兄の旅立ち
翌日、食堂の片付けも終わってホッと一息ついていたら、
「リアーノ、なにか飲むかい?」とおじいさま兼料理長が、ココアを入れてくれた。
この甘さがカラダに染みますよ。おじいさま。
「アッサムが仕事を持ってきてくれたのかい?」「あら、おじいさまはよくご存知ですね。わたしでも昨夜、依頼を受けたばかりなのに。そうなんです。ベリスタさんのお嬢さんがご結婚されるらしく、カードの依頼を頂いたの。いまからサンプル品を作成してアッサムに託そうと思ってまして。」
おじいさまの耳が早いのは、前からなのでさほど驚きませんが、じいじネットワーク恐るべしです。
おじいさまとの話もそこそこに、自室に戻り早速サンプル品を作成に取りかかります。自分で言うのもアレですが、よい出来映えに仕上がりましたよ。
さて、あとはアッサムに渡さなければ… と思いつつ、睡魔が襲ってきてそのまま机でグゥー。
「リアーノ」「リアーノ」
誰かに呼ばれて、ガバッとおきました。
コンコン。バルコニーにアッサムです。
まだ、寝ぼけ眼でふらふらとバルコニーへ。
「アッサム、どうしたの?」
「うん、ちょっとね。いま、大丈夫?」
気づけば、もうすっかり夜も更けていそう。
潮風が心地よく、まだ目が覚めない。
隣にいるアッサムも海を眺めたまま。
「リアーノ、俺、しばらく仕事で遠くに行くことになった。」
!!!
一気に目が覚めましたよ。
でも咄嗟に声が出ず、目を見開いたまま。
「…アッサム? …。」
「…うん。」
アッサムの黒い瞳を思わず凝視してしまいました。
「いつまでの予定なの…」
「しばらく… ちょっと期間はわからない。」
「…わからない」
あまりの突然のことにわたしの頭は思考が停止中。
いままでも時々、アッサムは船に乗って隣国に行く仕事の時は1〜2カ月いない時はありましたが…。
こんな風に改めて言われたことはいままでになかった。ということは、相当な期間なのか… そんなどこまで…
「どこまで行くの…」
少し間があってから、アッサムは悪戯っ子のようなニッコリと笑顔を浮かべて、
「…近くて、でも遠いところ」
はあああ。その、謎かけのようなのはなんですか。
「近くて遠い?」
「そう。近くて遠い…」
よくわかりません。でも、アッサムの眉毛がハの字になっていたので、これ以上は聞いてはいけない…と察しましたよ。
「そこは危険じゃないとこですよね。」
「…うーん。危険じゃないように見えて危険かも。」
そんなところ、大丈夫なんですか〜
まあ、アッサムです。荷揚げ仕事で体力も問題なさそうだし、頭もいいし、人心掌握も余裕でしょう。
だから、心配しません…もうこれ以上は聞きません。
「アッサム、教えてくれてありがとう。ちょっとびっくりしたけど、気をつけて行ってきてね。で、お土産をかなり期待しています。」
お互い、瞳と瞳を見つめ合い、ふふふと笑って、どちらも黙ってしまい静寂が広がる。
波の音だけが聞こえる…
わたしのなんかモヤっとする不安を波の音が打ち消してくれたらいいのですが…
そのあとは、サンプル品を渡して、打ち合わせをして、なにもなかったように通常業務です。