、お願いがある。このことは黙っていてくれないか。」
ジークが男達に声を掛ける。
ただ、剣に手を添えている。
男達の顔色はずいぶんと悪い。なにかを察したふたりは顔を見合わせ、ようやく中年の男が口を開いた。
「俺たちはなにも見ていない。貴方様達はただの貴族じゃない。馬鹿な俺でもわかる。いまは命が惜しいしな。」
一緒にいた男も激しく頷いている。
「ありがとう。断られたら、生かしておくことは難しかったからね。いい返事がもらえて良かった。」
ジークが黒い微笑みを浮かべ、剣に添えていた手を離した。
「さあ、仕上げといきますか。」
ジークが気合いを入れ直した。
男達を解放し、4人で少し打ち合わせる。
「ミハイルはユーデステル伯爵とのいまから話し合いの場を調整して来てくれ。そろそろ、招待客も減ってきて、いい頃合いだろう。」
「ダンさんはすみませんが、このことをレナード殿下に至急報告して頂けませんか。鳩が使えるんですよね。あと、この手紙を一緒に託してください。」
ジークは、わたしが先程書いた手紙をおじいさまに渡した。
「リアーノと俺はユーデステル伯爵に話を聞くよ。リアーノはステファニー王女殿下のフリをして欲しい。」
「…ステファニー王女殿下?」
確か、このニシアの王女殿下の名前だったはず。
ジークが真剣な眼差しでおじいさまの方に向き直った。
「ダンさん、よろしいでしょうか?本当に申し訳ありません。こんなことでリアーノを利用してはならないことはわかっています。レナード殿下も俺の計画に最後まで反対されていました。」
おじいさまが深い呼吸をひとつされる。
「ジークフリート様、詳しいことはレナード殿下から聞いております。いま、この状況で私が反対することができますでしょうか。きっとこれもこの子の運命なのでしょう。」
「ダンさん、ありがとうございます。リアーノは必ず守ります。レナード殿下との約束もありますので。」
レナード殿下との約束?
「リアーノ、ダンさんの許可ももらえたし、よろしくね。きみは俺のそばにいるだけで大丈夫だ。」
「ジーク、本当にわたしで大丈夫なの?ステファニー王女殿下だよ!」
「ああ、必ず大丈夫だ。リアーノはステファニー王女殿下とよく似ている。」
「…??そうなの?わかったわ。」
おじいさまの方をチラッと見ると、おじいさまも頷いておられた。
醸造所を後にして、青白い光を放つ満月に照らされながら、ジークと木々が並ぶ道を通り再びホールに向かう。
先ほどよりなにかモヤッとするものがある。
「すみません、ジーク。わたし、よくわからないことがあるんですがいいでしょうか?」
「どうしたの?」
「ジークはなに者ですか?本当の名前はジークフリートなんですか?」
ジークがああ…と言う顔をする。
「ごめんね。リアーノ。隠すつもりはなかったとは言わないけどね…。」
ジークが人懐っこい表情ですまなさそうな顔をする。
「俺はこのニシアの筆頭公爵家フォンデル家の次男、ジークフリートだ。」
(やっぱり…。)
「驚かないんだな。」
「ええ。ある程度は予想していたので。」
ジークが優しそうにわたしを見つめる。
「これでやっと、不思議に思っていたいろいろなことが腑に落ちました。ジークの家の大きな別荘も仮面舞踏会に簡単に入れるのも、ミハイルがいるのも…どうして、そんな方がダナン宰相の護衛騎士を1年も…。」
「ダナン宰相の護衛騎士は密命で密造酒を探っていたのもあるけど、セイサラ王国を見たかったのもあるんだ。」
「……。わかりました。いっぱい聞きたいことがありますが、まずは今からの話し合いですよね。」
「…そうだな。」
ジークの雰囲気が固くなった。
「そうだ、リアーノ。ここからは人目に触れるから仮面をつけて。」
「了解です!」
わたしは自分の手に持っていた仮面を慌ててつけようとするが、頭の後ろで結ぶこともあって、上手くきつく結べない。
「リアーノ、貸して。」
ジークがわたしの後ろに周り、紐を結んでくれる。
「…ジーク…フリート様、…あ、ありがとうございます。」
「…リアーノは俺の友人だろ。ジークで頼むよ。」
ジークが、わたしの頭にキスをする。
「ちょ、ちょっとジーク!!」
「ああ!良かった。いつものリアーノだ。」
ジークが破顔して笑う。
わたしも思わず、いままでの緊張が解けて笑ってしまった。
その時、ユーデステル伯爵との話し合いを調整しに先にお屋敷に戻っていたミハイルがこちらに走ってくるのが見えた。
「ジークフリート様、調整できました。いまから、お時間を頂けるそうです。」
「わかった。ミハイル、ありがとう。」
ジークの雰囲気が一瞬で張り詰める。
その横顔は気品に溢れ気高く、公爵家の次男だというのも頷ける。
「ステファニー王女、準備はいいですか?」
「ええ、がんばるわ。行きましょう。」
ジークが優しい瞳でこちらを見る。
思わず、恥ずかしくなりその優しい瞳に目を逸らした。
いつもありがとうございます。