屋根伝い
窓を開けると、狭いバルコニーにアッサムが立っていた。
「灯りがついているから、まだ起きていると思って」と遠慮がちな雰囲気を漂わせながらも、バルコニーに馴染んでいるアッサム。用事があれば、屋根伝いにこうやって来るのは、日常茶飯事。お互い、用事がある時は屋根伝いに行き来することが多い。
「大丈夫。起きてるよ。ちょうど今ね、メニュー書を書き直していたとこ。」
バルコニーに一歩出ると、海の匂いがする風が頬をかすめる。
「相変わらず、その仕事はリアーノなんだな。」「わたしにしか出来ない仕事よ。」と言ったとき、アッサムが、がんばってる。がんばってる。と呟きながらポンポンとやさしく頭を撫でてくれた。
わたしはこの手が大好き。
わたしが幼い頃は、隣の家ってこともあって、よくわたしの面倒を見さされていたアッサム。
どこに行くのも、手を繋いでくれていたね。
「リアーノ、今日はいい仕事の話だよ。ベリスタさんのお嬢さんがご結婚されることになってね。披露宴でお配りするお礼の一言メッセージカードをリアーノにお願いしたいらしいんだ。」
わたしはうれしさのあまり思わず、アッサムの腕を掴む。
「ええ!!本当に!」
わたしの描く飾り字が並ぶメニューを見たお客様から時々、このようにメッセージカードの依頼を受けることがある。アッサムも協力していてくれて、家業を通じて顔の広いアッサムは代理店のようなことをしてくれる。
「アッサム、ありがとう。ぜひ、喜んでお引き受けするわ。そして、納期とか詳細を教えてもらってもいいかしら?」
「はい。これが仕様書。もし、わからないとこがあれば俺に聞いて。」
紙を渡される。さすがは商人アッサム。仕事が早いわ。
ひと通り目を通す。もう、完璧です。
「では、明日にサンプル品を作成するから、出来上がったらアッサムに預けてもいいかしら?」
黙って、海を眺めていたアッサムに声をかける。「もちろん!」黒いやさしく瞳がこちらを向いた。
もう、本当にアッサムには感謝している。いつもこうやって、時々仕事を持ってきてくれる。わたしの夢が封筒や便箋、カードの専門店をやりたいと知っているからだ。